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追憶編
陽光の街、忍び寄る影
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受付を離れ、ホールの喧騒を抜けて外に出たところで、ふとバニッシュが思い出したように口を開いた。
「そういえばさ……支給金って、どれくらい貰えたんだ?」
隣を歩いていたカイルが立ち止まり、小袋を取り出して紐を解く。
中を覗いた瞬間――彼の顔が、ぴくりと引きつった。
「おい……なんだ、その顔」
「いや……見てみろよ」
言われてバニッシュも覗き込む。
小袋の中には、硬貨が数枚。
手のひらに乗るほどの量で、どう計算しても三食パン一つを食べればギリギリ、という程度の金額だった。
「おいおいおい……祭りって三日間あるんだろ? これじゃ飢え死にしちまうぞ」
「……まあ、支給金が目的じゃないからな」
カイルは苦笑を浮かべ、小袋をポケットにしまう。
「そういう問題か? オレたち、祭り期間ずっと警備だぞ?」
「仕事は仕事だ。金額は関係ない」
カイルはきっぱりと言い、すぐに表情を切り替えた。
「それより、これから街を一回りするぞ。この地図と照らし合わせながら、警備ルートの確認だ。地形を頭に入れておけば、いざってとき動きやすい」
「へいへい、相変わらず真面目なこった……」
バニッシュは頭をかきながら肩をすくめる。
そんな時だった。
「だははははっ! なんだお前ら、新人かぁ?」
声のした方へ振り返ると、バニッシュとカイルの目に飛び込んできたのは――無精ひげをたくわえた、がっしりとした長身の男だった。
いや、よく見るとその耳は尖っている。
人間ではない。――エルフだ。
もっとも、一般的に想像される「優雅な森の民」とはほど遠い。
日焼けした肌に古びた革鎧、背には荷物を背負い、ニカッと笑うその表情には、どこか陽気で場慣れした雰囲気があった。
「なんだアンタは?」
カイルがわずかに身構え、警戒の眼差しを向ける。
「なーに、ちょっと世話好きな冒険者仲間さ」
そう言いながら、長身のエルフは気軽な足取りで二人に近づいてくる。
「アンタみたいなおっさんがか?」
バニッシュが軽口を叩くと、エルフはムッとした顔をして指を突き出した。
「おっさんじゃねぇ! これでもまだ五百歳の若者だぞ!」
「……は?」
一瞬の沈黙。
そしてバニッシュの口が、ぴくりと引きつる。
「いやいや、五百歳って、それもうおっさんどころかジジイだろ」
「何言ってやがる!」
エルフは声を張り上げ、胸をドンと叩いた。
「エルフは長命なんだ。五百歳なんざ、まだ青年期の真っ只中だ! おっさんって言うなら、お前こそおっさんだろ」
そう言ってエルフはバニッシュを指さした。
「ぐっ……くぅ~~……!」
バニッシュは言葉を詰まらせ、悔しそうに歯ぎしりをした。
確かに、人間の基準では勝ち目がない。
「ははっ、図星突かれたな、おっさ――いや、兄さんよ」
ニヤリと笑うエルフに、バニッシュは渋い顔を返す。
そのやり取りの間に、カイルが一歩前に出た。
真剣な目つきで、ぴしゃりと口を開く。
「おっさんかどうかなんてどうでもいい。――アンタ、一体何者なんだ?」
エルフはふっと口元を緩め、どこか達観したような眼差しをカイルに向ける。
「さっきも言ったろ? ちょっと世話好きな、冒険者仲間だってな」
その声には、からかい半分、だがどこか底知れない響きがあった。
まるで二人の行く末を、すでに知っているかのように。
バニッシュは怪訝そうに眉をひそめ、カイルは警戒を解かぬまま、無言でそのエルフを見つめる。
「それで――冒険者仲間っていうアンタが、俺たちになんの用だ?」
カイルの声は低く、警戒の色を隠さなかった。
対するエルフの男は、そんな緊張をものともせず、どこか飄々とした笑みを浮かべる。
長身を少し屈めて、ニカッと歯を見せながら言った。
「な~に、ただ同じ依頼を受ける者同士、挨拶をと思ってな!」
言葉と同時に、片手を差し出す。
