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縁の決戦編
高まる縁
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ガァンッ――!
ガァンッ――!
乾いた金属音が、虚空に何度も反響する。
嵐のように振るわれるカイルの大剣を、バニッシュは必死に受け止めていた。
一撃一撃が重く、腕に伝わる衝撃が骨の奥まで響く。
「――なかなか様になってるじゃねーか!」
余裕を含んだ声で、カイルが嗤う。
「くっ……!」
バニッシュは歯を食いしばり、必死に剣を合わせ続ける。
だが、防ぐことに意識を奪われたその瞬間――脇腹が、わずかに空いた。
そのわずかを、カイルが見逃すはずがなかった。
「隙だらけだぞ!」
次の瞬間、バニッシュの視界が揺れる。
鋭い回し蹴りが、容赦なくバニッシュの腹部へ叩き込まれた。
「――がっ!」
息が詰まり、身体が宙に浮く。
そのまま吹き飛ばされ、地面を何度も転がった。
岩肌に打ちつけられ、肺の中の空気が一気に吐き出される。
「……確かに、頑張っちゃいるが――それじゃ、俺は倒せない」
カイルは見下すように言い放ち、大剣を肩へと担ぐ。
バニッシュは腹を押さえ、荒い呼吸を繰り返しながら、剣を杖代わりにして立ち上がる。
足は震え、視界もわずかに霞む。
その姿を見て、カイルはふっと嘲笑の笑みを浮かべた。
「……分かってんだろ?」
大剣の切っ先が、バニッシュへと向けられる。
「剣での戦いじゃ、俺に勝てねぇってことくらい」
バニッシュ自身、それは痛いほど理解していた。
才能に恵まれたカイル。
さらに血の滲むような研鑽と努力で磨き上げられた剣技。
数え切れない戦場を潜り抜けてきた、圧倒的な経験の量。
剣一本で渡り合えるはずがない。
それでも――バニッシュは、ゆっくりと剣を構え直す。
背後には、倒れたままの黒牙がいる。
そして、その先には――堕ち切ってしまったかつての仲間がいる。
勝てなくても、届かなくても、それでも、立ち上がらなければならない。
守るべきもののために。
バニッシュの瞳に、揺るぎない覚悟が宿る。
剣先が、再びカイルを捉えた。
バニッシュの瞳――諦めを知らぬ、ただ前だけを見据えるその眼差しを、カイルはじっと見返していた。
そして、次第に眉間へと深い皺が刻まれていく。
「……その目だ」
ぽつり、と吐き捨てるような低い声。
「お前は……いつも、そうだったな」
カイルの視線が、過去をなぞるかのように揺れる。
「どんな逆境だろうが……どんなに絶望的な状況だろうが……決して諦めず、前だけを見据えてやがる」
言葉に、微かな苛立ちが滲む。
そして、狂気を孕んだ眼が、鋭くバニッシュを射抜いた。
「……そう、そんなお前の目が――心底、大嫌いだった」
カイルの声が、冷たく歪む。
憎しみを隠そうともせず、言い切る。
「……昔は、お前もそうだったはずだ……」
バニッシュの声は、苦しげだった。
かつて共に夢を見た仲間へ、友へ向けたわずかな希望の名残。
「……ふっ」
カイルは、嘲るように笑った。
その笑みが向けられている先が、過去の自分なのか。
それとも、変わらないバニッシュなのか――本人にすら、もう分からない。
「……どうだろうな。今となっちゃ……もう、思い出せねぇ」
投げやりな呟き。
大剣を握る手に、力が籠もる。
「だが……今、ここで……過去も、お前とも――すべてを断ち切る!!」
低く、しかし断固とした声。
瘴気が、激しくうねる。
カイルの魔法の詠唱と共に周囲で、火炎が逆巻いた。
渦を巻く炎は次第に収束し、そのすべてが――大剣へと吸い込まれていく。
「……いくぞ」
次の瞬間、火炎を纏った大剣が、横薙ぎに振るわれた。
轟ッ――!!
燃え盛る刃が空を裂き、炎をまとった斬撃波が、一直線にバニッシュへと襲いかかる。
「……っ!」
咄嗟に回避しようとした、その刹那――脳裏に、倒れた黒牙の姿がよぎった。
――このまま避ければ、斬撃はそのまま後方へと抜け倒れる黒牙に向かってしまう。
「……くっ……!」
瞬時に思考を切り替え、バニッシュは踏みとどまり、剣を構える。
「防御結界――!」
展開された結界がバニッシュを覆う。
ドォンッ!!
