勇者パーティーを追放されたので、張り切ってスローライフをしたら魔王に世界が滅ぼされてました

まりあんぬさま

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縁の決戦編

温もりを――その背に背負って

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 倒れ伏したバニッシュへと、カイルはゆっくり歩み寄った。
 その足取りは重くもなく、軽くもない。

 ――だが、その表情には、勝利の愉悦はなく、怒りも、憎しみも、狂気もない。

 そこにあったのは、何かを失ってしまった者のような虚ろな無だけだった。

 バニッシュの前に立つ。

 崩れた鎧、砕けた剣、血と焦げに塗れた身体でそれでも呼吸は浅く――かろうじて、生きている。

「……」

 カイルは、しばらく何も言わずに見下ろしていた。
 やがて、小さく息を吐く。

「……これで、俺とお前の……縁も終わる」

 呟くような声で語りかけるように話す。

 倒れたままのバニッシュは、何の反応も示さない。
 まぶたも、指先も、微動だにしない。

 その様子を見て、カイルは静かに言葉を続けた。

「……死にゆくお前の、最後に一つ……物語を、聞かせてやろう」

 視線を、わずかに逸らす。

「……ある青年の話だ。子供の頃に……本の中で読んだ英雄譚に、心を躍らせた。胸が熱くなって……
 剣を握り、魔法を思い描いて……いつかきっと、自分も英雄になるんだと……信じた」

 カイルの声は、どこか遠くを見ている。
 記憶の中のページを、一枚一枚、めくるように。
 淡々と語るその声には確かに熱を宿していた。

「夢のために、努力を惜しまなかった。師となる者を見つけ、剣を振り、血を流し、何度転んでも……立ち上がり、夢に向かい努力をしてた」

 唇が、わずかに歪む。

「……素質も、あった。だから――夢への道は、開かれていると……一度も、疑うことなんてなかった」

 カイルは、静かに語り続ける。
 まるで、自分の記憶そのものを、バニッシュの最期に刻み込むかのように。

「……いざ、旅立ちの日に青年が師からかけられた言葉は……激励なんかじゃなかったのさ」

 カイルは唇を、ぎり、と噛み締めた。

「――非情な現実、世界にはな……努力も、素質も……すべてを凌駕して、まるで導かれるかのように、
 その場所に立っている奴がいると」

 瘴気の揺らぐ闘技場で、カイルは語り続ける。
 視線が、虚空を彷徨う。


「……所謂、天才ってやつだ。師は言った。――お前には素質がある、と、だからこそ……いずれ、その天才に出会う時が来る……その時お前は、あまりにも高い“壁”を前にして……絶望するだろう、とな」

 自嘲が、混じる。
 声が、かすかに震える。

 そして――ふふ、とカイルは、低く笑った。
 それは、愉悦の笑いではない。
 怒りでも、狂気でもない。
 ――ただ、自分自身を嘲笑うような、乾いた笑みだった。

「……世界は、無情だ。出会ってしまったのさ……
 その“天才”ってやつに……そして、絶望した」

 ぽつり、と呟く。
 ゆっくりと、カイルは大剣を持ち上げる。
 握る手に、力が籠もる。

「足掻いた。必死に、這いつくばって……それでも、届かなかった……バニッシュ、お前を殺し……
 俺は、すべての因縁を――断ち切る」

 視線が、倒れ伏すバニッシュへと落ち、名を呼ぶ声には、かつての温度はない。
 狂気が、瞳を染め上げる。
 振り下ろされる大剣――終幕の一撃。

 ガキィィンッ!!

