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後日談① 冬彦とあゆみのその後の話
ファインダー越しの愛情(2)
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「恥ずかし……かった……」
トボトボと道を歩きながら、顔を上げようとしないあゆみに、冬彦は笑った。
「これでお互い様だろ」
「ううううう……」
「それにしても、お父さんのコレクションはさすがだったな」
「もぉそれ……言わないで……」
視線を上げたあゆみの目は浮かんだ涙で潤んでいる。心底恥ずかしかったのだろう。気持ちはわからなくもなかった。
まだ幼い頃の開けっ広げな笑顔。思春期の取り繕った笑顔。逆に不機嫌そうに睨みつける顔。ぼぅっと物思いにふける横顔、登校前に靴を履く後ろ姿。
「あそこまで撮られて写真が嫌いにならないのがすごいな」
「それは、冬彦くんの……」
あゆみがとっさに反論しかける。自分の名前に驚いた冬彦の顔を見て、あゆみがまた目をさ迷わせた。
「……冬彦くんの、あの写真が撮れたから……写真って素敵だなとは、思ってた。ずっと」
冬彦は数度、まばたきした。
あゆみが気まずげに目をそらす。
その手をそっと握ると、あゆみが冬彦を見上げた。
「……いい写真だったよ。お父さんのコレクション」
あゆみの写真だけではない。母の写真、動物や風景まで、いいと思ったときに無心でシャッターを切る人なのだろう。
仕事上聞き上手な冬彦に乗せられ、外が暗くなるまでご機嫌に話しつづけたあゆみの父に、一体何枚の写真を見せられたかわからない。
「結婚式のスライドには困らなそうだな」
あゆみがぱっと頬を染めた。冬彦は笑う。
写真はどれも、父親の愛情がこもっていた。
どういう想いであゆみの成長を見守っていたのか、言葉にせずともーーいや、言葉では言い表せないほど、直接的に、心に響いてきた。
冬彦は困惑したあゆみの顔を見下ろし、繋いだ手を指先でなぞる。
あゆみが恥ずかしそうに、冬彦を見上げた。
甘えているようにも見える上目遣いは無自覚だろう。冬彦は黙って微笑みを返し、前を向いた。
「夕飯、どうしようか」
写真を見ながら、すっかり冬彦に心を許した両親は、あゆみと冬彦の同棲を承諾した。
と言っても、半ば誘導してしまったらしい。冬彦自身は無意識だったのだが、家を出た途端笑い出したあゆみが冬彦の肩を叩きながらそう言ったのだ。
仕事上必要なスキルとはいえ、身内に使うのはあまりよろしくなかろう。今後気をつけようと自戒する冬彦にあゆみは気づいていないようだ。
あゆみが冬彦の両親を気にしていることもあので、実際に同棲する時期は分からないが、半同棲状態にはなるだろうとは、言葉にせずとも薄々察していた。
「今日は私が作るよ」
あゆみが片手に小さく拳を作って冬彦を見上げた。冬彦がきょとんとしてあゆみを見やる。
あゆみは本人なりに表情を引き締めているつもりらしい。
「私だってちゃんと料理できるって見せないと。冬彦くんにばっかりお願いしてたら、まるでできない子みたいだもん」
冬彦は思わず笑った。馬鹿にされたと思ったのか、あゆみが唇を尖らせる。
「できない子でもいいのに。その分、俺がしてあげるよ」
「そ、そんなの……」
「思ったんだ、今日。あゆみのご両親にお会いして」
あゆみがきょとんとして、冬彦を見上げた。
見上げてくる丸い目が、無言の内に説明を求めてくる。
「あゆみは、大事にされてきたんだなぁって」
冬彦は言いながら前を向いた。
写真を一つ一つ説明する両親の楽しげな顔。懐かしそうな目。温かな笑い声。
平穏な家庭、温かい家族とはこういうことかと、冬彦は初めて体感したのだ。
あゆみはその中で育ってきた。きっと冬彦が自分の家族を標準だと思っていたように、あゆみもそう思ってきたのだろう。
そんなあゆみと冬彦が、共に暮らし始めるのだとしたら。
「俺が、あゆみのご両親と同じくらい、あゆみのことを大事にしなくちゃいけないなって」
言いながら、さすがに照れた。
あゆみが丸い目で冬彦を見上げてくる。
冬彦は照れ隠しに笑って返した。
あゆみが照れたように、そして反応に困ったように、目を伏せる。
「……それは、冬彦くんだけの話じゃないでしょ」
冬彦は伏せられたあゆみの目を見つめる。
「二人が、互いを大事にしなくっちゃ、意味ないと思う」
あゆみがどこか自信なさげに目を上げた。
冬彦と目が合い、同時に笑う。
「……そうかもね」
「そうだよ」
「うん……」
黙ったまま、あゆみの家へと歩いていく。繋いだ手が二人の間で揺れた。二人はときどき相手へ目を向け、視線が交わったときには、どちらからともなく笑った。
見慣れた地元の道。
二人の間に流れるくすぐったい空気。
それらを感じながら、どこか中学の頃に戻ったような錯覚すら覚えていた。
『ファインダー越しの愛情』FIN.
