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■4/むーこ先輩、参拝する。(中)
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電車に乗ること五分弱。僕らが乗った駅の二つ隣にあるホームで、僕らは下車した。ホームから見える景色は、同じ横浜市とは思えないほどノスタルジックな雰囲気に溢れている。
だけど、駅舎自体は改装を重ねているのだろう、まだ新しさを感じる。エスカレーターを降りれば改札前にはコンビニがあったりして、ホームで見た景色とちぐはぐな印象を受けた。
ICカードを改札にかざして、十方院さんに続く。
駅舎を出ると、細い道が伸びる商店街があった。
「こっちよ」
案内人の十方院さんに先導されるがまま、僕とむーこ先輩は歩いて行く。商店街を脇に抜けると、山間に沿って敷かれた道に出た。ぐねぐねとうねっていて先が見通せない。
まるで別の世界に迷い込んだようだ、と感心しながら十方院さんについていく。彼女のお寺は山頂にあるらしい。段の高さがばらばらで、なおかつ急勾配な階段を黙々と上がる。
そういえば、僕の地元と違って幽霊を見かけない。電車を降りてからここまで、むーこ先輩と般若さん以外まったくだ。やっぱり、お寺が近くにあると幽霊って少ないのかな。
「ここよ」
山頂まで登ると、大きく目立つ山門があった。「永願山 央泉寺」と毛筆風に彫られている。ここまで駅から大体一〇分ぐらいか。十方院さんは毎日ここを上り下りしているのかと思うと、なんとなく彼女のパワフルさに納得がいく。言ったら罵倒されそうなので黙っておこう。
山門をくぐると、立派な本堂が見えた。隣接するように、現代風の建築物がある。どうやらあそこが十方院さんの「家」らしい。彼女は真っ直ぐそこに向かって玄関の扉を開けた。
「上がって頂戴」
その声色は、いままで聞いた中で一番不機嫌そうだった。
●
「——それで。早速だけれど、本題に入って良いかしら」
「うん、お願いします」
向かい合うように設置されたソファに腰掛けた。応接間に通された僕の前に、十方院さんが麦茶の入った湯飲みを置いてくれる。
そういえば女の子の家に上がるのって初めてだな。場所が場所だしそんな気は全然なかったが、意識すると急に緊張してきた。
「聞いてるの、空見くん」
「……あ、ごめん。聞いてなかった」
「はぁ……」
どうやらいつの間にか話が始まっていたみたいだ。十方院さんの溜息が刺々しい。
いやほんと、申し訳ない。
「なら、もう一度訊くけれど。空見くん、キミにこの人は観えてるのよね?」
「その、袈裟を着た般若面の人のことだよね。うん、見えてる」
パラパラやブレイクダンスを踊っていた時と打って変わって、般若さんは随分と大人しい。いまは十方院さんの後ろで仁王立ちしている。
「わかった。キミは私のご先祖様が観えている。見間違いということもなさそうだわ」
そんな特徴的な幽霊を見間違うはずもない。っていうかご先祖様なんですか、その人。
「そう、この人は私のご先祖様。五〇〇年前のこの寺の住職よ。初代の」
「……はぁ、初代住職」
「なによ、ぱっとしないわね。驚くとかしないの」
「いまいち実感がないもので……ああ、だから身内の恥って言ったのか」
「…………まぁ、そういうことよ」
彼女は照れくさそうに顔を赤らめて、自分用の湯飲み(ピンクだ)に口を寄せる。ずずっと麦茶をすする音が聞こえた。別に、なにも恥ずかしがることないと思うけど。
それに彼女は「驚かないのか」と問うたけど、五〇〇年前の幽霊という情報そのものよりも、初代住職が般若面を被っていることのほうが衝撃的だ。
しかし他にも色々と気になることはあるものの、十方院さんのご先祖様という肩書きだけで、なんだか全てに納得が出来るのも凄いと思う。うん、充分驚いてる。
表情でそれを語ってしまったのかどうかは分からないけれど、十方院さんは僕の表情をみるなり「こほん」と可愛く咳払いして話を切り直した。
「それじゃあ次にもう一つ。キミ、もう一人連れてきたい幽霊がいると駅で言っていたけれど。その人はいま、ここにいるのかしら」