 鈍く、重い金属音が、大地に響き渡った。

「……な――っ!?」

 カイルは、目を見開いた。
 視線を落とした、その先にそこにいたのは――黒牙だった。

 小さな身体で、ボロボロで震える腕で、それでも確かに、カイルの大剣を、受け止めている。

「……させ……ない……!」

 歯を食いしばり、潤んだ目で、黒牙はカイルを睨み上げていた。

 倒れたバニッシュの前に立つ、小さな背中。

「――おじさんを……殺させない……!」

 黒牙は、声の限りに叫んだ。
 震える腕で剣を握り、倒れ伏すバニッシュの前に立つ。

「今度は……今度は僕が……おじさんを守るんだ!!」

 カイルの顔が歪む。

「てめぇ……また、出てきやがって……!」

 殺気が、露骨に膨れ上がった。
 だが黒牙は、一歩も退かない。
 歯を食いしばり、全身の力を込めて――カイルの大剣を、必死に押し返す。

「――うああぁぁっ!!」
 
 金属が軋み、火花が散る。

「……守る、だと?」

 カイルの声が、低く唸る。

「その死にぞこないをか? そいつはもう――終わったんだよ!!」

 黒牙は、乱れた息を整え、剣を構え直す。
「……違う。おじさんは……まだ終わってない」

 一瞬、視線が後ろに揺れる。
 血に塗れ、動かぬバニッシュの姿。
 それでも、確信を込めて続けた。

「また……立ち上がる! 僕には、わかるんだ。おじさんは……皆に、必要なんだ!!」

 黒牙の目に、涙が滲む。

 その言葉が――カイルの神経を逆撫でした。

「……っ!」

 カイルの歯が、ぎりっと鳴る。
 視界の端に映るのは、もはや虫の息で、今にも消えそうなバニッシュ。
 それでも――誰かに必要とされている存在。

 かつて、王都に仕えた勇者一行。
 今は追われ、切り捨てられ、指名手配という名の烙印を押された自分たち。
 誰かが必要とするのは――自分ではなく、バニッシュ。
 その事実が、カイルの胸を、醜く掻き乱す。

「……ふざけるな」

 絞り出すような声。

「そいつが……
 起き上がるなんて――あり得ねぇんだよ!!」

 怒りが噴き出すように叫ぶ。
 カイルは地を蹴った。
 爆ぜるような踏み込み。

「――っ!」
 殺意そのものが、一直線に迫る。

 怒りのままに、カイルの大剣が振り下ろされる。

「――うぁっ!!」

 黒牙は正面から受け止めた。
 
 ガァンッ!!

 あまりの力に、剣が弾き飛ばされ、岩肌を転がった。

「――っ!」

 間髪入れず、横薙ぎの一閃。
 しかしその一撃は、もはや剣技ではなかった。
 ただ力任せに振り回すだけの技もなく、鋭さもないただの暴力に近い。
 だが、それでも十分に圧倒できるほどに黒牙とカイルとの力の差はあった。
 
 黒牙は歯を食いしばり、身を低く沈めた。
 紙一重で躱し、風圧が頬を掠めるだけで、致命の刃は空を切る。
 潜り込むようにかわし、即座に地面を蹴る。
 弾き飛ばされた剣を拾い上げ、再び構え直した。

「チィッ……!」

 カイルが舌打ちをする。
 だが、彼の動きが鈍いのは――怒りだけが理由ではなかった。
 バニッシュとの死闘による大技の連発。
持てる力のすべてで叩き潰そうとした結果、魔力も体力も消耗しており、カイル自身も確実に疲弊している。
 大剣を振るたび、重心がぶれ、身体がわずかに泳ぐ。
 次の動作へ移るまでの、ほんの僅かな遅れ。
 その隙があるからこそ――黒牙は、正面から受けず、受け流す。

 ガッ――

 ギィン――

 刃をずらし、力を逃がし、踏み留まる。
 だが、力任せの一撃をいなすたび、衝撃が身体を打ち、足元がずらされる。
 動きは、確実に――遅れていく。

「……受けてばかりで、どうやって――守るってんだ!!」

 カイルが吠える。

「……ま……守るんだ……!」

 黒牙は、息を荒くしながら答えた。
 ふらつく脚で、それでも――一歩、前へ踏み出す。

「だって……僕は……鬼人族最強の男――玄牙の弟なんだ!!」

 その言葉と同時に、黒牙は、防御を捨て攻勢に転じた。

 黒牙の踏み込んだ攻撃は――無謀だった。
 確かに、カイルは怒りに呑まれ、疲弊もしている。
 だが、それは隙が生まれたという意味ではない。
 黒牙が前に出た理由は、戦術でも計算でもなかった。
 ただ――守りたいという想い。
 そして、強かった兄の弟であるという誇り、その二つに突き動かされ、身体が先に動いただけだ。

 カイルの瞳は、微塵も揺れなかった。
 向かってくる黒牙を冷静に捉え、大剣を大きく振り上げる。
 
 横薙ぎの一閃が振るわれる。
 圧倒的な膂力で振るわれた刃が、空気ごと薙ぎ払う。

 黒牙の身体は、胴から真っ二つにされたかのように見えた。
 
 ガキィィンッ!!

