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事務所にて
人の一生は重荷を負うて、遠き道を行くがごとし
しおりを挟む名前を言い当てられ、女性は瞠目していた。となると僕が秋名 透の部屋から出た時に連絡を取っていた人物も彼女で間違いない。
「…なぜ知ってる」
『こいつ人の記憶も見てるのか?』
「そうですよ、それに僕の異能力は貴方が想定している物であってますよ。『神奈木 氷花』さん。」
彼女の表情が険しくなる。この状況では訊きたい事もさぞ多いだろう。
「人間はほとんどの肉体的な活動を電気信号で制御しています。筋肉の運動も、記憶も、認識も。
ああ、母が人を殺しているのはだいぶ前に気づいてはいましたよ。その時は物証が無かったので何もできなかったですが。人を殺した事がある人間が選択を迫られた時に殺しの可能性を考慮するのって──────」
「おい待て、色々すっ飛ばすな。一気に喋るな。」
『順を追って話させろよ』
神奈木さんが話を止める。正直止められようが止められまいがあまり関係ない。
「わざわざ口頭で訊く意味が分かりません。そもそもこの後始末する人間の事を聞いてどうするんです?殺せば終わりじゃないですか」
神奈木さんは何故か目を丸くしていた。
「は?なんでお前が始末される前提で話してるんだよ『待て待て依頼の内容変わってたか?そんな連絡は無かったはず。いやそもそもどうやって───透か?』…とりあえず今から訊く事を過程をすっ飛ばさずに、口頭で答えてくれないか?」
『こちらが知らない事が多すぎるから頼むよ…』
「…構いませんよ、別にやましい事も無いので。」
それに彼女に嘘をついても意味はない。大人しく質問に答えるのが無難だろう。
─────
それから神奈木さんは幾つかの質問を僕にした。嘘をつく理由も無かったので事実をそのまま伝えた。
両親との関係──母からは教育虐待、父は仕事一筋で気づいてすらいない──自分自身について──面白いことは何もない──異能力について──神奈木さんが推測している通り──根掘り葉掘りとまでは行かずともそこそこ深い所まで訊かれたように思う。
「私らの異能力や仕事についてはどこで知った?」
「秋名さんの記憶から。頭にアルミホイル巻いてヒステリックになっている人でもない限りは出来るんじゃないですかね。」
「ずいぶん辛辣な物言いだな」
「事実を述べているだけです。…もう十分話したでしょう。貴方がたに話せることはもう無いと思いますよ」
正直な所ここまでしっかりと会話したのも久しぶりだったので疲れている。母さんを殺してから何度か倒れているから、あの日から間違いなく数日は経っている。今頃どこかで朽ちているものだと思っていたからほとんど食事も摂っていない。今更食べるのも億劫だ。
神奈木さんは無言でこちらを見ていた。彼女は間違いなくこの事に気づいているだろう。
「やっぱりお前飯食ってないな。何か食べるか?」
『つーか食え。』
「結構です。食欲も湧きません。」
神奈木さんは顔を顰めてスマホを取り出した。秋名さんに連絡を取っているようだ。
数分もしないうちに秋名さんがやって来た。
「透、こいつ連れ回していいぞ。いままで出来なかった青春味わわせてやれ」
「代金は?」
「井綱持ち。」
「分かってるねぇ!」
「そしたら休暇取ること───」
何やら話していたが少し前からちらついていた睡魔に抗えなくなってきたので再度布団に潜り込んだ。
────
「人の一生は重荷を負うて、遠き道を行くがごとし
急ぐべからず
不自由を常と思えば不足なし」徳川家康
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