その掌は分厚く、歴戦の冒険者を物語る無数の傷跡が刻まれていた。
――だが、カイルはその手を取らなかった。
一瞥をくれただけで、氷のような目を向ける。
「だったらまずは名乗ったらどうだ? 素性の知れない相手と仲良くなるつもりはない」
鋭い視線が交わる。
空気が、わずかに張り詰めた。
バニッシュはその様子に、思わず額を押さえる。
(おいおい……カイル、もう少し肩の力抜けって……)
だがカイルは一歩も引かない。
エルフの男もまた、無言で数秒カイルを見つめ返した。
そして――鼻で笑う。
「……若ぇな」
ぽつりと呟くと、差し出していた手をゆっくりと引っ込める。
「名乗るほどの者じゃねぇさ。ただ、今回の祭りには――ちょいと気になることがあってな」
「気になること?」
カイルが眉をひそめる。
エルフの男は、街の方へちらりと視線を向けた。
遠くでは祭りの準備に追われる人々の笑い声が響いている。
しかし、その表情にはどこか影が差していた。
「お前らみてぇな駆け出しが、知らずに巻き込まれるのを見たくねぇんだよ」
低く、渋く、だがどこか優しさを含んだ声。
バニッシュとカイルは思わず顔を見合わせる。
「巻き込まれる……って、何にだ?」
カイルの問いに、エルフの男は肩をすくめ、軽く笑った。
「さあな。……ただ、光の裏には必ず影がある。祭りも同じことだ」
その言葉だけを残し、エルフは荷物を担ぎ直して去っていった。
背に揺れる銀の髪が、陽光にきらめく。
――だが、彼の去り際の横顔には確かにあった。
この街の何かを知る者の、沈痛な眼差しが。
しばらく無言で見送った後、バニッシュがぽつりと呟く。
「……なあカイル。あのエルフ、なんか知ってるよな」
「ああ。だが、警告だけして去るなんて……余計に怪しい」
二人の胸に、言葉にできない不安が芽生えていた。
「どうする? 一度ギルドに報告するか?」
バニッシュは腕を組み、少し眉をひそめながら言った。
カイルは顎に手を当て、しばし考え込む。
通りには屋台を立てる職人たちの威勢のいい声、祭りの飾りを吊るす音が響いている。
だが先ほどのエルフの言葉――光の裏には必ず影がある――が、二人の頭に残っていた。
「……いや、もし本当に何かあるなら、ギルド側から連絡が来るだろう」
カイルは冷静に言葉を選んだ。
「今は俺たちの仕事をしよう。街の構造を把握するのが先だ」
その落ち着いた声音に、バニッシュはわずかに肩の力を抜く。
若いながらも判断力がある――やはりこの少年には芯がある。
だが同時に、あのエルフの男の不穏な表情が脳裏から離れなかった。
(……気になるな。まるで、何か起きるのを知ってるみたいだった)
そんな不安を胸にしまい込みながら、バニッシュは深く息を吐いた。
「とにかく、街が広い。時間も限られてるし、二手に分かれた方が早いな」
カイルが地図を指で示しながら提案する。
「そうだな。じゃあ俺は……こっちの通りを回るか」
バニッシュが指差したのは、露店や屋台の準備でひときわ賑やかな通りだった。
香ばしい匂いが風に乗って漂い、空腹の腹を刺激する。
カイルは眉をひくりと動かした。
「お前……まさかそのまま買い食いしてサボるつもりじゃないだろうな?」
「い、いや! そんなことは……まったく……っ!」
慌てて否定するバニッシュ。
だが顔が赤くなっているのを見て、カイルは深いため息をついた。
「まったく……そっちは俺が回る。お前は反対側の通りを頼む」
「えぇ~!? そ、そんな~~!」
バニッシュは肩を落とし、情けない声を上げる。
ちょうどそのとき、彼の腹が――ぐぅぅぅ……と盛大に鳴った。
「……お前なぁ」
カイルが呆れた目を向ける。
「……仕方ないだろ、朝から何も食ってないんだ」
バニッシュは頭をかき、苦笑いを浮かべる。
そんな二人のやり取りをよそに、祭りの鐘が高らかに鳴り響いた。
街は活気に包まれ、人々の笑顔と喧騒が溢れていく。
だがその賑わいの中――誰にも気づかれぬよう、
一人の黒いフードの影が、通りの向こうから静かに彼らを見つめていた。
――その瞬間、街の遠くで祭りの太鼓が鳴り響いた。
明日への喧騒を告げる音。
