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縁の決戦編
破滅の斬撃――焔聖黒雷斬
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カイルは地を強く蹴った。
爆ぜるような音と共に、間合いが一気に詰められる。
再び、カイルの猛攻がバニッシュを襲う。
ガァンッ!
ガァンッ!
金属音が連続して弾け、瘴気の満ちた空間に反響する。
バニッシュは歯を食いしばり、必死に剣で受け続けた。
だが――ギャリリリィィン……と、カイルは受け止められた剣を、滑らせるように絡め取り、そのまま力任せに――地面へと押さえつける。
「……しまっ――」
身体ごと巻き込むように剣を押さえられ、バニッシュは体勢が崩される。
カイルの片手が、バニッシュへと翳された。
ニヤリと顔を歪め、その手に紅蓮の魔力が渦巻く。
轟ッ!!
至近距離で放たれた火炎魔法が、火柱となってバニッシュを包み込む。
「――ぐあっ!!」
咄嗟に展開された防御結界。
だが、それでも完全には防ぎきれない。
結界ごと、火柱が爆ぜる。
爆音と熱風が吹き荒れ、バニッシュは弾き飛ばされるようによろけた。
胸を焼く熱い感覚に視界の端が揺れる。
それでも――バニッシュは膝を折らず、剣を握り直した。
「……っ、はぁ……はぁ……」
「よく耐えたじゃねーか! コイツはな……
ガルドを屠った炎なんだがな!」
カイルの声が、どこか愉快そうに響く。
カイルは即座に大剣を構える。
刃に集う、火炎と、黒い聖光の二つの力が大剣に集い、悲鳴を上げるかのよう逆巻く。
「――ハァッ!!」
放たれた斬撃は炎と聖光が交じり合い、破壊の奔流となって一直線に迫る。
「――鏡律封陣ッ!」
バニッシュは即座に結界を展開させ、斬撃を反射する。
斬撃の衝撃で身体が軋み、踏ん張る足は地面を削る。
斬撃は、軌道を変え、カイルへと跳ね返る。
だが、カイルには同じ手は通用しない。
身を翻し、反射された斬撃を躱すと、そのまま体を捻り回転で遠心力を乗せた大剣が、唸りを上げて振り抜かれる。
「――ッ!!」
バニッシュは両腕で剣を構え、真正面から受け止めた。
ガキィィンッ!!
剣と剣がぶつかり、衝撃が炸裂する。
足元の地面が耐えきれず、大きく凹み、ひび割れた。
「……ぐっ……!!」
全身に走る衝撃で腕が痺れ、視界が揺れる。
瘴気の中で睨み合う二人。
死線は、さらに濃く、深く――絡み合っていった。
鍔迫り合いでギリギリと金属が軋み、カイルの圧倒的な力が、容赦なくバニッシュにのしかかる。
「……ぐっ……!」
歯を食いしばり、全身で耐える。
腕は悲鳴を上げ、脚は地面にめり込み、一瞬でも気を抜けば――叩き伏せられる。
その時、ふっとカイルが込めていた力を抜いた。
「……っ!?」
反動で体勢を崩しかけるバニッシュの視界から、カイルの姿が跳ねるように後方へと離れる。
突然の行動に、バニッシュは戸惑い、剣を構え直す。
「……何を……?」
カイルは大剣を肩に担ぎ、まるで獲物を値踏みするかのように、バニッシュを見つめた。
そして、指を一本突きつける。
「……お前の、その目。まだ、諦めてねー目だ。まだ、何か策が、縋るものがあるんだろ?」
口角が、ゆっくりと吊り上がる。
「出せよ」
ぞくり、と空気が震える。
「てめぇの切り札を、全力のお前を――この俺が、叩き潰してこそ……意味があるんだからな」
狂気と期待が入り混じった笑みで一歩、踏み出しながら言い放つ。
肩に担ぐ大剣が、ずしりと揺れる。
ニヤリ、と獣のような笑み。
バニッシュは、その笑みを正面から見返した。
「……わかった。見せてやるよ――俺の、全力を」
短く、だが迷いのない声。
ゆっくりと息を吸い、吐きだしながらバニッシュは一度、目を閉じた。
外界の音が、遠ざかる。
瘴気も、痛みも、迷いも――すべてを意識の外へ追いやる。
ただ一つ。
守るべきものだけを、心の中心に据える。
静かに、目を開いた。
その瞳には、覚悟が宿っている。
「――加速陣」
次の瞬間、足元に複雑な魔法陣が展開され、白銀の光がバニッシュの身体を包み込んだ。
魔力が解き放たれる。
バニッシュの時間が加速するかのように世界が流動する。
カイルの瞳が、わずかに細められた。
「……いいじゃねぇか」
カイルは、ニヤリと笑った。
その笑みには、狂気と期待、そして抗いがたい愉悦が混ざり合っている。
――次の瞬間、バニッシュが、地を蹴った。
ドンッ――!!
