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第5章 神様の新しい棲み家は、俺のネットショップ

47.神様、俺、我が家に帰って来る途中、父さんを切り捨てたんだ。薄情者だ、俺は。父さんに大事にされてきたことも、確かにあったのに。

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山のふもとの我が家に帰り着いた俺は、疲れと負傷で卒業式の前日まで寝て過ごした。

家に帰ってまずしたことは。

パソコンで、ネットショップ〈神棚〉のホームページにアクセスして、神様に、『ただいま』を言ったこと。

ネットショップ〈神棚〉のホームページにいる神様は、しめ縄で縄跳びをしていた。

神様が一寸法師サイズで、山のふもとの我が家で暮らしていたとき、縄跳びなら、神様と一緒に出来たのに。

どうして、俺は、神様が目の前にいて、神様に触ったり、触られたりできる時間をぼんやり過ごしていたんだろう?

「俺、神様が、山のふもとの我が家の神棚にいたときに、神様ともっと遊べば良かった。

毎日一緒にいたのに。

神様と一緒にいられなくなる日が来るって、俺、最初から知っていたのに。

どうして、叶わなくなったときに、やっておけば良かったなんて、思うんだ。」

俺は、ネットショップ〈神棚〉のホームページで、縄跳びの二重交差を練習している神様を見ながら、独りごちる。

俺は、気づくのが遅すぎる。

当たり前にあるから、大事だなんて考えたことがなかった。

山のふもとの我が家で暮らす、俺と神様との一人と一柱での暮らしも。

父さんとの関係も。

俺、父さんのこと、どれだけ知っているんだろう?

小学生の休日は、父さん母さんと一緒に遊んでいた。

平日は、友達と遊ぶようになったけど、母さんといる時間は長かった。

俺は、いつだって、俺のしたいことをしたかった。

父さん母さんといる時間は、俺のしたいことをする時間だったと思う。

父さん母さんといるのは、当たり前で、ずっと同じ日が続くものだと、未来を疑わなかった。

高校生から大学生になるときに、当たり前だったものは、一つも残っていないと思っていた。

でも。
俺、自分で、ネットショップ〈神棚〉を始めて、売り上げに一喜一憂したり、売り上げを一にするために、悩んだり、工夫したりしているうちに、気づいた。

お金を稼ぐのって、楽じゃない。

父さんと母さんは、俺に手をかけて世話をすることはなくなったけれど、稼いだお金を俺に使ってくれていた。

四年間、一度も、二人からのお金が滞ることはなかった。

母さんは、俺の部屋を勝手に貸し出して、お金を稼いでいたけれど、最初からそんなことをしていたわけじゃない。

俺が、ワンルームに住んでいる間は、又貸しをしていなかったはず。

心境の変化?
状況の変化?

母さんの身に何か起きた?

母さんが、又貸しを始めたのは、俺が山のふもとの我が家に引っ越ししてから、だと思う。

父さんは、俺が言う通りにしないから、といって、俺に暴力なんてふるう人じゃなかった。

父さん母さんは、変わってしまって、俺のよく知る父さん母さんじゃなくなっていた。

でも、俺は、父さん母さんのことを知っている、と言えるほど、知っていた?

自信がない。

今になって。

父さん母さんといた時間を思い出してみても。

父さん母さんに、どんな特技があったとか、何が好きだった、とか。

思い出せないんだ、俺。

三人だったり、二人だったり、楽しい時間を過ごしていたはずなのに。

俺は、父さん母さんに無関心だった?

俺は、父さん母さんに遠ざけられていることを、ずっと辛いと思っていた。

遠ざけられてはきたけれど、父さんは、俺に対して無関心なわけじゃなかった。

母さんに関しては、自信がない。
母さんは、どうだろう?
母さんは、俺を忘れたいのかもしれない。

俺じゃない、新しい我が子が、母さんには、いる。

俺には、何も言わないけれど、父さんは、俺の大学生活の半分を支えてくれていた。

大学生になるまで、家にいて、俺は、不自由なんてしたことがなかった。

父さんと母さんが一緒にいないのに、なんの心配もなく、俺が生きてこれたのは。

父さん母さんが、俺の知らないうちに、俺が生きていけるようにしてくれた?