爆炎が弾け、凄まじい衝撃が辺り一帯を吹き飛ばすかのように煙が上がる。
防御結界は悲鳴を上げるようにひび割れ、粉々に砕け散った。
「――ぐぁっ!」
吹き飛ばされたバニッシュの身体は、地面を転がり、黒牙のすぐ隣で止まる。
結界で威力は軽減したが、それでも――無事では済まない。
荒い息を吐きながら、バニッシュはなおも体を起こそうとする。
「……お、おじさん……」
黒牙の声は、震えていた。
涙で潤んだ目が、バニッシュを映している。
「……大丈夫だ。お前は……俺が、守ってやる」
バニッシュは、苦しそうに笑いながら答えた。
「はははははっ!!」
その様子を見下ろし、カイルが高らかに笑う。
「大変だなぁ、バニッシュ! 正義の味方ってのは、弱い奴のために――自分の身を犠牲にしなきゃならねぇんだからよ!」
嘲るような声でカイルは手を広げ言う。
「……くっ……」
歯を食いしばり、再び立ち上がろうとするバニッシュ。
その腕を、黒牙がそっと掴んだ。
「……ごめんね……僕が……弱いから……おじさんが……」
嗚咽混じりの声で自分を責めるように黒牙は涙を浮かべる。
それを聞いたバニッシュは、ゆっくりと振り向いた。
そして――黒牙に、優しい笑顔を向ける。
「……お前は、弱くなんかない。ただ――優しいだけだ」
その言葉を聞いた瞬間、黒牙の胸に、強い感情が込み上げた。
――兄の姿が、重なる。
かつて、自分にそう言ってくれた兄。
恐怖に震える自分に、同じ言葉をかけてくれた、あの日の声。
その言葉を――今、目の前の男が言っている。
「……っ」
黒牙の視界が、さらに滲んだ。
「……はっ」
カイルは鼻で笑った。
「優しさ、か。そんなもんだけじゃ……何も変えられねぇ。何者にも、なれやしねぇんだよ」
吐き捨てるように、まるでそんなものは幻想だというようにバニッシュを睨む。
「……そうかな?」
バニッシュは、ふらつく身体を押し上げ、立ち上がり、口の端がわずかに吊り上がる。
「……っ?」
カイルが、一瞬だけ目を細める。
「昔は……お前も、そうだったはずだ。誰かのために立ち上がり、弱い者に、迷いなく手を差し伸べた」
かつての仲間の面影をなぞるように、バニッシュは、まっすぐに言葉を投げかける。
「……確かに、昔は……愚かだったさ」
カイルは短く認めた。
だが、その声には冷たい諦観が滲む。
自嘲するように肩をすくめる。
「だが――今は、違う」
「……本当に、そうか?」
バニッシュは、一歩踏み出した。
その視線は、刃よりも鋭く、カイルの心の奥底を見据えようとしている。
カイルの眉が、ぴくりと跳ね上がった。
「お前は……本当は、怖いんじゃないのか? そのまま、闇に堕ちていくことが」
静かな、そして確かめるように言葉を続ける。
「……本当は、不安で……どうしようもなくて……だから……俺のところまで来たんじゃないのか?」
バニッシュは、言葉を重ねる。
カイルは、黙ったまま、バニッシュを見据えた。
狂気を宿したようにも見えるその瞳。
だが――その奥には、揺れ動く、別の感情が確かにあった。
怒りか、迷いか、それとも――かつての自分への、恐怖か。
闇に覆われた決戦の地で、二人の視線だけが、静かに交錯していた。
「……くだらねぇ」
カイルは吐き捨てるように言った。
「お前が、俺の何に期待してるのかは知らねぇが……俺はもう、そんな生ぬるい感情は断ち切ったんだ」
その言葉を、バニッシュは真正面から受け止める。
「……断ち切れないさ」
静かに、だが確信を込めて言い切った。
「俺の知っているお前なら……そんなもの、断ち切れるはずがない」
その瞬間、――ふっとカイルの瞳に、一瞬だけ懐かしい光が宿った。
まだ、二人で肩を並べ、未来を語り合い、英雄という言葉に胸を躍らせていた、あの頃の光。
バニッシュと共に、夢を追いかけていた――かつてのカイルの眼差し。
しかし、その光は闇に塗り潰される。
狂気が、激情が、憎悪が――再び、瞳を染め上げた。
「……なら、試してみるか!?」
カイルは、大剣を構える。
地を踏みしめると同時に、黒い瘴気が彼の周囲で逆巻き始めた。
「覚えているか? 俺が……勇者としての一歩を踏み出すことになった、あの街を」
その言葉に、バニッシュの脳裏に光景が蘇る。
――まだ、二人とも駆け出しだった頃。
呪鍾の騒ぎを止め、街を混乱に陥れた事件。
そして――グレオ=バートンとの、死闘。
カイルが多くの人々から祝福され栄誉をつかみ取り、勇者の導きを授かることになった場所――ロウメリア。
「……あの時、使っていた大剣を、この大剣に――融合している」
カイルの声が、低く笑う。
そして、大剣が唸りを上げた。
黒い聖光が、刃に集約されていく。
聖と邪が歪に絡み合った、異質な光。
それはかつての勇者の剣の名残であり、同時に、それを冒涜する力でもあった。
「――くらいやがれ!!」
カイルが、大剣を縦一文字に振り下ろす。
轟――――ッ!!