地面が砕け、岩片が弾け飛ぶ。
常識を逸脱した速さで加速し、風を置き去りにする速度で、バニッシュの姿が掻き消える。
「――疾い……!」
カイルは、思わず目を見開いた。
視界の端に残像が走った次の刹那、すでに、間合いは詰められている。
「――ッ!!」
バニッシュの剣が、一直線に振り下ろされた。
迎え撃つように、カイルも大剣を振るう。
ガキィィンッ!!
鈍く、重い金属音が爆ぜ、衝撃が空気を震わせた。
カイルの足が、わずかに後退する。
(……重い……!)
加速だけじゃない。身体強化によって底上げされた、異常な重さと圧にカイルは素直に驚く。
バニッシュは、止まらない。
剣を返し、踏み込み、再び振るう。
一撃、二撃、三撃――まるで嵐のような連続攻撃。
「……ちっ!」
カイルは受けに回るが、予想を超えたパワーに、次第に体勢が崩されていく。
――ほんの一瞬、重心がわずかにズレた。
その刹那を、バニッシュは見逃さなかった。
「――はああぁっ!!」
閃光のように疾走る一閃。
ガァンッ!!
甲高い音と共に、カイルの鎧――肩口の装飾が、斬り飛ばされる。
宙を舞う黒い破片。
瘴気の中、二人の距離が再び開く。
肩に残る、確かな斬撃の痕。
カイルは、そこに視線を落とし――そして、ゆっくりと笑った。
「……なるほどな」
カイルは、低く笑った。
その瞳は狂気と愉悦に満ち、逃げ場なくバニッシュを捉えている。
「加速陣……か」
肩をすくめるようにして、言葉を続けた。
「確かに――俺とお前の圧倒的な差を埋めるには、これしかねぇだろうな」
カイルの目が、細くなる。
「……だがそれには、欠点がある」
カイルは一気に地を蹴った。
距離が、瞬時に消し飛ぶ。
「――っ!」
振り下ろされる、破壊の一閃。
バニッシュは即座に身を翻し、斬撃を紙一重で躱し、加速してそのまま背後へ回り込む。
しかし、カイルの目はすでにバニッシュを捉えており、振り返りざまの一閃。
バニッシュの振り下ろしの一撃と、真正面から交錯する。
ガァァンッ!!
火花が散り、重い衝撃が両者を貫いた。
「対象者に……驚異的な身体強化を施す代わりに、肉体の限界を超えた力には――必ず反動が来る。つまり……リミット付きの身体強化ってわけだ」
鍔迫り合いのまま、カイルが体を押し込む。
刃と刃が、悲鳴を上げる。
力を込め、押し切るように言い放つ。
「――っ!」
ガァァンッ!!
切り結んだ勢いのまま、二人は弾かれるように距離を取る。
バニッシュは息を吐き、踏み直す。
身体の奥に、確かな熱と痛みが走り始めていた。
「……それで? その状態――一体、いつまで持つんだ?」
カイルは、狂気に満ちた笑みを浮かべる。
問いかける声は、挑発であり、確信でもあった。
次の瞬間、二人は同時に地を蹴る。
斬り合い、ぶつかり合い、火花と金属音が瘴気に満ちた空を満たす。
互角の剣戟――加速によって引き上げられたバニッシュの力と、圧倒的な経験と技量を持つカイルの剣。
ガァン、ギィン、と金属がぶつかる音が何度も虚空を裂き、互いの剣が、互いの命を削り合う。
肩、腕、脚――いずれも致命傷には至らない。
だが、確実に、少しずつ削り合っている。
ザン、と空気が切り裂かれる音。
次の瞬間、背を向けたまま二人は交差するように斬り違った。
カイルの頬に、赤い一筋が走った。
対してバニッシュの肩からは、じわりと血が滲む。
ゆっくりと、同時に振り返る。
「……」
カイルの目が、細くなった。
バニッシュの身体から放たれる光。
加速陣による身体強化の輝き――それに加えて淡く、しかし確かに瞬く、もう一つの光。
「……なるほどな」
得心がいったように、カイルが言う。
「通りで……随分と持つと思ったが、回復魔法を――常時かけながら戦ってたってわけか」
狂気を帯びた笑み。
バニッシュは、剣を構えたまま答える。
「……これなら、身体強化の反動も軽減できる」
「……確かにな」
カイルは短く応じると――次の瞬間、地を蹴った。
「――っ!?」
空気が爆ぜる。
「……は、疾――ッ!!」
バニッシュは目を見開いた。
先ほどまで、確かに互角だった。
そのカイルが――さらに加速している。
判断する暇もなく迫る斬撃。
「――くっ!!」
咄嗟に剣を構え、受け止める。
ガァンッ!!