だが、それが新たな出会いの始まりであり、同時に運命の歯車が動き出す合図でもあることを、この時、誰も知る由もなかった。
「そういえばさ……支給金って、どれくらい貰えたんだ?」
隣を歩いていたカイルが立ち止まり、小袋を取り出して紐を解く。
中を覗いた瞬間――彼の顔が、ぴくりと引きつった。
「おい……なんだ、その顔」
「いや……見てみろよ」
言われてバニッシュも覗き込む。
小袋の中には、硬貨が数枚。
手のひらに乗るほどの量で、どう計算しても三食パン一つを食べればギリギリ、という程度の金額だった。
「おいおいおい……祭りって三日間あるんだろ? これじゃ飢え死にしちまうぞ」
「……まあ、支給金が目的じゃないからな」
カイルは苦笑を浮かべ、小袋をポケットにしまう。
「そういう問題か? オレたち、祭り期間ずっと警備だぞ?」
「仕事は仕事だ。金額は関係ない」
カイルはきっぱりと言い、すぐに表情を切り替えた。
「それより、これから街を一回りするぞ。この地図と照らし合わせながら、警備ルートの確認だ。地形を頭に入れておけば、いざってとき動きやすい」
「へいへい、相変わらず真面目なこった……」
バニッシュは頭をかきながら肩をすくめる。
そんな時だった。
「だははははっ! なんだお前ら、新人かぁ?」
声のした方へ振り返ると、バニッシュとカイルの目に飛び込んできたのは――無精ひげをたくわえた、がっしりとした長身の男だった。
いや、よく見るとその耳は尖っている。
人間ではない。――エルフだ。
もっとも、一般的に想像される「優雅な森の民」とはほど遠い。
日焼けした肌に古びた革鎧、背には荷物を背負い、ニカッと笑うその表情には、どこか陽気で場慣れした雰囲気があった。
「なんだアンタは?」
カイルがわずかに身構え、警戒の眼差しを向ける。
「なーに、ちょっと世話好きな冒険者仲間さ」
そう言いながら、長身のエルフは気軽な足取りで二人に近づいてくる。
「アンタみたいなおっさんがか?」
バニッシュが軽口を叩くと、エルフはムッとした顔をして指を突き出した。
「おっさんじゃねぇ! これでもまだ五百歳の若者だぞ!」
「……は?」
一瞬の沈黙。
そしてバニッシュの口が、ぴくりと引きつる。
「いやいや、五百歳って、それもうおっさんどころかジジイだろ」
「何言ってやがる!」
エルフは声を張り上げ、胸をドンと叩いた。
「エルフは長命なんだ。五百歳なんざ、まだ青年期の真っ只中だ! おっさんって言うなら、お前こそおっさんだろ」
そう言ってエルフはバニッシュを指さした。
「ぐっ……くぅ~~……!」
バニッシュは言葉を詰まらせ、悔しそうに歯ぎしりをした。
確かに、人間の基準では勝ち目がない。
「ははっ、図星突かれたな、おっさ――いや、兄さんよ」
ニヤリと笑うエルフに、バニッシュは渋い顔を返す。
そのやり取りの間に、カイルが一歩前に出た。
真剣な目つきで、ぴしゃりと口を開く。
「おっさんかどうかなんてどうでもいい。――アンタ、一体何者なんだ?」
エルフはふっと口元を緩め、どこか達観したような眼差しをカイルに向ける。
「さっきも言ったろ? ちょっと世話好きな、冒険者仲間だってな」
その声には、からかい半分、だがどこか底知れない響きがあった。
まるで二人の行く末を、すでに知っているかのように。
バニッシュは怪訝そうに眉をひそめ、カイルは警戒を解かぬまま、無言でそのエルフを見つめる。
「それで――冒険者仲間っていうアンタが、俺たちになんの用だ?」
カイルの声は低く、警戒の色を隠さなかった。
対するエルフの男は、そんな緊張をものともせず、どこか飄々とした笑みを浮かべる。
長身を少し屈めて、ニカッと歯を見せながら言った。
「な~に、ただ同じ依頼を受ける者同士、挨拶をと思ってな!」
言葉と同時に、片手を差し出す。
その掌は分厚く、歴戦の冒険者を物語る無数の傷跡が刻まれていた。
――だが、カイルはその手を取らなかった。
一瞥をくれただけで、氷のような目を向ける。
「だったらまずは名乗ったらどうだ? 素性の知れない相手と仲良くなるつもりはない」
鋭い視線が交わる。