放たれたのは、黒い聖光を纏った、巨大な斬撃波。
「……っ!」
バニッシュは瞬時に判断する。
剣で受ければ、黒牙ごと消し飛ぶ。
「黒牙、掴まれ!」
バニッシュは黒牙を抱き寄せ、地を蹴った。
次の瞬間、二人がいた場所を、黒い聖光の斬撃が切り裂く。
大地が抉れ、瘴気が爆ぜ、大地全体が震え上がった。
空中で身を翻し、着地するバニッシュ。
腕の中で、黒牙が息を詰めている。
「……言っただろ、バニッシュ。断ち切ったってな」
カイルは低く言い放つ。
「……カイル……」
バニッシュは、苦しげにその名を呼んだ。
抱えた黒牙の体温が、やけに重く感じられる。
「それに――分かってるとは思うが……そんな奴を抱えたまま、何度も避けられると思うなよ!」
カイルの口元が、冷酷に歪む。
再び、大剣が構えられる。
刃の周囲に、二つの力が集約されていく。
燃え盛る火炎。
そして、歪んだ輝きを放つ黒い聖光。
二つの強大な力が、無理やり一つに束ねられ、大剣は不気味な唸り声を上げた。
「――オオオオォッ!!」
カイルの咆哮と共に、渾身の一閃が放たれる。
火炎と黒い聖光が混ざり合った斬撃が、轟音と共に一直線に迫る。
「……来る!」
バニッシュは、即座に剣を前へ突き出した。
「――鏡律封陣!」
空間に、透明な膜が張られる。
幾何学的な光の紋様が浮かび上がり、攻撃を反射する結界が展開された。
ドォンッ!!
斬撃は、進路を歪められ、跳ね返された。
「……っ!?」
カイルは目を見開くが、驚愕は一瞬だけで即座に対応する。
「――チッ」
強い踏み込みと返す刀で大剣を振り抜いた。
ギィンッ!!
鋼が、光を断ち切る。
反射された斬撃は、真っ二つに両断され、左右へと分かれる。
ドドォンッ!!
後方で、二つの爆炎が炸裂し、大地が激しく揺れ、爆風を受けカイルのマントがはためく。
瘴気と火炎が巻き上がる中、バニッシュは黒牙を庇いながら、剣を構え直す。
カイルは、燃え残る光の中で、口角を釣り上げた。
「……相手の攻撃を反射する結界、か。以前には……無かった技だな」
カイルは興味深そうに呟きその視線が、ゆっくりとバニッシュへ向けられる。
「いいじゃねぇか。新たな力を身につけて……少しは成長したみてぇだな?」
狂気を宿した瞳で、嘲笑を浮かべる。
賞賛の形を借りた、あまりにも歪んだ言葉。
「足掻けよ、バニッシュ――足掻いて……足掻いて……必死に、生にしがみつけ」
低く、執念を込められた狂気を孕んだ言葉。
大剣が、わずかに軋む。
「そんなお前を……この手で殺してこそ――俺の悲願は、成就する」
狂気が、完全に満ちる。
闇と炎の気配が、さらに濃くなる。
「……っ」
バニッシュは歯を食いしばり、苦しそうに、しかし確実に――剣を構え直した。
胸の奥で、痛みと悲しみが渦巻く。
それでも、視線は逸らさない。
――倒れた黒牙を、そして、堕ちてゆく友を守るために、分けられた縁は互いに高め合うかのように、戦場を強く深く染め上げて行く。
ガァンッ――!