 乾いた金属音が弾けた。

「……なに……!?」

 カイルは、反射的に振り返る。

 そこにいたのは――闇を纏い、影のように揺らめく黒牙。
 全身に、黒い魔力が絡みつく。
 それは霧のようであり、獣の気配でもあった。

 カイルの目が、わずかに見開かれる。
 土壇場で発動したそれは、鬼人族の種族特性である身体操作の極地の固有の力。
 黒牙の身体は、半実体とでも言うべき状態になっていた。
 刃は斬ったが、その実体は一瞬だけ影へと逃れていたのだ。
 そして――カイルの鎧の表面に、確かな傷跡が刻まれている。
 黒牙の剣が、刹那の隙を突いて届いていた。
 闇魔法を纏い、影のように揺らめく体。

「……魔纏憑鬼、か……! 厄介な技を……」

 苛立ちを滲ませながらも、その目は黒牙を正確に捉えている。

「うわあぁぁぁっ!!」

 黒牙は雄叫びを上げ、踏み込んだ。
 闇を纏った身体が影のように揺らめき、一瞬、実体があるのかすら分からなくなる。
 魔纏憑鬼を活かした剣が振るわれ、闇が尾を引く。

「――っ!」

 カイルは大剣で受け止める。
 ガン、ギィン、と金属音が重なり、火花が散る。
 黒牙は攻め続ける。
 生き残るため、守るための必死の連撃。
 カイルはそれを受け、二人の激突は、なおも続いていた。

 そのすぐ傍で、倒れ伏したバニッシュの意識は、静かに、深い、深い闇へと沈みつつあった。

「……声が……聞こえる……」

 まるで、水の底から聞くように。

「……誰かが……戦ってるのか……」

 感覚が、ひとつずつ失われていく。
 身体は動かない。
 指先も、足先も、動かすことができず、かすかに聞こえる叫び声、剣がぶつかる音、それさえも、次第に――遠ざかっていく。

「……俺は……負けたんだ……結局……救えなかった……」

 カイルの顔が、脳裏に浮かぶ、拠点の風景、仲間たちの笑い声。

「……カイルも……拠点ここも……みんなも……」

 自分の弱さ、届かなかった力、後悔が胸を満たしたが――それすら、次第に薄れていく。

「……眠い……」

 抗えない重さが、瞼にのしかかる。

「……このまま……寝てしまえば……」

 静かに、静かに、バニッシュの瞳から――光が、命の灯が、消えかけていた。

 ――薄れゆく意識の底で。

『しっかりしなさいよ!』

 鋭く、しかし確かに温度を持った声が、バニッシュの頭の中に響いた。

「……リュ、シア……?」

 その声が、闇へと沈みきろうとしていた意識を、かろうじて繋ぎ止める。
 次の瞬間――脳裏に、次々と光景が溢れ出した。
 拠点で過ごした日々。

 ありがとう、と涙を浮かべながら仲間に加わったセレスティナの姿。
 「夢を追うバカな奴の手伝いがしてぇんだ」と、不器用に手を差し出したグラド。
 言葉数は少ないが、背中ですべてを語るザイロ。
 いつも温かな食事を用意してくれたメイラの優しい笑顔。
 弟想いで、少し不器用なライラ。
 どんな時でも明るく元気に走り回っていたフォル。
 そして――拠点に実りをもたらした、女神――セラ。
 収穫祭の夜、皆の前で、ツヅラとフィリアから「拠点の長として任命されたあの瞬間、誇らしげに笑う仲間たち。
 
 確かに、そこにあった居場所。

「……ああ……」

 胸の奥から、熱いものが込み上げる。
 ――そして、思い出す。
 あの夜、星の輝く夜空の下で、真っ直ぐこちらを見据えていたリュシア。

『アンタが立ち止まったら――その時は、私が叩き直してあげる』

 一切の迷いを感じさせない、あの瞳。

「……そう、だな……」

 かすれた声で、呟く。
 
 バニッシュの瞳に――再び、光が宿った。
 消えかけていた命の灯が、今度ははっきりと――燃え上がろうとしている。
 意識が、現実へと引き戻される。
 激痛で壊れかけた身体。

「……終わって、たまるか……」

 動かないはずの体に、無理やり力を込める。
 拳を――ぎゅっと、握り締める。
 歯を食いしばり、震える腕で、地面を押す。

 守ると決めた、背負うと、誓った。
 バニッシュは、ゆっくりと、しかし確かに――再び、起き上がった。
 闇に沈むはずだった男は、もう一度、世界に抗うために、仲間の温もりを、その背に背負って立ち上がる。
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