その様子を見て――カイルが、ニィィ……と笑った。
獲物を見つけた捕食者の笑み。
更に、二撃、三撃、容赦のない連続攻撃。
「……っ!!」
受け続けるバニッシュは、隙を突いて反撃に転じる。
だが――カイルは、それを消えるように躱した。
「な……!?」
バニッシュの目が、完全に追いつかない。
ゾクリと背後に気配を感じ振り返る。
既にカイルの大剣が、頭上から振り下ろされていた。
「――っ!!」
バニッシュは即座に剣を掲げ、受け止めた。
ドゴォッ!!
「――ぐっ!!」
先ほどよりも想い衝撃に耐えきれず、身体が後方へと吹き飛ぶように押し流される。
足が地面を削り、数メートル引きずられて、ようやく踏み止まる。
荒い息が漏れ、腕が、震える。
「……俺が、速くなったと思うか?」
不意に、カイルが問いかけた。
バニッシュは戸惑いながら剣を構え直す。
額を伝う汗が妙に冷たい、呼吸のリズムがわずかに乱れている。
「……違うな。それは――勘違いだ」
カイルは、不敵に笑いながら悠然と立った。
「じゃあ……俺が……遅くなったって言いたいのか……?」
バニッシュは言葉を選ぶように、視線を向ける。
カイルはふっと笑い冷たい視線を送る。
「身体強化の反動を、回復魔法で補う。実に合理的な判断だ」
褒めるような口調。
だが、その瞳は、冷え切っていた。
「……だが、それには俺から受けるダメージまでは計算されてねぇ」
カイルは一歩、踏み出す。
バニッシュの喉が鳴る。
「……ま、まさか……!」
理解した瞬間、バニッシュの目が見開かれた。
「そうだ。回復が――間に合ってねぇんだよ。だから、少しずつだが確実に……反動が身体を蝕み、動きを鈍くする」
カイルは薄く笑う。
次の瞬間、カイルが、地を蹴った。
「――っ!?」
視界から、姿が消える。
「――下か!」
直感が叫ぶ。
殺気が、地面すれすれから湧き上がった。
視線を向けたその先――低く踏み込み、獣のような体勢を取ったカイルがいた。
大剣が、斬り上げられる。
「――しまっ!!」
バニッシュは反射的に身を捻る。
ザンッ!!