乾いた金属音が、虚空に何度も反響する。
嵐のように振るわれるカイルの大剣を、バニッシュは必死に受け止めていた。
一撃一撃が重く、腕に伝わる衝撃が骨の奥まで響く。
「――なかなか様になってるじゃねーか!」
余裕を含んだ声で、カイルが嗤う。
「くっ……!」
バニッシュは歯を食いしばり、必死に剣を合わせ続ける。
だが、防ぐことに意識を奪われたその瞬間――脇腹が、わずかに空いた。
そのわずかを、カイルが見逃すはずがなかった。
「隙だらけだぞ!」
次の瞬間、バニッシュの視界が揺れる。
鋭い回し蹴りが、容赦なくバニッシュの腹部へ叩き込まれた。
「――がっ!」
息が詰まり、身体が宙に浮く。
そのまま吹き飛ばされ、地面を何度も転がった。
岩肌に打ちつけられ、肺の中の空気が一気に吐き出される。
「……確かに、頑張っちゃいるが――それじゃ、俺は倒せない」
カイルは見下すように言い放ち、大剣を肩へと担ぐ。
バニッシュは腹を押さえ、荒い呼吸を繰り返しながら、剣を杖代わりにして立ち上がる。
足は震え、視界もわずかに霞む。
その姿を見て、カイルはふっと嘲笑の笑みを浮かべた。
「……分かってんだろ?」
大剣の切っ先が、バニッシュへと向けられる。
「剣での戦いじゃ、俺に勝てねぇってことくらい」
バニッシュ自身、それは痛いほど理解していた。
才能に恵まれたカイル。
さらに血の滲むような研鑽と努力で磨き上げられた剣技。
数え切れない戦場を潜り抜けてきた、圧倒的な経験の量。
剣一本で渡り合えるはずがない。
それでも――バニッシュは、ゆっくりと剣を構え直す。
背後には、倒れたままの黒牙がいる。
そして、その先には――堕ち切ってしまったかつての仲間がいる。
勝てなくても、届かなくても、それでも、立ち上がらなければならない。
守るべきもののために。
バニッシュの瞳に、揺るぎない覚悟が宿る。
剣先が、再びカイルを捉えた。
バニッシュの瞳――諦めを知らぬ、ただ前だけを見据えるその眼差しを、カイルはじっと見返していた。
そして、次第に眉間へと深い皺が刻まれていく。
「……その目だ」
ぽつり、と吐き捨てるような低い声。
「お前は……いつも、そうだったな」
カイルの視線が、過去をなぞるかのように揺れる。
「どんな逆境だろうが……どんなに絶望的な状況だろうが……決して諦めず、前だけを見据えてやがる」
言葉に、微かな苛立ちが滲む。
そして、狂気を孕んだ眼が、鋭くバニッシュを射抜いた。
「……そう、そんなお前の目が――心底、大嫌いだった」
カイルの声が、冷たく歪む。
憎しみを隠そうともせず、言い切る。
「……昔は、お前もそうだったはずだ……」
バニッシュの声は、苦しげだった。
かつて共に夢を見た仲間へ、友へ向けたわずかな希望の名残。
「……ふっ」
カイルは、嘲るように笑った。
その笑みが向けられている先が、過去の自分なのか。
それとも、変わらないバニッシュなのか――本人にすら、もう分からない。
「……どうだろうな。今となっちゃ……もう、思い出せねぇ」
投げやりな呟き。
大剣を握る手に、力が籠もる。
「だが……今、ここで……過去も、お前とも――すべてを断ち切る!!」
低く、しかし断固とした声。
瘴気が、激しくうねる。
カイルの魔法の詠唱と共に周囲で、火炎が逆巻いた。
渦を巻く炎は次第に収束し、そのすべてが――大剣へと吸い込まれていく。
「……いくぞ」
次の瞬間、火炎を纏った大剣が、横薙ぎに振るわれた。
轟ッ――!!
燃え盛る刃が空を裂き、炎をまとった斬撃波が、一直線にバニッシュへと襲いかかる。
「……っ!」
咄嗟に回避しようとした、その刹那――脳裏に、倒れた黒牙の姿がよぎった。
――このまま避ければ、斬撃はそのまま後方へと抜け倒れる黒牙に向かってしまう。
「……くっ……!」
瞬時に思考を切り替え、バニッシュは踏みとどまり、剣を構える。
「防御結界――!」
展開された結界がバニッシュを覆う。
ドォンッ!!