トボトボと道を歩きながら、顔を上げようとしないあゆみに、冬彦は笑った。
「これでお互い様だろ」
「ううううう……」
「それにしても、お父さんのコレクションはさすがだったな」
「もぉそれ……言わないで……」
視線を上げたあゆみの目は浮かんだ涙で潤んでいる。心底恥ずかしかったのだろう。気持ちはわからなくもなかった。
まだ幼い頃の開けっ広げな笑顔。思春期の取り繕った笑顔。逆に不機嫌そうに睨みつける顔。ぼぅっと物思いにふける横顔、登校前に靴を履く後ろ姿。
「あそこまで撮られて写真が嫌いにならないのがすごいな」
「それは、冬彦くんの……」
あゆみがとっさに反論しかける。自分の名前に驚いた冬彦の顔を見て、あゆみがまた目をさ迷わせた。
「……冬彦くんの、あの写真が撮れたから……写真って素敵だなとは、思ってた。ずっと」
冬彦は数度、まばたきした。
あゆみが気まずげに目をそらす。
その手をそっと握ると、あゆみが冬彦を見上げた。
「……いい写真だったよ。お父さんのコレクション」
あゆみの写真だけではない。母の写真、動物や風景まで、いいと思ったときに無心でシャッターを切る人なのだろう。
仕事上聞き上手な冬彦に乗せられ、外が暗くなるまでご機嫌に話しつづけたあゆみの父に、一体何枚の写真を見せられたかわからない。
「結婚式のスライドには困らなそうだな」
あゆみがぱっと頬を染めた。冬彦は笑う。
写真はどれも、父親の愛情がこもっていた。
どういう想いであゆみの成長を見守っていたのか、言葉にせずともーーいや、言葉では言い表せないほど、直接的に、心に響いてきた。
冬彦は困惑したあゆみの顔を見下ろし、繋いだ手を指先でなぞる。
あゆみが恥ずかしそうに、冬彦を見上げた。
甘えているようにも見える上目遣いは無自覚だろう。冬彦は黙って微笑みを返し、前を向いた。
「夕飯、どうしようか」
写真を見ながら、すっかり冬彦に心を許した両親は、あゆみと冬彦の同棲を承諾した。
と言っても、半ば誘導してしまったらしい。冬彦自身は無意識だったのだが、家を出た途端笑い出したあゆみが冬彦の肩を叩きながらそう言ったのだ。
仕事上必要なスキルとはいえ、身内に使うのはあまりよろしくなかろう。今後気をつけようと自戒する冬彦にあゆみは気づいていないようだ。
あゆみが冬彦の両親を気にしていることもあので、実際に同棲する時期は分からないが、半同棲状態にはなるだろうとは、言葉にせずとも薄々察していた。
「今日は私が作るよ」
あゆみが片手に小さく拳を作って冬彦を見上げた。冬彦がきょとんとしてあゆみを見やる。
あゆみは本人なりに表情を引き締めているつもりらしい。
「私だってちゃんと料理できるって見せないと。冬彦くんにばっかりお願いしてたら、まるでできない子みたいだもん」
冬彦は思わず笑った。馬鹿にされたと思ったのか、あゆみが唇を尖らせる。
「できない子でもいいのに。その分、俺がしてあげるよ」
「そ、そんなの……」
「思ったんだ、今日。あゆみのご両親にお会いして」
あゆみがきょとんとして、冬彦を見上げた。
見上げてくる丸い目が、無言の内に説明を求めてくる。
「あゆみは、大事にされてきたんだなぁって」
冬彦は言いながら前を向いた。
写真を一つ一つ説明する両親の楽しげな顔。懐かしそうな目。温かな笑い声。
平穏な家庭、温かい家族とはこういうことかと、冬彦は初めて体感したのだ。
あゆみはその中で育ってきた。きっと冬彦が自分の家族を標準だと思っていたように、あゆみもそう思ってきたのだろう。
そんなあゆみと冬彦が、共に暮らし始めるのだとしたら。
「俺が、あゆみのご両親と同じくらい、あゆみのことを大事にしなくちゃいけないなって」
言いながら、さすがに照れた。
あゆみが丸い目で冬彦を見上げてくる。
冬彦は照れ隠しに笑って返した。
あゆみが照れたように、そして反応に困ったように、目を伏せる。
「……それは、冬彦くんだけの話じゃないでしょ」
冬彦は伏せられたあゆみの目を見つめる。
「二人が、互いを大事にしなくっちゃ、意味ないと思う」
あゆみがどこか自信なさげに目を上げた。
冬彦と目が合い、同時に笑う。
「……そうかもね」
「そうだよ」
「うん……」
黙ったまま、あゆみの家へと歩いていく。繋いだ手が二人の間で揺れた。二人はときどき相手へ目を向け、視線が交わったときには、どちらからともなく笑った。
見慣れた地元の道。
二人の間に流れるくすぐったい空気。
それらを感じながら、どこか中学の頃に戻ったような錯覚すら覚えていた。
『ファインダー越しの愛情』FIN.
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