「――っ!!」
肩に、鋭い痛みが走った。
バニッシュは大きく後方へ跳び、距離を取る。
着地と同時に、肩を押さえる。
指の隙間から、血が滲んむ、荒い呼吸、脚の震え、確かに――動きが、遅れている。
カイルの大剣から、赤い雫がぽたり、と地面に落ちた。
バニッシュの肩の傷に、淡い光が集まり始める。
常時発動している回復魔法が、焼けつくような痛みを必死に押さえ込もうとしていた。
「……正直がっかりだぜ。最後に縋ったものが加速陣だったとはな」
カイルは、失念したように冷たく鋭い視線でバニッシュをみる。
次の瞬間、追撃のために一気に距離を詰めた。
「――っ!」
バニッシュが反応しようとした、その刹那、ずしり、と身体全体が、鉛に沈められたかのように重くなる。
「……まずい……」
肩の傷に回復魔法が集中し、他の部位への回復が追いつかない。
加速陣の反動が、一気に噴き出す。
筋肉が悲鳴を上げ、骨が軋み、内側から、身体そのものが崩れ始めていた。
その一瞬の遅れを、カイルが逃すはずがない。
ハヤブサのような二撃の凶刃が襲う。
ザシュッ――
交差する斬撃が、クロスする軌道でバニッシュの身体を切り裂いた。
「――がっ……!」
息を詰まらせた、間髪入れず――回し蹴りが、容赦なく腹部へ叩き込まれる。
「――ぐぁ……っ!!」
衝撃が内臓を揺らし、バニッシュの身体は宙を舞い、地面を転がった。
岩肌に叩きつけられ、呼吸が、うまくできない。
それでも――それでも、剣を杖に、立ち上がろうとした。
だがカイルは、すでに最後の構えを取っていた。
火炎魔法、黒い聖光そして――黒い雷。
三つの力が、カイルの周囲で渦を巻く。
雷鳴が低く唸り、炎がうねり、歪んだ聖光が、刃を侵食する。
それらすべてが、一本の大剣へと集約されていく。
――まるでカイル、セリナ、ミレイユ、かつて勇者一行の力を合わせるかのように。
殺すために歪められた集合体となった力。
「……っ……!」
バニッシュは、目を見開いた。
理解してしまった。
これは――受けてはいけない。
「これで――終わりだ! バニッシュ!!」
カイルの声が、戦場に響く。
大剣が、振り抜かれる――焔聖黒雷斬。
三つの災厄が絡み合った、破滅の斬撃が解き放たれた。
「――鏡律封陣!!」
バニッシュは叫び、剣を前へ突き出す。
反射の結界が、瞬時に展開される。
だが――バキィンッ!!
一瞬で結界は、紙のように砕け散る。
「……な……」
次の瞬間、驚異的な威力の斬撃が、破邪の剣そのものを、真っ二つに叩き折った。
そして、そのまま――バニッシュを、完全に飲み込んだ。
ドォォォンッ――!!
火炎が爆ぜ、黒い聖光が弾け、雷鳴が空を引き裂く。
爆炎が巻き起こり、大地全体が、白と黒の光に呑み込まれる。
やがて――煙と熱が引いた後、上空から無残にボロボロになったバニッシュの身体が、力なく落ちてくる。
地面に叩きつけられ、土埃が、静かに舞い上がった。
瘴気の中で、カイルは大剣を下ろし、その光景を、黙って見下ろしていた。
爆ぜるような音と共に、間合いが一気に詰められる。
再び、カイルの猛攻がバニッシュを襲う。
ガァンッ!
ガァンッ!
金属音が連続して弾け、瘴気の満ちた空間に反響する。
バニッシュは歯を食いしばり、必死に剣で受け続けた。
だが――ギャリリリィィン……と、カイルは受け止められた剣を、滑らせるように絡め取り、そのまま力任せに――地面へと押さえつける。
「……しまっ――」
身体ごと巻き込むように剣を押さえられ、バニッシュは体勢が崩される。
カイルの片手が、バニッシュへと翳された。
ニヤリと顔を歪め、その手に紅蓮の魔力が渦巻く。
轟ッ!!
至近距離で放たれた火炎魔法が、火柱となってバニッシュを包み込む。
「――ぐあっ!!」
咄嗟に展開された防御結界。
だが、それでも完全には防ぎきれない。
結界ごと、火柱が爆ぜる。
爆音と熱風が吹き荒れ、バニッシュは弾き飛ばされるようによろけた。
胸を焼く熱い感覚に視界の端が揺れる。
それでも――バニッシュは膝を折らず、剣を握り直した。
「……っ、はぁ……はぁ……」
「よく耐えたじゃねーか! コイツはな……
ガルドを屠った炎なんだがな!」
カイルの声が、どこか愉快そうに響く。
カイルは即座に大剣を構える。
刃に集う、火炎と、黒い聖光の二つの力が大剣に集い、悲鳴を上げるかのよう逆巻く。
「――ハァッ!!」
放たれた斬撃は炎と聖光が交じり合い、破壊の奔流となって一直線に迫る。
「――鏡律封陣ッ!」
バニッシュは即座に結界を展開させ、斬撃を反射する。
斬撃の衝撃で身体が軋み、踏ん張る足は地面を削る。
斬撃は、軌道を変え、カイルへと跳ね返る。
だが、カイルには同じ手は通用しない。
身を翻し、反射された斬撃を躱すと、そのまま体を捻り回転で遠心力を乗せた大剣が、唸りを上げて振り抜かれる。
「――ッ!!」
バニッシュは両腕で剣を構え、真正面から受け止めた。
ガキィィンッ!!