爆炎が弾け、凄まじい衝撃が辺り一帯を吹き飛ばすかのように煙が上がる。
防御結界は悲鳴を上げるようにひび割れ、粉々に砕け散った。
「――ぐぁっ!」
吹き飛ばされたバニッシュの身体は、地面を転がり、黒牙のすぐ隣で止まる。
結界で威力は軽減したが、それでも――無事では済まない。
荒い息を吐きながら、バニッシュはなおも体を起こそうとする。
「……お、おじさん……」
黒牙の声は、震えていた。
涙で潤んだ目が、バニッシュを映している。
「……大丈夫だ。お前は……俺が、守ってやる」
バニッシュは、苦しそうに笑いながら答えた。
「はははははっ!!」
その様子を見下ろし、カイルが高らかに笑う。
「大変だなぁ、バニッシュ! 正義の味方ってのは、弱い奴のために――自分の身を犠牲にしなきゃならねぇんだからよ!」
嘲るような声でカイルは手を広げ言う。
「……くっ……」
歯を食いしばり、再び立ち上がろうとするバニッシュ。
その腕を、黒牙がそっと掴んだ。
「……ごめんね……僕が……弱いから……おじさんが……」
嗚咽混じりの声で自分を責めるように黒牙は涙を浮かべる。
それを聞いたバニッシュは、ゆっくりと振り向いた。
そして――黒牙に、優しい笑顔を向ける。
「……お前は、弱くなんかない。ただ――優しいだけだ」
その言葉を聞いた瞬間、黒牙の胸に、強い感情が込み上げた。
――兄の姿が、重なる。
かつて、自分にそう言ってくれた兄。
恐怖に震える自分に、同じ言葉をかけてくれた、あの日の声。
その言葉を――今、目の前の男が言っている。
「……っ」
黒牙の視界が、さらに滲んだ。
「……はっ」
カイルは鼻で笑った。
「優しさ、か。そんなもんだけじゃ……何も変えられねぇ。何者にも、なれやしねぇんだよ」
吐き捨てるように、まるでそんなものは幻想だというようにバニッシュを睨む。
「……そうかな?」
バニッシュは、ふらつく身体を押し上げ、立ち上がり、口の端がわずかに吊り上がる。
「……っ?」
カイルが、一瞬だけ目を細める。
「昔は……お前も、そうだったはずだ。誰かのために立ち上がり、弱い者に、迷いなく手を差し伸べた」
かつての仲間の面影をなぞるように、バニッシュは、まっすぐに言葉を投げかける。
「……確かに、昔は……愚かだったさ」
カイルは短く認めた。
だが、その声には冷たい諦観が滲む。
自嘲するように肩をすくめる。
「だが――今は、違う」
「……本当に、そうか?」
バニッシュは、一歩踏み出した。
その視線は、刃よりも鋭く、カイルの心の奥底を見据えようとしている。
カイルの眉が、ぴくりと跳ね上がった。
「お前は……本当は、怖いんじゃないのか? そのまま、闇に堕ちていくことが」
静かな、そして確かめるように言葉を続ける。
「……本当は、不安で……どうしようもなくて……だから……俺のところまで来たんじゃないのか?」
バニッシュは、言葉を重ねる。
カイルは、黙ったまま、バニッシュを見据えた。
狂気を宿したようにも見えるその瞳。
だが――その奥には、揺れ動く、別の感情が確かにあった。
怒りか、迷いか、それとも――かつての自分への、恐怖か。
闇に覆われた決戦の地で、二人の視線だけが、静かに交錯していた。
「……くだらねぇ」
カイルは吐き捨てるように言った。
「お前が、俺の何に期待してるのかは知らねぇが……俺はもう、そんな生ぬるい感情は断ち切ったんだ」
その言葉を、バニッシュは真正面から受け止める。
「……断ち切れないさ」
静かに、だが確信を込めて言い切った。
「俺の知っているお前なら……そんなもの、断ち切れるはずがない」
その瞬間、――ふっとカイルの瞳に、一瞬だけ懐かしい光が宿った。
まだ、二人で肩を並べ、未来を語り合い、英雄という言葉に胸を躍らせていた、あの頃の光。
バニッシュと共に、夢を追いかけていた――かつてのカイルの眼差し。
しかし、その光は闇に塗り潰される。
狂気が、激情が、憎悪が――再び、瞳を染め上げた。
「……なら、試してみるか!?」
カイルは、大剣を構える。
地を踏みしめると同時に、黒い瘴気が彼の周囲で逆巻き始めた。
「覚えているか? 俺が……勇者としての一歩を踏み出すことになった、あの街を」
その言葉に、バニッシュの脳裏に光景が蘇る。
――まだ、二人とも駆け出しだった頃。
呪鍾の騒ぎを止め、街を混乱に陥れた事件。
そして――グレオ=バートンとの、死闘。
カイルが多くの人々から祝福され栄誉をつかみ取り、勇者の導きを授かることになった場所――ロウメリア。
「……あの時、使っていた大剣を、この大剣に――融合している」
カイルの声が、低く笑う。
そして、大剣が唸りを上げた。
黒い聖光が、刃に集約されていく。
聖と邪が歪に絡み合った、異質な光。
それはかつての勇者の剣の名残であり、同時に、それを冒涜する力でもあった。
「――くらいやがれ!!」
カイルが、大剣を縦一文字に振り下ろす。
轟――――ッ!!
