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ep.3
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(……この子は、一体……?)
メルは泥土に膝をついたまま、まるでお茶会でもしているような平穏さで、地面に小さな魔法陣を描き始めた。
「……あ、あの、君。ここはまだ危ない。それに、その剣はもう粉々で……」
アルベールが制止しようとしたその時、メルが手元に集めた鉄の破片の一つを、金槌で『コン』と叩いた。
――その瞬間、世界から雨音が消えた。
いや、消えたのではない。少女が鳴らした「音」が、周囲のすべてを塗り替えてしまったのだ。
アルベールの背筋に、今まで感じたことのない戦慄が走る。
音が――違う。
今まで彼が聞いてきた鍛冶師の音は、鉄を無理やり従わせるための「悲鳴」だった。
だが、この少女が鳴らす音は、鉄が歓喜に震え、再び形を成そうと歌う「産声」だ。
「……鉄は、バラバラになっても『自分』を覚えています。だから、正しく道を作ってあげれば、また手を取り合ってくれるんですよ」
メルがおっとりと槌を振るうたびに、泥にまみれていた破片が、まるで意志を持っているかのように吸い寄せられ、溶け合い、以前よりも深く、鋭い輝きを帯びて再構築されていく。
「……信じられない。魔力炉もなしに、この雨の中で……鉄の構造を書き換えているのか……?」
「お待たせしました。……少しだけ、中を『広く』しておきましたよ。これなら、あなたの溢れるような力も、窮屈な思いをせずに通れるはずです」
差し出されたのは、元の無骨な名剣ではない。
刀身に、微かに星屑のような模様が浮かぶ、静謐な美しさを湛えた一振りの長剣だった。
アルベールは吸い込まれるようにその柄を握った。
――瞬間、彼は絶句した。
(……温かい)
いつもは、握った瞬間に自分の魔力が逆流し、剣を内側から破壊しようとする衝撃が手に伝わってくる。
だが、この剣は違う。
彼の暴虐な魔力を、まるで柔らかな真綿で包み込むように受け入れ、それをすべて「斬撃の意志」へと変換していくのだ。
アルベールは、試しに近くの巨岩へ向かって、無造作に剣を払った。
手応えはない。空気を切ったような軽やかさ。
しかし、次の瞬間――巨大な岩塊は、重力に従うよりも早く、音もなく真っ二つに分かたれた。
「…………折れて、いない」
アルベールは信じられない思いで、手の中の剣を見つめていた。自分の全力に耐え、あろうことか魔力を増幅して返してきた鉄。
彼は剣を握ったまま、地面に座り込むメルを鋭い眼差しで射抜いた。先ほどまでの「助けた通行人」を見る目ではない。
「……君は一体、何者なんだ」
アルベールの声は低く、どこか威圧的だった。
戦場に似つかわしくない、おっとりとした風貌。だがその手には、見たこともない技術を宿した金槌。
「え……。あ、申し遅れました。私、メルと申します。……見ての通り、ただの鍛冶師です」
「ただの鍛冶師が、雨の中で、魔力炉もなしに僕の剣を打ち直すわけがない。……どこの所属だ。君ほどの腕があれば、どの国も放っておかないはずだ」
アルベールの問いに、メルは少しだけ寂しそうに目を伏せた。
「……さっきまで、あそこの騎士団の陣営で働いていました。でも、婚約者だった団長さんに『無能』だと言われて、追い出されてしまって……。行き場がなくて歩いていたら、魔物さんに出会ってしまったんです」
「……カイルの部下だったというのか? あの、見栄えしか気にしない無能の……」
アルベールは絶句した。
隣国の騎士団長カイルが、自分の「最強の理解者」になり得たはずのこの少女を、道端に捨てた。その事実に、胃の奥が焼けるような怒りと、同時に「信じられないほどの幸運」がこみ上げてくる。
「……信じ難い。カイルは、君が鉄の声を聴き、僕の魔力を完全に制御したこの事実を知らないのか」
「はい。私の打つ剣は輝きが足りなくて地味だから、騎士団の象徴には相応しくないって言われました。……私、不器用ですから」
メルがおっとりと、自分の節くれだった指先を見つめて笑う。
その無欲で健気な姿を見た瞬間、アルベールの胸の中にあった「警戒心」は、一気に「猛烈な所有欲」へと塗り替えられた。
「……そうか。ならば、話は早い」
アルベールはひざまずき、泥で汚れたメルの手を、壊れ物を扱うように両手で包み込んだ。
「メル。君を捨てた奴らのことは忘れろ。……君は今、自由の身なんだな?」
「あ……はい。帰る場所も、もうありませんから」
「なら、僕が君を買おう。……いや、僕の全てを賭けて、君を迎え入れたい。僕の国に来て、僕のためだけに剣を打ってくれないか。工房も、素材も、君の安全も……君が望むなら、この僕の『命』だって対価にしよう」
「えぇ……? あの、お給料をいただけるなら、それで十分なのですが……」
「給料? ああ、望むだけ出す。だがそれ以上に、僕は君という『奇跡』を誰にも渡したくないんだ。……いいかい、メル。君を理解できない愚か者の元に、君の居場所はない」
アルベールは、戸惑うメルを安心させるように、けれど二度と逃がさないという確固たる意志を込めて微笑んだ。