剣と剣がぶつかり、衝撃が炸裂する。
足元の地面が耐えきれず、大きく凹み、ひび割れた。
「……ぐっ……!!」
全身に走る衝撃で腕が痺れ、視界が揺れる。
瘴気の中で睨み合う二人。
死線は、さらに濃く、深く――絡み合っていった。
鍔迫り合いでギリギリと金属が軋み、カイルの圧倒的な力が、容赦なくバニッシュにのしかかる。
「……ぐっ……!」
歯を食いしばり、全身で耐える。
腕は悲鳴を上げ、脚は地面にめり込み、一瞬でも気を抜けば――叩き伏せられる。
その時、ふっとカイルが込めていた力を抜いた。
「……っ!?」
反動で体勢を崩しかけるバニッシュの視界から、カイルの姿が跳ねるように後方へと離れる。
突然の行動に、バニッシュは戸惑い、剣を構え直す。
「……何を……?」
カイルは大剣を肩に担ぎ、まるで獲物を値踏みするかのように、バニッシュを見つめた。
そして、指を一本突きつける。
「……お前の、その目。まだ、諦めてねー目だ。まだ、何か策が、縋るものがあるんだろ?」
口角が、ゆっくりと吊り上がる。
「出せよ」
ぞくり、と空気が震える。
「てめぇの切り札を、全力のお前を――この俺が、叩き潰してこそ……意味があるんだからな」
狂気と期待が入り混じった笑みで一歩、踏み出しながら言い放つ。
肩に担ぐ大剣が、ずしりと揺れる。
ニヤリ、と獣のような笑み。
バニッシュは、その笑みを正面から見返した。
「……わかった。見せてやるよ――俺の、全力を」
短く、だが迷いのない声。
ゆっくりと息を吸い、吐きだしながらバニッシュは一度、目を閉じた。
外界の音が、遠ざかる。
瘴気も、痛みも、迷いも――すべてを意識の外へ追いやる。
ただ一つ。
守るべきものだけを、心の中心に据える。
静かに、目を開いた。
その瞳には、覚悟が宿っている。
「――加速陣」
次の瞬間、足元に複雑な魔法陣が展開され、白銀の光がバニッシュの身体を包み込んだ。
魔力が解き放たれる。
バニッシュの時間が加速するかのように世界が流動する。
カイルの瞳が、わずかに細められた。
「……いいじゃねぇか」
カイルは、ニヤリと笑った。
その笑みには、狂気と期待、そして抗いがたい愉悦が混ざり合っている。
――次の瞬間、バニッシュが、地を蹴った。
ドンッ――!!
地面が砕け、岩片が弾け飛ぶ。
常識を逸脱した速さで加速し、風を置き去りにする速度で、バニッシュの姿が掻き消える。
「――疾い……!」
カイルは、思わず目を見開いた。
視界の端に残像が走った次の刹那、すでに、間合いは詰められている。
「――ッ!!」
バニッシュの剣が、一直線に振り下ろされた。
迎え撃つように、カイルも大剣を振るう。
ガキィィンッ!!
鈍く、重い金属音が爆ぜ、衝撃が空気を震わせた。
カイルの足が、わずかに後退する。
(……重い……!)
加速だけじゃない。身体強化によって底上げされた、異常な重さと圧にカイルは素直に驚く。
バニッシュは、止まらない。
剣を返し、踏み込み、再び振るう。
一撃、二撃、三撃――まるで嵐のような連続攻撃。
「……ちっ!」
カイルは受けに回るが、予想を超えたパワーに、次第に体勢が崩されていく。
――ほんの一瞬、重心がわずかにズレた。
その刹那を、バニッシュは見逃さなかった。
「――はああぁっ!!」
閃光のように疾走る一閃。
ガァンッ!!