俺、どうして、今まで、気づけなかったんだろう。

薄情者は、俺の方?

父さんとは、縁を切ってしまった。

父さんに、暴力をふるわれた箇所は、どこも痛くて、動きづらい。

父さんと、父さんの手が届く範囲で会うのは、怖いから、嫌だ、と俺は思う。

でも。

父さんと俺と過ごした家族の時間も、離れてからの時間も、大事なものだったと気づく前に、俺は、父さんごと切り捨てた。

どうして、どうして、俺は手遅れなんだ。

俺は、暴力をふるって、俺に仕事をさせようとした父さんと、父さんに与えられた仕事から逃げたかった。

逃げ切って、山のふもとの我が家に帰って、神様とのネットショップ〈神棚〉を続けることだけを考えていた。

深川さんとの約束、
『これから何が起きても、父さんと父さんの会社のことには、知らんぷり』は、
時間経過とともに、俺の感情をかき乱していく。

そういえば。
俺の部屋の捜査のその後は、どうなったんだろう?

母さんは、犯罪組織に加担している、と逮捕されるかもしれない。

俺の心は、千々に乱れて、苦しい。

「帰ってきたか、志春(しはる)。
よく頑張った。小童には疲れたであろう。
休むか?話すか?休みながら話すか?」

ホームページ越しに、俺を労ってくれる神様。

俺の様子を見ながら、どうするのが、俺のためになるのかを考えてくれる神様。

神様の声を聞いたら、こらえてきたものが、溢れ出してきた。

「神様、神様。
俺、山のふもとの我が家に帰ってくるときに、父さんを切り捨てたんだ。

神様に見送られて、父さんの新居を出てから。

家族の中の薄情者は、俺なんだ。

父さんと母さんが、俺を遠ざけたって、ずっと思っていた。
でも、違うんだ。
俺が薄情者だからなんだ。俺が悪かったんだ。」

俺の頭の中は、薄情者という言葉が飛び交っている。
『薄情者。』
『薄情者。』

神様は、ふむ?と考えてから、手で、布団の中に入る仕草をした。

「志春(しはる)は、布団に転がりながら、話すがよい。
疲れたら、寝てしまうとよい。」
と神様に促されて、俺は、寝る支度をして布団に入った。

高校生までは、『ただいま』も、『おかえり』も、『いってらっしゃーい』も『いってきます』も、その日の気分で言ったり、言わなかったりだった。

父さん母さんは、挨拶も気分次第の俺のことを、どう思った?

俺は、山のふもとの我が家を出て、ワンルームに荷物を取りに行った日の出来事から、全部、神様に話していった。

全部聞いてくれた神様は、俺を安心させてくれた。

「志春(しはる)とあの家の縁は切ったが、父親との縁は切っておらぬ。

志春(しはる)の縁は、志春(しはる)の心が繋いでおる。」
と神様。

「俺は、自分が、父さんを切り捨てた薄情者だと思ったんだ。」

「深川という男は、志春(しはる)が、後に権利とやらを主張してこぬようにしたのであろう。」
と神様。

「退去の日に、会うのなら、父親に確かめてくるがよい。」
と神様。

「うん、ありがとう。神様。」

俺は、枕が湿っぽくなっていたので、そっと、隣にずらした。

「志春(しはる)が、後悔したくないと思うのなら、志春(しはる)の母親の心も環境も、志春(しはる)から尋ねてみよ。

志春(しはる)についていてやろう。
志春(しはる)を一人にはせぬ。
スマホがないなら、タブレットか、パソコンを持ち歩くがよい。」
と神様。

神様は、現代通。

「卒業式の前日までに、元気になって、俺の名前でスマホを契約するよ。

神様には、俺と一緒に、父さん母さんと会いにいってほしい。」

「良かろう。
スマホを契約できるように、志春(しはる)の体も元気にするがよい。」
と神様。

「おやすみ。起きたら、話そう、神様。」

「小童は、寝て回復するがよい。」
という神様の声を聞きながら、俺は、安心して寝入った。
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