28 / 37
強制送還
しおりを挟む
陽菜は、ジッと天の川を見詰めている。
さっきまで、あの場所に居たのだと、実感が湧かない。
空を掴んだ手を下ろし、指を一本ずつ広げ、なにも無い手の平を眺めた。
なにも無い。なにも、無いのだ。
「……っ」
天帝の手によって、強制送還されてしまった。
まだ、織姫にお礼を伝えていなかったのに。ありがとうと、ごめんなさいを伝えたかった。たったの五秒くらいあれば伝えられたのに。
天帝には、陽菜の声が届いていなかったのだろうか。それとも、聞こえないフリをされたのか。
分からない。分からないけど、陽菜に拒否権など無かった。
陽菜を心配してなのか、体裁のためなのか。
天帝は、容赦無かった。あの決断力と実行力が備わっていなければ、最高神という職は務まらないのかもしれない。
今思い返せば、織姫と話しているときの天帝は、父親の顔と最高神という顔の両方を見せていた。
陽菜の中で印象に残っている天帝を表す言葉は、頑固親父、だ。
話は聞いてくれても、意見は曲げない。頑固者。娘である織姫の言う通りだ。
頭に手を置くと、ウサギの耳は無くなっている。ちゃんと元の形に戻った耳が、顔の横についていた。
よかったと安堵するも、ツクヨミに会えなかった切なさと苦しさがドッと押し寄せる。
織姫の提案を受けて、喜びを……希望を抱いてしまった。会えたときを思い描いてしまった反動が、この燃え尽きてしまったかのような脱力感だ。悔しい。ぬか喜びは、つらすぎる。
どうしようも無く、遣る瀬無い気持ちの、持って行き場所が無い。
「う……っ」
唇を引き結び、嗚咽を堪える。
今は泣けない。玄関先で泣いてしまったら、泣き声が近所に聞こえてしまう。
急いで家の中に入ろうと、玄関に手を掛けた。
ガタンッという衝撃と、金具同士が引っかかる音。
開かない。カギが閉まっている。
「……っ、なんでぇ」
外に出たとき、陽菜はカギをしなかった。
誰かが、陽菜が居ないことに気づかずカギをかけたのか。それともーー。
(嘘……ヤダ!)
天帝から聞いた話が、頭を過ぎる。
素麺を食べるおまじないをした七夕の日から、いったい、どれだけの時間が経ってしまったのだろう。
一年? 三年? 十年? 五十年?
インターホンを鳴らし、しばらく待つ。
誰も出て来ない。
家の中に明かりはついておらず、しんと静まり返っている。
「なんで……みんな、寝てるの?」
ピンポーン、ピンポーンと何度も鳴らす。拳を握り、ドンドンと玄関の扉を叩き続けた。
出てくるのは、誰だろう。
陽菜の元通りの家族か、齢を重ねた家族か。まったく知らない誰かか。
玄関先から見える景色は変わっていない。夜だから細かな違いに気づけないだけかもしれないけれど、何十年も経過していないはずだ。
だけど……もし、年月が経過していたら……? 陽菜だけが、小学一年生のままだったら……?
確認することが、怖い。
お前は誰だと言われたら、どうしよう。行方不明として処理されて、亡くなったことにされていたら?
玄関の扉を叩く音が、次第に小さくなっていく。
涙が込み上げ、鼻水がズルズルとなり、嗚咽を堪えるのは限界だ。もう無理だ。
「うっ、えっぇ……ッ……お父さん、お母さぁん、おばあちゃ~ん!」
恥も外聞もどうでもよくなり、ああぁぁぁあああ~ん! と、本気の泣き方になってきた。
玄関ホールの電気が灯る。履物の底が擦れる音と、カギをカチャカチャと開ける音が聞こえた。
ガララッと玄関の扉が開くと、父と母、そして祖母の姿があった。
「陽菜! なんだ? お前、外に出てたのか」
「ちょっと、何時だと思ってるのよ。もう深夜の二時よ」
父は驚き、眠りを妨げられたせいか、母は呆れながら苛立っている。
誰も、陽菜が家の中に居なかったことに、気がついていなかったみたいだ。部屋にこもって、布団でも被って眠っているとでも思っていたのだろうか。
でも、経っていたのが七時間ほどでよかった。出てきてくれたのが、七時間後の家族でよかったと、心の底から安堵する。
陽菜は、泣き止むことができない。ずっと泣きっぱなしだ。鼻水もダラダラの垂れ流しで、涙もポロポロ。ティッシュを差し出してほしいくらいだ。
「ほらほら、どうしたの? 泣いてばかりで……大丈夫よ~」
見かねた母が、汚れることも厭わず陽菜を抱き寄せ、背中を摩ってくれる。
「外に出て、いったいなにをしてたの?」
「うっ、う……ぁああん!」
答えたくても、泣くことを制御できない。
ツクヨミに会えなかったこと、天帝から強制送還されたこと、変わりない家族のところへ帰って来れたこと……いろいろな感情が混ざり合って、収拾がつかない。もう、なにもかも、全てがごちゃ混ぜだ。
「どうしたの? 陽菜ちゃん。大丈夫、大丈夫だよ~」
母に背中を摩られながら、祖母にも頭を撫でてもらう。
「おっ、おっ、おばッちゃ……ぅう~っ!」
陽菜の涙は止まらない。
(おばあちゃん、おまじない……してみたけど、ダメだったよ)
言葉にして祖母に伝えたいのに、伝えられない。
七夕の日のおまじない。
陽菜の願いは、叶わなかった。
さっきまで、あの場所に居たのだと、実感が湧かない。
空を掴んだ手を下ろし、指を一本ずつ広げ、なにも無い手の平を眺めた。
なにも無い。なにも、無いのだ。
「……っ」
天帝の手によって、強制送還されてしまった。
まだ、織姫にお礼を伝えていなかったのに。ありがとうと、ごめんなさいを伝えたかった。たったの五秒くらいあれば伝えられたのに。
天帝には、陽菜の声が届いていなかったのだろうか。それとも、聞こえないフリをされたのか。
分からない。分からないけど、陽菜に拒否権など無かった。
陽菜を心配してなのか、体裁のためなのか。
天帝は、容赦無かった。あの決断力と実行力が備わっていなければ、最高神という職は務まらないのかもしれない。
今思い返せば、織姫と話しているときの天帝は、父親の顔と最高神という顔の両方を見せていた。
陽菜の中で印象に残っている天帝を表す言葉は、頑固親父、だ。
話は聞いてくれても、意見は曲げない。頑固者。娘である織姫の言う通りだ。
頭に手を置くと、ウサギの耳は無くなっている。ちゃんと元の形に戻った耳が、顔の横についていた。
よかったと安堵するも、ツクヨミに会えなかった切なさと苦しさがドッと押し寄せる。
織姫の提案を受けて、喜びを……希望を抱いてしまった。会えたときを思い描いてしまった反動が、この燃え尽きてしまったかのような脱力感だ。悔しい。ぬか喜びは、つらすぎる。