甲高い音と共に、カイルの鎧――肩口の装飾が、斬り飛ばされる。
宙を舞う黒い破片。
瘴気の中、二人の距離が再び開く。
肩に残る、確かな斬撃の痕。
カイルは、そこに視線を落とし――そして、ゆっくりと笑った。
「……なるほどな」
カイルは、低く笑った。
その瞳は狂気と愉悦に満ち、逃げ場なくバニッシュを捉えている。
「加速陣……か」
肩をすくめるようにして、言葉を続けた。
「確かに――俺とお前の圧倒的な差を埋めるには、これしかねぇだろうな」
カイルの目が、細くなる。
「……だがそれには、欠点がある」
カイルは一気に地を蹴った。
距離が、瞬時に消し飛ぶ。
「――っ!」
振り下ろされる、破壊の一閃。
バニッシュは即座に身を翻し、斬撃を紙一重で躱し、加速してそのまま背後へ回り込む。
しかし、カイルの目はすでにバニッシュを捉えており、振り返りざまの一閃。
バニッシュの振り下ろしの一撃と、真正面から交錯する。
ガァァンッ!!
火花が散り、重い衝撃が両者を貫いた。
「対象者に……驚異的な身体強化を施す代わりに、肉体の限界を超えた力には――必ず反動が来る。つまり……リミット付きの身体強化ってわけだ」
鍔迫り合いのまま、カイルが体を押し込む。
刃と刃が、悲鳴を上げる。
力を込め、押し切るように言い放つ。
「――っ!」
ガァァンッ!!
切り結んだ勢いのまま、二人は弾かれるように距離を取る。
バニッシュは息を吐き、踏み直す。
身体の奥に、確かな熱と痛みが走り始めていた。
「……それで? その状態――一体、いつまで持つんだ?」
カイルは、狂気に満ちた笑みを浮かべる。
問いかける声は、挑発であり、確信でもあった。
次の瞬間、二人は同時に地を蹴る。
斬り合い、ぶつかり合い、火花と金属音が瘴気に満ちた空を満たす。
互角の剣戟――加速によって引き上げられたバニッシュの力と、圧倒的な経験と技量を持つカイルの剣。
ガァン、ギィン、と金属がぶつかる音が何度も虚空を裂き、互いの剣が、互いの命を削り合う。
肩、腕、脚――いずれも致命傷には至らない。
だが、確実に、少しずつ削り合っている。
ザン、と空気が切り裂かれる音。
次の瞬間、背を向けたまま二人は交差するように斬り違った。
カイルの頬に、赤い一筋が走った。
対してバニッシュの肩からは、じわりと血が滲む。
ゆっくりと、同時に振り返る。
「……」
カイルの目が、細くなった。
バニッシュの身体から放たれる光。
加速陣による身体強化の輝き――それに加えて淡く、しかし確かに瞬く、もう一つの光。
「……なるほどな」
得心がいったように、カイルが言う。
「通りで……随分と持つと思ったが、回復魔法を――常時かけながら戦ってたってわけか」
狂気を帯びた笑み。
バニッシュは、剣を構えたまま答える。
「……これなら、身体強化の反動も軽減できる」
「……確かにな」
カイルは短く応じると――次の瞬間、地を蹴った。
「――っ!?」
空気が爆ぜる。
「……は、疾――ッ!!」
バニッシュは目を見開いた。
先ほどまで、確かに互角だった。
そのカイルが――さらに加速している。
判断する暇もなく迫る斬撃。
「――くっ!!」
咄嗟に剣を構え、受け止める。
ガァンッ!!
その様子を見て――カイルが、ニィィ……と笑った。
獲物を見つけた捕食者の笑み。
更に、二撃、三撃、容赦のない連続攻撃。
「……っ!!」
受け続けるバニッシュは、隙を突いて反撃に転じる。
だが――カイルは、それを消えるように躱した。
「な……!?」
バニッシュの目が、完全に追いつかない。
ゾクリと背後に気配を感じ振り返る。
既にカイルの大剣が、頭上から振り下ろされていた。
「――っ!!」
バニッシュは即座に剣を掲げ、受け止めた。
ドゴォッ!!
