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本編

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 梨華から連絡があったのはその翌日だった。
 会えるか、という文面に眉を寄せる。
 あゆみに一言断ろうにも、仕事中に手間をかけるのはためらわれる。平日はろくに休憩時間もないと聞いていたので、どうしたものかと考えた。
 今日は金曜で週末だが、来週からは新学期が始まることを考えれば、何かと忙しいことだろう。
 明日ならばあゆみとの連絡もつくだろうと、明日改めて連絡すると返事を送った。
 梨華からはしばらくの後、了解の返事があった。



 あゆみと連絡が取れたのは、翌日の夕方だ。時間があるとき電話をくれと送ったのだが、何の音沙汰もなかったので、正直心配していた。
 朝一にメッセージを確認したものの、何かとバタバタしている間にバッテリがなくなってしまったらしい。
 昼には先々週出かけそびれた、花田と同じ学校の教員とランチの予定があり、楽しんでいるうちにすっかり夕方になってしまった、と言うあゆみの電話を、冬彦は借りている部屋で受けた。

『ごめんね』
「いや、別にいいけど……」
『で、話って何?』

 言うあゆみの声は、どこか緊張して感じた。冬彦は小さな戸惑いを感じつつ、言葉を選びながら口を開く。

「……写真以降、変なことはない?」
『うん、特には。小野田くんは?』
「俺もまあ……とりあえず」

 あるともないとも言わずに苦笑する。
 決意したように息を吸い込み、冬彦は切り出した。

「……あの女は、父のツテで見合いさせられて」
『うん』
「断ったのに、懲りずに俺とどうにかなろうとしてるらしくて」
『うん』
「あゆみのことも、巻き込んで……」

 ごめん、と謝る冬彦の声は萎んだ。あゆみはくすりと笑う。

『私のことはいいって言ったでしょ。小野田くんが、ちゃんとけりつけられるなら。待つ必要があるならいつまでも待つし、乗り込んでいく必要があるならいくらでも駆けつけるよ』

 その言葉に笑ったのは冬彦の方だった。思わず苦い笑みを浮かべながら、息を吐き出す。

「そんなオトコマエな台詞、そっちに言われちゃ形無しだよ」
『あ、ほんと? だって電話なんて言うから、もしかしたらやっぱりなかったことに、とかって言われちゃうかなと思ってたんだもん。私とのこと自体は、気が変わったりしてないってことでしょう?』

 通りで最初の声が変に明るかったはずだと冬彦はまた苦笑する。何を言われてもいいと覚悟を決めていたのだろう。

(敵わないな……)

 やれやれとため息をついて、噛み締めるように言った。

「俺はあゆみといたいと思ってるよ。思ってるから、解決しなきゃいけないことが、いくつかありそうで……」

 冬彦は言って、一度言葉を切る。
 唇を舌で潤してから、また切り出した。

「……その女と、もう一度会って来る」

 あゆみが黙る。

『……必要なの?』

 その声は心配そうだった。

「俺、一人のことなら……放っておくんだけど」

 まさか行為中のそれを録音されたなど、あゆみには言わない方がいいだろう。
 考えれば考えるほど、清純なあゆみを汚されたようで腹が立つ。
 が、あゆみと電話をしている今、腹を立てても仕方の無いことだった。冬彦は唾を飲み込み、気持ちを切り替えて穏やかに話しかける。

「とにかく、次でちゃんと、片をつけるから。心配かけてごめん。もうあゆみに変なことされないようにする。また連絡するよ。待ってて」

 あゆみは一瞬何か言いたそうにしたが、黙って飲み込んだようだった。

『……わかった。待ってる』

 冬彦はほっと息を吐き出す。
 安堵すると共に、じわりと心が温もった。

(あゆみと接していると、いつもこうだ)

 この心の温もりが、嬉しい。
 はー、と深く息を吐き出す冬彦に、電話の向こうのあゆみが困惑する。

『なに、どうかした?』
「いや、なんでもない……」

 冬彦は額を片手で覆い、目を閉じる。

「……はやく、あゆみに会いたいだけ」

 あゆみが息を飲んだのが分かった。

(きっと真っ赤になってるんだろうなぁ)

 想像して、冬彦は微笑む。
 愛撫にも、前戯にも、不慣れなあゆみ。
 一所懸命、冬彦に応えようとするあゆみ。
 健気に、明るく笑う、あゆみ。
 愛おしさが込み上げて、同時に腰回りが疼く。

「……会って、抱きしめたい」
『お、小野田くんてば……』
「うん。なんかもう俺、変態っぽいね。ごめん」

 あゆみは相当に照れているらしい。あーとか、うーとか、意味のない音を発して、しばらくした後、こほんと小さく咳ばらいした。

『……私も早く会いたいよ』

 あゆみのかすれた呟きに、冬彦は噴き出しそうになる。
 可笑しかったのではない。動揺したのだ。

「あー、そういうの、なし」
『な、なんでよ。自分はいろいろ、好きに言うくせに』
「だって……」

 冬彦は声をひそめた。

「そんなん聞いたら、今からでも部屋に押しかけたくなる」

 あゆみが何か言いたげに息を吸った気配がしたが、投げ気味な「おやすみ」の後であっさりと電話を切られた。
 冬彦は胸中に満ちたむずがゆさを楽しみながら、スマホを机に置いた。
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