「?」
十方院さんも不思議なことを言う。むーこ先輩なら、さっきから物珍しそうに応接間のあちこちを見て回っているじゃないか。僕が先輩に視線を送ると、それに習って十方院さんも視線を泳がせた。
「え? 私?」
「あ、はい。丁度いまむーこ先輩の話をしていたところです」
「ほほう、なるほど!」
彼女は勢いよく頷くと、僕の隣へと腰掛ける。幽霊はソファに座ることができる、と。またひとつ新発見だ。
「…………なるほどね」
一方で十方院さんは、瞼を細めてじっと壁を見つめていた。正確には、さっきまでむーこ先輩がいた位置を、見続けていた。
「あの、十方院さん?」
「ごめんなさい、空見くん。むーこ先輩とやらは女性なの、男性なの」
「は……? い、いや見れば分かるでしょ。女の子だよ、普通の。定道高校のセーラー服を着ている」
「——どうやら、この場にその人がいるってことは間違いなさそうね。ごめんなさい、空見くん。やっぱり私にそのむーこ先輩とやらは観えないみたい」
なにを言っているんだ、彼女は。むーこ先輩が見えない? 僕がその理由を聞く前に、十方院さんはゆっくりと立ち上がって言葉を重ねてきた。
「最後に、もう一つ訊かせて。キミにはここからなにが観えるのかしら」
言うなり、彼女は僕の後ろにある大きな磨りガラスの窓を開け放った。新鮮な空気が応接間に吹き込んでくる。その風に思わず目を閉じてしまったけれど、次に見えてきた光景は、
「……うっ」
思わず吐き気を催す、地獄だった。
墓地。そこに、血に染まった半透明の幽霊が所狭しとひしめき合い、一様に苦しそうな表情でこちらを見つめていた。
口から、頭から、身体から。血。血。血。人によって箇所は違えど、大けがを負って血に溺れる人々。
ここに来るまでは随分と幽霊の少ない町だと思ったけれど、とんでもない。
町中に幽霊が少ないのは、きっとここら中の幽霊が集まっているからだ。直感で、そう理解する。ふと隣を見やると、むーこ先輩が両手で目を覆っていた。僕も、そのまま視線をむーこ先輩から動かせなくなる。
もう、窓の外に顔を向けられない。
だけど、駅舎自体は改装を重ねているのだろう、まだ新しさを感じる。エスカレーターを降りれば改札前にはコンビニがあったりして、ホームで見た景色とちぐはぐな印象を受けた。
ICカードを改札にかざして、十方院さんに続く。
駅舎を出ると、細い道が伸びる商店街があった。
「こっちよ」
案内人の十方院さんに先導されるがまま、僕とむーこ先輩は歩いて行く。商店街を脇に抜けると、山間に沿って敷かれた道に出た。ぐねぐねとうねっていて先が見通せない。
まるで別の世界に迷い込んだようだ、と感心しながら十方院さんについていく。彼女のお寺は山頂にあるらしい。段の高さがばらばらで、なおかつ急勾配な階段を黙々と上がる。
そういえば、僕の地元と違って幽霊を見かけない。電車を降りてからここまで、むーこ先輩と般若さん以外まったくだ。やっぱり、お寺が近くにあると幽霊って少ないのかな。
「ここよ」
山頂まで登ると、大きく目立つ山門があった。「永願山 央泉寺」と毛筆風に彫られている。ここまで駅から大体一〇分ぐらいか。十方院さんは毎日ここを上り下りしているのかと思うと、なんとなく彼女のパワフルさに納得がいく。言ったら罵倒されそうなので黙っておこう。
山門をくぐると、立派な本堂が見えた。隣接するように、現代風の建築物がある。どうやらあそこが十方院さんの「家」らしい。彼女は真っ直ぐそこに向かって玄関の扉を開けた。
「上がって頂戴」
その声色は、いままで聞いた中で一番不機嫌そうだった。
●
「——それで。早速だけれど、本題に入って良いかしら」
「うん、お願いします」
向かい合うように設置されたソファに腰掛けた。応接間に通された僕の前に、十方院さんが麦茶の入った湯飲みを置いてくれる。
そういえば女の子の家に上がるのって初めてだな。場所が場所だしそんな気は全然なかったが、意識すると急に緊張してきた。
「聞いてるの、空見くん」
「……あ、ごめん。聞いてなかった」