どうしようも無く、遣る瀬無い気持ちの、持って行き場所が無い。
「う……っ」
唇を引き結び、嗚咽を堪える。
今は泣けない。玄関先で泣いてしまったら、泣き声が近所に聞こえてしまう。
急いで家の中に入ろうと、玄関に手を掛けた。
ガタンッという衝撃と、金具同士が引っかかる音。
開かない。カギが閉まっている。
「……っ、なんでぇ」
外に出たとき、陽菜はカギをしなかった。
誰かが、陽菜が居ないことに気づかずカギをかけたのか。それともーー。
(嘘……ヤダ!)
天帝から聞いた話が、頭を過ぎる。
素麺を食べるおまじないをした七夕の日から、いったい、どれだけの時間が経ってしまったのだろう。
一年? 三年? 十年? 五十年?
インターホンを鳴らし、しばらく待つ。
誰も出て来ない。
家の中に明かりはついておらず、しんと静まり返っている。
「なんで……みんな、寝てるの?」
ピンポーン、ピンポーンと何度も鳴らす。拳を握り、ドンドンと玄関の扉を叩き続けた。
出てくるのは、誰だろう。
陽菜の元通りの家族か、齢を重ねた家族か。まったく知らない誰かか。
玄関先から見える景色は変わっていない。夜だから細かな違いに気づけないだけかもしれないけれど、何十年も経過していないはずだ。
だけど……もし、年月が経過していたら……? 陽菜だけが、小学一年生のままだったら……?
確認することが、怖い。
お前は誰だと言われたら、どうしよう。行方不明として処理されて、亡くなったことにされていたら?
玄関の扉を叩く音が、次第に小さくなっていく。
涙が込み上げ、鼻水がズルズルとなり、嗚咽を堪えるのは限界だ。もう無理だ。
「うっ、えっぇ……ッ……お父さん、お母さぁん、おばあちゃ~ん!」
恥も外聞もどうでもよくなり、ああぁぁぁあああ~ん! と、本気の泣き方になってきた。
玄関ホールの電気が灯る。履物の底が擦れる音と、カギをカチャカチャと開ける音が聞こえた。
ガララッと玄関の扉が開くと、父と母、そして祖母の姿があった。
「陽菜! なんだ? お前、外に出てたのか」
「ちょっと、何時だと思ってるのよ。もう深夜の二時よ」
父は驚き、眠りを妨げられたせいか、母は呆れながら苛立っている。
誰も、陽菜が家の中に居なかったことに、気がついていなかったみたいだ。部屋にこもって、布団でも被って眠っているとでも思っていたのだろうか。
でも、経っていたのが七時間ほどでよかった。出てきてくれたのが、七時間後の家族でよかったと、心の底から安堵する。
陽菜は、泣き止むことができない。ずっと泣きっぱなしだ。鼻水もダラダラの垂れ流しで、涙もポロポロ。ティッシュを差し出してほしいくらいだ。
「ほらほら、どうしたの? 泣いてばかりで……大丈夫よ~」
見かねた母が、汚れることも厭わず陽菜を抱き寄せ、背中を摩ってくれる。
「外に出て、いったいなにをしてたの?」
「うっ、う……ぁああん!」
答えたくても、泣くことを制御できない。
ツクヨミに会えなかったこと、天帝から強制送還されたこと、変わりない家族のところへ帰って来れたこと……いろいろな感情が混ざり合って、収拾がつかない。もう、なにもかも、全てがごちゃ混ぜだ。
「どうしたの? 陽菜ちゃん。大丈夫、大丈夫だよ~」
母に背中を摩られながら、祖母にも頭を撫でてもらう。
「おっ、おっ、おばッちゃ……ぅう~っ!」
陽菜の涙は止まらない。
(おばあちゃん、おまじない……してみたけど、ダメだったよ)
言葉にして祖母に伝えたいのに、伝えられない。
七夕の日のおまじない。
陽菜の願いは、叶わなかった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
拾われ子のスイ
蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】
記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。
幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。
老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。
――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。
スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。
出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。
清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。
これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。
※週2回(木・日)更新。
※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。
※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載)
※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
後宮なりきり夫婦録
石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」
「はあ……?」
雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。
あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。
空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。
かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。
影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。
サイトより転載になります。
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる