わたしとおばあちゃんのあやかし語り

佐木 呉羽

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強制送還

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 陽菜は、ジッと天の川を見詰めている。
 さっきまで、あの場所に居たのだと、実感が湧かない。
 くうを掴んだ手を下ろし、指を一本ずつ広げ、なにも無い手の平を眺めた。
 なにも無い。なにも、無いのだ。

「……っ」

 天帝の手によって、強制送還されてしまった。
 まだ、織姫にお礼を伝えていなかったのに。ありがとうと、ごめんなさいを伝えたかった。たったの五秒くらいあれば伝えられたのに。
 天帝には、陽菜の声が届いていなかったのだろうか。それとも、聞こえないフリをされたのか。
 分からない。分からないけど、陽菜に拒否権など無かった。
 陽菜を心配してなのか、体裁のためなのか。
 天帝は、容赦無かった。あの決断力と実行力が備わっていなければ、最高神という職は務まらないのかもしれない。
 今思い返せば、織姫と話しているときの天帝は、父親の顔と最高神という顔の両方を見せていた。
 陽菜の中で印象に残っている天帝を表す言葉は、頑固親父、だ。
 話は聞いてくれても、意見は曲げない。頑固者。娘である織姫の言う通りだ。
 頭に手を置くと、ウサギの耳は無くなっている。ちゃんと元の形に戻った耳が、顔の横についていた。
 よかったと安堵するも、ツクヨミに会えなかった切なさと苦しさがドッと押し寄せる。
 織姫の提案を受けて、喜びを……希望を抱いてしまった。会えたときを思い描いてしまった反動が、この燃え尽きてしまったかのような脱力感だ。悔しい。ぬか喜びは、つらすぎる。
 どうしようも無く、遣る瀬無い気持ちの、持って行き場所が無い。

「う……っ」

 唇を引き結び、嗚咽を堪える。
 今は泣けない。玄関先で泣いてしまったら、泣き声が近所に聞こえてしまう。
 急いで家の中に入ろうと、玄関に手を掛けた。
 ガタンッという衝撃と、金具同士が引っかかる音。
 開かない。カギが閉まっている。

「……っ、なんでぇ」

 外に出たとき、陽菜はカギをしなかった。
 誰かが、陽菜が居ないことに気づかずカギをかけたのか。それともーー。

(嘘……ヤダ!)

 天帝から聞いた話が、頭をぎる。
 素麺を食べるおまじないをした七夕の日から、いったい、どれだけの時間が経ってしまったのだろう。
 一年? 三年? 十年? 五十年?
 インターホンを鳴らし、しばらく待つ。
 誰も出て来ない。
 家の中に明かりはついておらず、しんと静まり返っている。

「なんで……みんな、寝てるの?」

 ピンポーン、ピンポーンと何度も鳴らす。拳を握り、ドンドンと玄関の扉を叩き続けた。
 出てくるのは、誰だろう。
 陽菜の元通りの家族か、齢を重ねた家族か。まったく知らない誰かか。
 玄関先から見える景色は変わっていない。夜だから細かな違いに気づけないだけかもしれないけれど、何十年も経過していないはずだ。
 だけど……もし、年月が経過していたら……? 陽菜だけが、小学一年生のままだったら……?
 確認することが、怖い。
 お前は誰だと言われたら、どうしよう。行方不明として処理されて、亡くなったことにされていたら?
 玄関の扉を叩く音が、次第に小さくなっていく。
 涙が込み上げ、鼻水がズルズルとなり、嗚咽を堪えるのは限界だ。もう無理だ。

「うっ、えっぇ……ッ……お父さん、お母さぁん、おばあちゃ~ん!」

 恥も外聞もどうでもよくなり、ああぁぁぁあああ~ん! と、本気の泣き方になってきた。
 玄関ホールの電気が灯る。履物の底が擦れる音と、カギをカチャカチャと開ける音が聞こえた。
 ガララッと玄関の扉が開くと、父と母、そして祖母の姿があった。

「陽菜! なんだ? お前、外に出てたのか」
「ちょっと、何時だと思ってるのよ。もう深夜の二時よ」

 父は驚き、眠りを妨げられたせいか、母は呆れながら苛立っている。
 誰も、陽菜が家の中に居なかったことに、気がついていなかったみたいだ。部屋にこもって、布団でも被って眠っているとでも思っていたのだろうか。
 でも、経っていたのが七時間ほどでよかった。出てきてくれたのが、七時間後の家族でよかったと、心の底から安堵する。
 陽菜は、泣き止むことができない。ずっと泣きっぱなしだ。鼻水もダラダラの垂れ流しで、涙もポロポロ。ティッシュを差し出してほしいくらいだ。

「ほらほら、どうしたの? 泣いてばかりで……大丈夫よ~」

 見かねた母が、汚れることも厭わず陽菜を抱き寄せ、背中を摩ってくれる。

「外に出て、いったいなにをしてたの?」
「うっ、う……ぁああん!」

 答えたくても、泣くことを制御できない。
 ツクヨミに会えなかったこと、天帝から強制送還されたこと、変わりない家族のところへ帰って来れたこと……いろいろな感情が混ざり合って、収拾がつかない。もう、なにもかも、全てがごちゃ混ぜだ。

「どうしたの? 陽菜ちゃん。大丈夫、大丈夫だよ~」

 母に背中を摩られながら、祖母にも頭を撫でてもらう。

「おっ、おっ、おばッちゃ……ぅう~っ!」

 陽菜の涙は止まらない。

(おばあちゃん、おまじない……してみたけど、ダメだったよ)

 言葉にして祖母に伝えたいのに、伝えられない。
 七夕の日のおまじない。
 陽菜の願いは、叶わなかった。
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