空気が、わずかに張り詰めた。
バニッシュはその様子に、思わず額を押さえる。
(おいおい……カイル、もう少し肩の力抜けって……)
だがカイルは一歩も引かない。
エルフの男もまた、無言で数秒カイルを見つめ返した。
そして――鼻で笑う。
「……若ぇな」
ぽつりと呟くと、差し出していた手をゆっくりと引っ込める。
「名乗るほどの者じゃねぇさ。ただ、今回の祭りには――ちょいと気になることがあってな」
「気になること?」
カイルが眉をひそめる。
エルフの男は、街の方へちらりと視線を向けた。
遠くでは祭りの準備に追われる人々の笑い声が響いている。
しかし、その表情にはどこか影が差していた。
「お前らみてぇな駆け出しが、知らずに巻き込まれるのを見たくねぇんだよ」
低く、渋く、だがどこか優しさを含んだ声。
バニッシュとカイルは思わず顔を見合わせる。
「巻き込まれる……って、何にだ?」
カイルの問いに、エルフの男は肩をすくめ、軽く笑った。
「さあな。……ただ、光の裏には必ず影がある。祭りも同じことだ」
その言葉だけを残し、エルフは荷物を担ぎ直して去っていった。
背に揺れる銀の髪が、陽光にきらめく。
――だが、彼の去り際の横顔には確かにあった。
この街の何かを知る者の、沈痛な眼差しが。
しばらく無言で見送った後、バニッシュがぽつりと呟く。
「……なあカイル。あのエルフ、なんか知ってるよな」
「ああ。だが、警告だけして去るなんて……余計に怪しい」
二人の胸に、言葉にできない不安が芽生えていた。
「どうする? 一度ギルドに報告するか?」
バニッシュは腕を組み、少し眉をひそめながら言った。
カイルは顎に手を当て、しばし考え込む。
通りには屋台を立てる職人たちの威勢のいい声、祭りの飾りを吊るす音が響いている。
だが先ほどのエルフの言葉――光の裏には必ず影がある――が、二人の頭に残っていた。
「……いや、もし本当に何かあるなら、ギルド側から連絡が来るだろう」
カイルは冷静に言葉を選んだ。
「今は俺たちの仕事をしよう。街の構造を把握するのが先だ」
その落ち着いた声音に、バニッシュはわずかに肩の力を抜く。
若いながらも判断力がある――やはりこの少年には芯がある。
だが同時に、あのエルフの男の不穏な表情が脳裏から離れなかった。
(……気になるな。まるで、何か起きるのを知ってるみたいだった)
そんな不安を胸にしまい込みながら、バニッシュは深く息を吐いた。
「とにかく、街が広い。時間も限られてるし、二手に分かれた方が早いな」
カイルが地図を指で示しながら提案する。
「そうだな。じゃあ俺は……こっちの通りを回るか」
バニッシュが指差したのは、露店や屋台の準備でひときわ賑やかな通りだった。
香ばしい匂いが風に乗って漂い、空腹の腹を刺激する。
カイルは眉をひくりと動かした。
「お前……まさかそのまま買い食いしてサボるつもりじゃないだろうな?」
「い、いや! そんなことは……まったく……っ!」
慌てて否定するバニッシュ。
だが顔が赤くなっているのを見て、カイルは深いため息をついた。
「まったく……そっちは俺が回る。お前は反対側の通りを頼む」
「えぇ~!? そ、そんな~~!」
バニッシュは肩を落とし、情けない声を上げる。
ちょうどそのとき、彼の腹が――ぐぅぅぅ……と盛大に鳴った。
「……お前なぁ」
カイルが呆れた目を向ける。
「……仕方ないだろ、朝から何も食ってないんだ」
バニッシュは頭をかき、苦笑いを浮かべる。
そんな二人のやり取りをよそに、祭りの鐘が高らかに鳴り響いた。
街は活気に包まれ、人々の笑顔と喧騒が溢れていく。
だがその賑わいの中――誰にも気づかれぬよう、
一人の黒いフードの影が、通りの向こうから静かに彼らを見つめていた。
――その瞬間、街の遠くで祭りの太鼓が鳴り響いた。
明日への喧騒を告げる音。
だが、それが新たな出会いの始まりであり、同時に運命の歯車が動き出す合図でもあることを、この時、誰も知る由もなかった。
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