「……行こう、メル。今日から、僕の城が君の家だ」
メルは泥土に膝をついたまま、まるでお茶会でもしているような平穏さで、地面に小さな魔法陣を描き始めた。
「……あ、あの、君。ここはまだ危ない。それに、その剣はもう粉々で……」
アルベールが制止しようとしたその時、メルが手元に集めた鉄の破片の一つを、金槌で『コン』と叩いた。
――その瞬間、世界から雨音が消えた。
いや、消えたのではない。少女が鳴らした「音」が、周囲のすべてを塗り替えてしまったのだ。
アルベールの背筋に、今まで感じたことのない戦慄が走る。
音が――違う。
今まで彼が聞いてきた鍛冶師の音は、鉄を無理やり従わせるための「悲鳴」だった。
だが、この少女が鳴らす音は、鉄が歓喜に震え、再び形を成そうと歌う「産声」だ。
「……鉄は、バラバラになっても『自分』を覚えています。だから、正しく道を作ってあげれば、また手を取り合ってくれるんですよ」
メルがおっとりと槌を振るうたびに、泥にまみれていた破片が、まるで意志を持っているかのように吸い寄せられ、溶け合い、以前よりも深く、鋭い輝きを帯びて再構築されていく。
「……信じられない。魔力炉もなしに、この雨の中で……鉄の構造を書き換えているのか……?」
「お待たせしました。……少しだけ、中を『広く』しておきましたよ。これなら、あなたの溢れるような力も、窮屈な思いをせずに通れるはずです」
差し出されたのは、元の無骨な名剣ではない。
刀身に、微かに星屑のような模様が浮かぶ、静謐な美しさを湛えた一振りの長剣だった。
アルベールは吸い込まれるようにその柄を握った。
――瞬間、彼は絶句した。
(……温かい)
いつもは、握った瞬間に自分の魔力が逆流し、剣を内側から破壊しようとする衝撃が手に伝わってくる。
だが、この剣は違う。
彼の暴虐な魔力を、まるで柔らかな真綿で包み込むように受け入れ、それをすべて「斬撃の意志」へと変換していくのだ。
アルベールは、試しに近くの巨岩へ向かって、無造作に剣を払った。
手応えはない。空気を切ったような軽やかさ。
しかし、次の瞬間――巨大な岩塊は、重力に従うよりも早く、音もなく真っ二つに分かたれた。
「…………折れて、いない」
アルベールは信じられない思いで、手の中の剣を見つめていた。自分の全力に耐え、あろうことか魔力を増幅して返してきた鉄。
彼は剣を握ったまま、地面に座り込むメルを鋭い眼差しで射抜いた。先ほどまでの「助けた通行人」を見る目ではない。
「……君は一体、何者なんだ」
アルベールの声は低く、どこか威圧的だった。
戦場に似つかわしくない、おっとりとした風貌。だがその手には、見たこともない技術を宿した金槌。
「え……。あ、申し遅れました。私、メルと申します。……見ての通り、ただの鍛冶師です」
「ただの鍛冶師が、雨の中で、魔力炉もなしに僕の剣を打ち直すわけがない。……どこの所属だ。君ほどの腕があれば、どの国も放っておかないはずだ」
アルベールの問いに、メルは少しだけ寂しそうに目を伏せた。
「……さっきまで、あそこの騎士団の陣営で働いていました。でも、婚約者だった団長さんに『無能』だと言われて、追い出されてしまって……。行き場がなくて歩いていたら、魔物さんに出会ってしまったんです」
「……カイルの部下だったというのか? あの、見栄えしか気にしない無能の……」
アルベールは絶句した。
隣国の騎士団長カイルが、自分の「最強の理解者」になり得たはずのこの少女を、道端に捨てた。その事実に、胃の奥が焼けるような怒りと、同時に「信じられないほどの幸運」がこみ上げてくる。
「……信じ難い。カイルは、君が鉄の声を聴き、僕の魔力を完全に制御したこの事実を知らないのか」
「はい。私の打つ剣は輝きが足りなくて地味だから、騎士団の象徴には相応しくないって言われました。……私、不器用ですから」
メルがおっとりと、自分の節くれだった指先を見つめて笑う。
その無欲で健気な姿を見た瞬間、アルベールの胸の中にあった「警戒心」は、一気に「猛烈な所有欲」へと塗り替えられた。
「……そうか。ならば、話は早い」
アルベールはひざまずき、泥で汚れたメルの手を、壊れ物を扱うように両手で包み込んだ。
「メル。君を捨てた奴らのことは忘れろ。……君は今、自由の身なんだな?」
「あ……はい。帰る場所も、もうありませんから」
「なら、僕が君を買おう。……いや、僕の全てを賭けて、君を迎え入れたい。僕の国に来て、僕のためだけに剣を打ってくれないか。工房も、素材も、君の安全も……君が望むなら、この僕の『命』だって対価にしよう」
「えぇ……? あの、お給料をいただけるなら、それで十分なのですが……」
「給料? ああ、望むだけ出す。だがそれ以上に、僕は君という『奇跡』を誰にも渡したくないんだ。……いいかい、メル。君を理解できない愚か者の元に、君の居場所はない」
アルベールは、戸惑うメルを安心させるように、けれど二度と逃がさないという確固たる意志を込めて微笑んだ。
「……行こう、メル。今日から、僕の城が君の家だ」
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