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《第7章》 元カレは、王子様
ナコちゃんと、パジャマで。
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暗がりの中でも、奈津子は敏感に反応した。
「なにか言われた? この前のケンカは終わったんでしょ」
「ちゃんと仲直りしたよ。飛豪さんはいつも通り。ただ、この前、ちょっとご親戚……彼の叔母さんと会う機会があって、大変そうなお家だなって思ったの。飛豪さんからも、わたしとはお金の返済が終わるまでだって繰りかえされてるし、結婚なんてない。別れるのが大前提。そもそも今だって、あの人の面倒見がよくて優しいから、いい扱いしてもらってるだけ」
わたしは嬉しいけどね、と彼女は無理に明るく付けくわえた。
「それにしては、視線から愛を感じたけれど。瞳子はそれでいいの? あの人と、お金の関係が終わってからも一緒にいたいって思わないの?」
「うーん。それがよく分かんないから、自分でも困ってる」
正直に瞳子は白状した。
「わたし、飛豪さんには助けてもらったしお金も借りてるから、すごく感謝してて。でも、感謝と恋愛って、ときどき錯覚するじゃない?」彼女は一息ついて、言いにくそうに声をひそめた。「それに、ほら、わたしは……セフレ……だから、体ごと心まで持ってかれてしまって。だから、あんまり好きとか嫌いとか考えないようにしてる。今が楽しいから、一緒にいられる時間を大切にしたい」
奈津子に言えていないことは、二つ。
遠くないうちに彼が日本からいなくなってしまうこと。彼と抱きあうとき、別の人格があらわれて彼女を傷つけること。その二つがあっても、瞳子は出来るかぎり飛豪のそばにいたいと思っていた。少なくとも自分は、恋に近いなにがしかの感情にとらわれている。
「瞳子、本心はちゃんと聞いてみた方がいいよ。建前と本音って、往々にして食い違うから。特にあの人の場合、人当たりも外面もいいから、自分自身も建前に騙されてそう」
なかなかに穿った洞察を奈津子は披露した。彼自身も、建前に丸めこまれている。なるほど。
「飛豪さんの本心かぁ。今度、タイミングみて聞いてみる」
「頑張れ。一回で決着つくと思わない方がいいね。じっくり攻め落とせ!」奈津子がカラカラ笑う声が救いだった。「で、瞳子もその間に自分と向きあえばいいんだよ。好きって思うなら返済終わっても一緒にいればいいし、一時的な気持ちなら良いところだけ味わい尽くしてあっさりお別れする」
「わたしより年下で、それだけのノウハウを語れるナコちゃんがすごい。今までどんな恋愛してきたわけ?」
そうなのだ。浪人した瞳子よりも、現役で入学した奈津子のほうが二つ年下なのだ。
「他人のことだから、簡単に解がみえる」
彼女は訳知り顔だった。暗闇のなかで、二つの瞳がきらきらと光っている。
「星座と一緒だよ。距離をとるとちゃんと形が見えるけど、その星に立っていると、自分がどの星座を構成しているか分からない」
「そうだね。バレエでも、人の欠点はよく見えるのに、自分の足りないところをきちんと認識するのは難しかった」
「ね、元カレいたんでしょ? その人とヒゴーさんへの気持ちを比べたら、瞳子の『分からない』の正体も見極められるんじゃない」
――元カレ、ねぇ。
六年前、ごく短期間付きあっていた人の面影を瞳子は思いえがいた。六年たっても、あれは確かに恋だったと言える。ただやはり、普通の恋愛ではなかった。その人と彼をどう比べればいいというのか。
――まぁ、似てるとこもあるけど基本的には正反対だよね。もう会うことのない人だから、いいんだけど。
頭のなかで二人を並べてみるのも恐ろしい。比較? とんでもない。エアコンが効きすぎているのか、彼女は一つ身震いをした。
「なにか言われた? この前のケンカは終わったんでしょ」
「ちゃんと仲直りしたよ。飛豪さんはいつも通り。ただ、この前、ちょっとご親戚……彼の叔母さんと会う機会があって、大変そうなお家だなって思ったの。飛豪さんからも、わたしとはお金の返済が終わるまでだって繰りかえされてるし、結婚なんてない。別れるのが大前提。そもそも今だって、あの人の面倒見がよくて優しいから、いい扱いしてもらってるだけ」
わたしは嬉しいけどね、と彼女は無理に明るく付けくわえた。
「それにしては、視線から愛を感じたけれど。瞳子はそれでいいの? あの人と、お金の関係が終わってからも一緒にいたいって思わないの?」
「うーん。それがよく分かんないから、自分でも困ってる」
正直に瞳子は白状した。
「わたし、飛豪さんには助けてもらったしお金も借りてるから、すごく感謝してて。でも、感謝と恋愛って、ときどき錯覚するじゃない?」彼女は一息ついて、言いにくそうに声をひそめた。「それに、ほら、わたしは……セフレ……だから、体ごと心まで持ってかれてしまって。だから、あんまり好きとか嫌いとか考えないようにしてる。今が楽しいから、一緒にいられる時間を大切にしたい」
奈津子に言えていないことは、二つ。
遠くないうちに彼が日本からいなくなってしまうこと。彼と抱きあうとき、別の人格があらわれて彼女を傷つけること。その二つがあっても、瞳子は出来るかぎり飛豪のそばにいたいと思っていた。少なくとも自分は、恋に近いなにがしかの感情にとらわれている。
「瞳子、本心はちゃんと聞いてみた方がいいよ。建前と本音って、往々にして食い違うから。特にあの人の場合、人当たりも外面もいいから、自分自身も建前に騙されてそう」
なかなかに穿った洞察を奈津子は披露した。彼自身も、建前に丸めこまれている。なるほど。
「飛豪さんの本心かぁ。今度、タイミングみて聞いてみる」
「頑張れ。一回で決着つくと思わない方がいいね。じっくり攻め落とせ!」奈津子がカラカラ笑う声が救いだった。「で、瞳子もその間に自分と向きあえばいいんだよ。好きって思うなら返済終わっても一緒にいればいいし、一時的な気持ちなら良いところだけ味わい尽くしてあっさりお別れする」
「わたしより年下で、それだけのノウハウを語れるナコちゃんがすごい。今までどんな恋愛してきたわけ?」
そうなのだ。浪人した瞳子よりも、現役で入学した奈津子のほうが二つ年下なのだ。
「他人のことだから、簡単に解がみえる」
彼女は訳知り顔だった。暗闇のなかで、二つの瞳がきらきらと光っている。
「星座と一緒だよ。距離をとるとちゃんと形が見えるけど、その星に立っていると、自分がどの星座を構成しているか分からない」
「そうだね。バレエでも、人の欠点はよく見えるのに、自分の足りないところをきちんと認識するのは難しかった」
「ね、元カレいたんでしょ? その人とヒゴーさんへの気持ちを比べたら、瞳子の『分からない』の正体も見極められるんじゃない」
――元カレ、ねぇ。
六年前、ごく短期間付きあっていた人の面影を瞳子は思いえがいた。六年たっても、あれは確かに恋だったと言える。ただやはり、普通の恋愛ではなかった。その人と彼をどう比べればいいというのか。
――まぁ、似てるとこもあるけど基本的には正反対だよね。もう会うことのない人だから、いいんだけど。
頭のなかで二人を並べてみるのも恐ろしい。比較? とんでもない。エアコンが効きすぎているのか、彼女は一つ身震いをした。
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