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序章 - 廃墟のリキッド王国 -
9.
しおりを挟むしかし、香ばしい焼き立てを豪快にかぶりつくところまで進んだ彼女の妄想にて、炭火へ並べられているたくさんの黄金香魚へ塗りたくるのには足りないだろう。その上で、アユやイワナなどが加わるようなその状態に『それは、何食分なのですか?』という問い掛けが投げられないわけはないだろうけど。
そんな妄想を実現すべく一縷の望みに縋るようなクレアに、目の前の揺らめく空間に右手を突っ込んで『お~い、岩塩! 岩塩さんや~い!』と呼び掛けていたアキトが、ゴソゴソ探る動作を止めて晴れやかな顔で残酷な現実を告げる。
「うん、予備は無くなっているね!」
「そ、そんなぁ……」
「あぶなっ!」
幸せ一杯の酒宴が煙と消えて、ポロリと滑り落ちていく白銀桃をアキトが飛び込んでキャッチした。腰を下ろしていた彼の動きは、踏ん張る両足の力で急発進、低空を翔る蛙跳びのようであった。
「ふぃ~……。前回から潜ってからだいぶ空いていたし、明日から洞窟ダンジョンでソルトゴーレムを探して周回しないとね~」
「ぜひっ!」
どちらにせよ数日中には出ていた話だろう。けれど、叩き落とされてしまった分が上乗せされていそうな意気込みだ。
「……まぁ~?」
いつになく叫んだり落ち込んだり復活したりと情緒不安定なクレアを不思議そうに見上げながら、とことことサファが戻ってきた。
その右手には、いつの間に張り倒したのか、うり坊みたいな模様だけは可愛らしい全長一メートル超えのウリボアという猪突猛進の魔物が見える。意識を失った状態で喉元を握られ、背中側を地面にずりずりと引き摺られたような跡が残っていることが確認できる。
「サファ、何それ?」
「くまーくまー、くままぁ~……、くまっ! くまっ!」
サファの動き付き解説によると、回収前の浮かび上がったスライムグミをかっさらおうと走ってきたので、右拳で軽く鼻先を撫でながら身体を入れ替えてボディに左拳を突き刺してやったとのこと。ブロック肉がいくつか出るだろうから、止めを刺してほしいと頭を殴り気絶させて運んできたらしい。
「くまま~」
先制攻撃の全力突進を脅威と思わなかったから勘違いしたのだなと納得したアキトは、モフモフとモフモフが突き合い、殴り合う戦いを見逃していたことがちょっとだけ残念だった。それでも、ふふんと腰に左手を当て『上手に気絶させましたー!』と自慢気に差し出してくる様子は可愛らしくて良い。
ちなみに、アキトの示した『洞窟ダンジョン』とは、リキッド王国を壊滅に追い込んだ大氾濫を起こしたダンジョンのこと。そこの最下層にあたる三十六階層にのみ、岩塩がドロップアイテムとして手に入るソルトゴーレムが徘徊しているのだが、ゴブリンやグレイウルフに比べ絶望的な出現率の低さから、彼等の探索でも一キログラムの塊を二個ほど入手できたところで帰還となっていた。
ハニービークイーンの御一行が王都へ辿り着く前に近くを通過していたことから、レベルアップを図りやすい場所や魔物食材の種類が女神セレスラクスの予想を超えて早々と充実した。もっと狭い行動範囲から始まる当初の予定では、食材ダンジョンとも呼べる別の小規模ダンジョンで戦いの経験を積んで、ランガルス山脈の探索範囲が広がることで突入となるはずだった。そのための物資も諸々年単位で補填されていたのだが、有効活用されているので良いのだろう。
ちなみに因みに、王都と侯爵領を結ぶ街道の宿場町だったらしき場所に石壁で囲まれたダンジョンの入り口がある。アキトが『森林ダンジョン』と呼び分けるそこが、入り口を潜ると草原や森林の広がる空間に変わる食材調達を意識していたダンジョンだ。
冒険者として登録したばかりの駆け出しが挑戦するような十二階層ほどの小さな、小さなダンジョンではあるが、ドロップアイテムのお肉や卵が便利な真ん丸ボディで草原を駆け回るマルンコッコやマルンダックだったり、森林の小川を飛び跳ねている塩分補給の主役で汁物や焼き物に重宝するソルトサーモンだったり、サファのおやつへ大変身するスライムがわらわらと寄って来るから定期的に足を運んでいる。
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