「はぁ……」
どうやらいつの間にか話が始まっていたみたいだ。十方院さんの溜息が刺々しい。
いやほんと、申し訳ない。
「なら、もう一度訊くけれど。空見くん、キミにこの人は観えてるのよね?」
「その、袈裟を着た般若面の人のことだよね。うん、見えてる」
パラパラやブレイクダンスを踊っていた時と打って変わって、般若さんは随分と大人しい。いまは十方院さんの後ろで仁王立ちしている。
「わかった。キミは私のご先祖様が観えている。見間違いということもなさそうだわ」
そんな特徴的な幽霊を見間違うはずもない。っていうかご先祖様なんですか、その人。
「そう、この人は私のご先祖様。五〇〇年前のこの寺の住職よ。初代の」
「……はぁ、初代住職」
「なによ、ぱっとしないわね。驚くとかしないの」
「いまいち実感がないもので……ああ、だから身内の恥って言ったのか」
「…………まぁ、そういうことよ」
彼女は照れくさそうに顔を赤らめて、自分用の湯飲み(ピンクだ)に口を寄せる。ずずっと麦茶をすする音が聞こえた。別に、なにも恥ずかしがることないと思うけど。
それに彼女は「驚かないのか」と問うたけど、五〇〇年前の幽霊という情報そのものよりも、初代住職が般若面を被っていることのほうが衝撃的だ。
しかし他にも色々と気になることはあるものの、十方院さんのご先祖様という肩書きだけで、なんだか全てに納得が出来るのも凄いと思う。うん、充分驚いてる。
表情でそれを語ってしまったのかどうかは分からないけれど、十方院さんは僕の表情をみるなり「こほん」と可愛く咳払いして話を切り直した。
「それじゃあ次にもう一つ。キミ、もう一人連れてきたい幽霊がいると駅で言っていたけれど。その人はいま、ここにいるのかしら」
「?」
十方院さんも不思議なことを言う。むーこ先輩なら、さっきから物珍しそうに応接間のあちこちを見て回っているじゃないか。僕が先輩に視線を送ると、それに習って十方院さんも視線を泳がせた。
「え? 私?」
「あ、はい。丁度いまむーこ先輩の話をしていたところです」
「ほほう、なるほど!」
彼女は勢いよく頷くと、僕の隣へと腰掛ける。幽霊はソファに座ることができる、と。またひとつ新発見だ。
「…………なるほどね」
一方で十方院さんは、瞼を細めてじっと壁を見つめていた。正確には、さっきまでむーこ先輩がいた位置を、見続けていた。
「あの、十方院さん?」
「ごめんなさい、空見くん。むーこ先輩とやらは女性なの、男性なの」
「は……? い、いや見れば分かるでしょ。女の子だよ、普通の。定道高校のセーラー服を着ている」
「——どうやら、この場にその人がいるってことは間違いなさそうね。ごめんなさい、空見くん。やっぱり私にそのむーこ先輩とやらは観えないみたい」
なにを言っているんだ、彼女は。むーこ先輩が見えない? 僕がその理由を聞く前に、十方院さんはゆっくりと立ち上がって言葉を重ねてきた。
「最後に、もう一つ訊かせて。キミにはここからなにが観えるのかしら」
言うなり、彼女は僕の後ろにある大きな磨りガラスの窓を開け放った。新鮮な空気が応接間に吹き込んでくる。その風に思わず目を閉じてしまったけれど、次に見えてきた光景は、
「……うっ」
思わず吐き気を催す、地獄だった。
墓地。そこに、血に染まった半透明の幽霊が所狭しとひしめき合い、一様に苦しそうな表情でこちらを見つめていた。
口から、頭から、身体から。血。血。血。人によって箇所は違えど、大けがを負って血に溺れる人々。
ここに来るまでは随分と幽霊の少ない町だと思ったけれど、とんでもない。
町中に幽霊が少ないのは、きっとここら中の幽霊が集まっているからだ。直感で、そう理解する。ふと隣を見やると、むーこ先輩が両手で目を覆っていた。僕も、そのまま視線をむーこ先輩から動かせなくなる。
もう、窓の外に顔を向けられない。
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※初出2024年7月
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