放たれたのは、黒い聖光を纏った、巨大な斬撃波。
「……っ!」
バニッシュは瞬時に判断する。
剣で受ければ、黒牙ごと消し飛ぶ。
「黒牙、掴まれ!」
バニッシュは黒牙を抱き寄せ、地を蹴った。
次の瞬間、二人がいた場所を、黒い聖光の斬撃が切り裂く。
大地が抉れ、瘴気が爆ぜ、大地全体が震え上がった。
空中で身を翻し、着地するバニッシュ。
腕の中で、黒牙が息を詰めている。
「……言っただろ、バニッシュ。断ち切ったってな」
カイルは低く言い放つ。
「……カイル……」
バニッシュは、苦しげにその名を呼んだ。
抱えた黒牙の体温が、やけに重く感じられる。
「それに――分かってるとは思うが……そんな奴を抱えたまま、何度も避けられると思うなよ!」
カイルの口元が、冷酷に歪む。
再び、大剣が構えられる。
刃の周囲に、二つの力が集約されていく。
燃え盛る火炎。
そして、歪んだ輝きを放つ黒い聖光。
二つの強大な力が、無理やり一つに束ねられ、大剣は不気味な唸り声を上げた。
「――オオオオォッ!!」
カイルの咆哮と共に、渾身の一閃が放たれる。
火炎と黒い聖光が混ざり合った斬撃が、轟音と共に一直線に迫る。
「……来る!」
バニッシュは、即座に剣を前へ突き出した。
「――鏡律封陣!」
空間に、透明な膜が張られる。
幾何学的な光の紋様が浮かび上がり、攻撃を反射する結界が展開された。
ドォンッ!!
斬撃は、進路を歪められ、跳ね返された。
「……っ!?」
カイルは目を見開くが、驚愕は一瞬だけで即座に対応する。
「――チッ」
強い踏み込みと返す刀で大剣を振り抜いた。
ギィンッ!!
鋼が、光を断ち切る。
反射された斬撃は、真っ二つに両断され、左右へと分かれる。
ドドォンッ!!
後方で、二つの爆炎が炸裂し、大地が激しく揺れ、爆風を受けカイルのマントがはためく。
瘴気と火炎が巻き上がる中、バニッシュは黒牙を庇いながら、剣を構え直す。
カイルは、燃え残る光の中で、口角を釣り上げた。
「……相手の攻撃を反射する結界、か。以前には……無かった技だな」
カイルは興味深そうに呟きその視線が、ゆっくりとバニッシュへ向けられる。
「いいじゃねぇか。新たな力を身につけて……少しは成長したみてぇだな?」
狂気を宿した瞳で、嘲笑を浮かべる。
賞賛の形を借りた、あまりにも歪んだ言葉。
「足掻けよ、バニッシュ――足掻いて……足掻いて……必死に、生にしがみつけ」
低く、執念を込められた狂気を孕んだ言葉。
大剣が、わずかに軋む。
「そんなお前を……この手で殺してこそ――俺の悲願は、成就する」
狂気が、完全に満ちる。
闇と炎の気配が、さらに濃くなる。
「……っ」
バニッシュは歯を食いしばり、苦しそうに、しかし確実に――剣を構え直した。
胸の奥で、痛みと悲しみが渦巻く。
それでも、視線は逸らさない。
――倒れた黒牙を、そして、堕ちてゆく友を守るために、分けられた縁は互いに高め合うかのように、戦場を強く深く染め上げて行く。
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主人公ミツルはある日、不慮の事故にあい死んでしまった。
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「クラス全員で転移したけど俺のステータスは使役スキルが異常で出会った人全員を使役してしまいました」
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※小説家になろうにて掲載中
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