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事務所にて
猫は絶対的な正直さを持っている
しおりを挟むどうやらまた「失敗」したらしい。
目を覚ました場所は秋名 透の家ではないまた別の場所のようだ。身体を起こして辺りを見回せば、ここはアパートの一室、と言うよりはマンションの部屋の一部と見て取れる。
家具は少ないが、どことなく生活感を感じさせる。
猫の鳴き声がして我に返る。ベッドの傍から真っ黒な猫がこちらへ飛び乗って来た。手や足の臭いを嗅ぎ、こちらを一瞥したかと思うと膝の上に居座りだした。
しかしどこか違和感を感じる。今まで猫を飼ったり積極的に触れ合う機会はあまり無かったが、多くの猫と言うのはもう少し警戒心を持って人間と接するものではなかろうか?この猫はそのような素振りを見せない。
せがまれるままに黒猫を撫でていると、ふと違和感の正体に気付く。生物の形をしているにも関わらず、この猫の感情を感じ取れない。
「ふむ、儂を見破るとはやりおる。誠興味深いが淡白な奴よの」
僕以外誰もいない筈の部屋に声が響く。とっさに周囲を確認するが、近くに人は居ない。およそ信じ難いが黒猫に向き直る。膝の上に黒猫がいるせいで距離を取れないのが歯痒い。黒猫は目を細めてこちらを見ていた。
「ほほう。聡いな、お主。斯様にして母君の抑圧から逃れたか。実にしたたか────」
「黒檀!お前部屋に入んなってあれほど言っただろ馬鹿!」
『お前が近くにいると見えねぇんだよ!』
声を荒げながら部屋に入って来たのはあの青年よりも白く長い髪を結わえている女性だった。彼女の声を聞き、猫の姿をした何かはくつくつと笑っていた。
「全く毎度物騒な小娘よ。」
「うるせぇ酒呑み怪異!お前私が漬けてた梅酒勝手に呑んだのまだ許してねぇからな!」
『料理用の油あげ食ったこともわかってるからな!』
「おお恐ろしや、般若の様ではないか」
「クッソ、マジでムカつく…」
『なんでこんなのが居座るんだよ…』
少しばかり言い争いをした後、猫は影の中に溶けるように消えていった。女性はため息をつき、こちらに向き直る。
「見苦しい所見せたな。悪い。」
『こいつほとんど驚いてない。黒檀の事知ってるのか?そうなると訊きたい事がますます多くなるばかりだな…』
そう謝りながらこちらの様子を伺っている彼女の視線には、覚えがあった。
「…貴方が氷花さんですか?」
────
「猫は絶対的な正直さを持っている」アーネスト・ヘミングウェイ
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