「――ぐっ!!」
先ほどよりも想い衝撃に耐えきれず、身体が後方へと吹き飛ぶように押し流される。
足が地面を削り、数メートル引きずられて、ようやく踏み止まる。
荒い息が漏れ、腕が、震える。
「……俺が、速くなったと思うか?」
不意に、カイルが問いかけた。
バニッシュは戸惑いながら剣を構え直す。
額を伝う汗が妙に冷たい、呼吸のリズムがわずかに乱れている。
「……違うな。それは――勘違いだ」
カイルは、不敵に笑いながら悠然と立った。
「じゃあ……俺が……遅くなったって言いたいのか……?」
バニッシュは言葉を選ぶように、視線を向ける。
カイルはふっと笑い冷たい視線を送る。
「身体強化の反動を、回復魔法で補う。実に合理的な判断だ」
褒めるような口調。
だが、その瞳は、冷え切っていた。
「……だが、それには俺から受けるダメージまでは計算されてねぇ」
カイルは一歩、踏み出す。
バニッシュの喉が鳴る。
「……ま、まさか……!」
理解した瞬間、バニッシュの目が見開かれた。
「そうだ。回復が――間に合ってねぇんだよ。だから、少しずつだが確実に……反動が身体を蝕み、動きを鈍くする」
カイルは薄く笑う。
次の瞬間、カイルが、地を蹴った。
「――っ!?」
視界から、姿が消える。
「――下か!」
直感が叫ぶ。
殺気が、地面すれすれから湧き上がった。
視線を向けたその先――低く踏み込み、獣のような体勢を取ったカイルがいた。
大剣が、斬り上げられる。
「――しまっ!!」
バニッシュは反射的に身を捻る。
ザンッ!!
「――っ!!」
肩に、鋭い痛みが走った。
バニッシュは大きく後方へ跳び、距離を取る。
着地と同時に、肩を押さえる。
指の隙間から、血が滲んむ、荒い呼吸、脚の震え、確かに――動きが、遅れている。
カイルの大剣から、赤い雫がぽたり、と地面に落ちた。
バニッシュの肩の傷に、淡い光が集まり始める。
常時発動している回復魔法が、焼けつくような痛みを必死に押さえ込もうとしていた。
「……正直がっかりだぜ。最後に縋ったものが加速陣だったとはな」
カイルは、失念したように冷たく鋭い視線でバニッシュをみる。
次の瞬間、追撃のために一気に距離を詰めた。
「――っ!」
バニッシュが反応しようとした、その刹那、ずしり、と身体全体が、鉛に沈められたかのように重くなる。
「……まずい……」
肩の傷に回復魔法が集中し、他の部位への回復が追いつかない。
加速陣の反動が、一気に噴き出す。
筋肉が悲鳴を上げ、骨が軋み、内側から、身体そのものが崩れ始めていた。
その一瞬の遅れを、カイルが逃すはずがない。
ハヤブサのような二撃の凶刃が襲う。
ザシュッ――
交差する斬撃が、クロスする軌道でバニッシュの身体を切り裂いた。
「――がっ……!」
息を詰まらせた、間髪入れず――回し蹴りが、容赦なく腹部へ叩き込まれる。
「――ぐぁ……っ!!」
衝撃が内臓を揺らし、バニッシュの身体は宙を舞い、地面を転がった。
岩肌に叩きつけられ、呼吸が、うまくできない。
それでも――それでも、剣を杖に、立ち上がろうとした。
だがカイルは、すでに最後の構えを取っていた。
火炎魔法、黒い聖光そして――黒い雷。
三つの力が、カイルの周囲で渦を巻く。
雷鳴が低く唸り、炎がうねり、歪んだ聖光が、刃を侵食する。
それらすべてが、一本の大剣へと集約されていく。
――まるでカイル、セリナ、ミレイユ、かつて勇者一行の力を合わせるかのように。
殺すために歪められた集合体となった力。
「……っ……!」
バニッシュは、目を見開いた。
理解してしまった。
これは――受けてはいけない。
「これで――終わりだ! バニッシュ!!」
カイルの声が、戦場に響く。
大剣が、振り抜かれる――焔聖黒雷斬。
三つの災厄が絡み合った、破滅の斬撃が解き放たれた。
「――鏡律封陣!!」
バニッシュは叫び、剣を前へ突き出す。
反射の結界が、瞬時に展開される。
だが――バキィンッ!!
一瞬で結界は、紙のように砕け散る。
「……な……」
次の瞬間、驚異的な威力の斬撃が、破邪の剣そのものを、真っ二つに叩き折った。
そして、そのまま――バニッシュを、完全に飲み込んだ。
ドォォォンッ――!!
火炎が爆ぜ、黒い聖光が弾け、雷鳴が空を引き裂く。
爆炎が巻き起こり、大地全体が、白と黒の光に呑み込まれる。
やがて――煙と熱が引いた後、上空から無残にボロボロになったバニッシュの身体が、力なく落ちてくる。
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瘴気の中で、カイルは大剣を下ろし、その光景を、黙って見下ろしていた。
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