ゆめこさん、みえてる。

兎塚クニアキ

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■12/むーこ先輩、決断する。(上)

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 翌日。
 僕は無理を言って多忙を極める央泉寺に訪れた。今日の十方院さんは赤い作務衣を着ていて、いかにも作業着という感じだった。お盆の準備を中断させてしまったことを申し訳なく思いながら、応接間で昨日のことを説明した。

「バカ!」

 すると、それまで黙って聞いていた十方院さんが鬼のような形相で僕を叱る。

「だから言ったじゃないの、無闇に霊に干渉するなって! キミ、自分がどうなるところだったのか理解できてるの!?」
「……返す言葉もございません」

 実際、一日経ったあともなにがなんだったのかさっぱりだった。

「正直に言って、当事者の僕より十方院さんの方が理解出来るかと思って……」
「それでわざわざ来たのね……いいわ、それなら一から説明してあげる」

 こんなことなら、最初から教えておけばよかった。彼女はそんな風に指で眉間を押さえながら話し始めた。

「まず一つ。死者と生者は本来、互いに干渉できないように境界が引かれているの。絶対に関わるはずのない存在なのよ」
「え、でもそれじゃあ……」

 互いに干渉できないなら、僕がむーこ先輩を始めとする幽霊を見られることに説明がつかない。僕の考えていることを察したのか、十方院さんは軽く頷いて続けた。

「そうね。実際には幽霊達から生者への干渉が行われている。どうしてかしら?」

 わかるはずもない。

「それは死者と生者の境界を曖昧にする場所がいたるところにあるからよ。私達僧侶はそういう場所を指して『矛盾法則力場カルマ・ダルマ』と呼んでいるわ」
「かるま……だるま」

 一生懸命、彼女の話を理解しようと頭をフル回転させる。だけど、僕の脳内辞書にはカルマもダルマも登録されていない。英語じゃない……よなぁ。達磨さんならわかるけど。

「死者が生者に干渉できるのも、私やキミが幽霊を観ることができるのも、その矛盾法則力場の影響よ」
「なるほど」

 難しく考えるのはやめよう。つまり、そのカルマ・ダルマとやらがあるから僕らは互いに干渉を許されている。僕がいま理解できるのはそこまでだ。

「ねぇ空見くん、パワースポットって知ってるかしら」
「それなら、なんとなく」

 テレビで見た程度の知識だけど。

「行くだけで幸運になったりする奴だよね」
「世間じゃそんな風に言われてるわね、確かに」
「巷でパワースポットと呼ばれている場所のほとんどが矛盾法則力場なの」
「はぁ」

 それが今回の件とどう関係があるのか。パワースポットなんて特別な場所、僕は別に——特別な場所?

「あ、もしかして」
「その通り。空見くんが導善って幽霊に連れて行かれた場所も、矛盾法則力場と見てまず間違いないはず」
「で、でも。あんな恐ろしい場所がパワースポットって呼ばれてるなんてなんだかおかしくない? あそこに行ったって僕は到底幸運になれそうにないけど……」
「それはキミが普通じゃないからよ」
「は」

 いやいや。僕は普通ですけど。

「いやいや、空見くんは十分に特別と言って良いでしょう。だって、普通は幽霊なんか観られないんだから」
「……ああ」そういえばそうだ。もう幽霊のいる光景に慣れすぎてすっかり忘れていた。

「それと、誤解は訂正しておきたいから説明するけれど。矛盾法則力場はそもそも幸運をもたらすような場所じゃないわ」
「まぁ、眉唾だなぁとは常々思っていたけど。やっぱり出鱈目なんだ」
「ただの出鱈目ならそれでいいんだけどね。あながち『なんら効能がない』ということでもないのよ。あれは、そこにいるだけで人間の自意識を高める。幽霊、人間を問わずにね」
「自意識」

「病は気からなんていうけれど、なにも病に限ったことじゃないわ。社会はつきつめれば結局、個人の自意識で動かされている。成功した個人のね。そしてパワースポットは、訪れた人間の『成功しよう』という自意識——意志を高めて集中力を上げるの。だから運が回ってくるように感じる。効能の正体はこんなところね」
「……ふうん。まぁ、カルマ・ダルマだかパワースポットだかについての理解は出来たよ。でもそれじゃまだ足りない」

 僕の身に一体何が起きたのか。まだ分かっていない。

「焦らないの。空見くん、さっき私に説明してくれたでしょう。周りの音が希薄になったり、恐ろしいものが観えるようになった、って」

 確かに見た。それまでそこにいなかった人間が急に現れて、こっちに手を伸ばしているあの光景を。

「きっと、矛盾法則力場の影響が強く出たんだと思う。空見くんの集中力の他に、幽霊に干渉する力まで高めてしまったんじゃないかしら」
「え。待ってよ、それじゃあお堂の周りにいた怪我した人達は」
「幽霊よ。断言するわ」
「そんな……」
「だって、芙葉先輩ももう半透明じゃなくなっていたんでしょう。ご先祖様はどう? ハッキリ観えない?」
「え? うわっ」

 十方院さんが話題に出した瞬間だった。いままで姿を見せなかった般若面の初代住職が、バク転側転宙返りのパフォーマンスを決めながら応接間に登場した。運動神経良すぎるだろこの人。十方院さんは特につっこまない。

「……あ」

 そこで、十方院さんが言っていたことが真実だと分かった。確かに、彼女のご先祖様も半透明じゃなくなっている。そしてなにを思ったのか、彼は無言で僕の肩を叩いてきた。

「……本当だ。これじゃあ、生きてる人と区別がつかないよ」

 いまの光景を見ていた十方院さんが眼を丸くして僕をじっと見つめている。

「どう、したの?」
「……はあ……頭が痛くなってきた」
「なんで」
「いま、触られたでしょ。この人に」
「うん」
「それで頭が痛くならずにいられますか。空見くんはもうちょっと自分が置かれた状況をしっかり理解した方が良いわよ、本当に」

 彼女の言葉には棘があった。それ程までに深刻な状況だというのか。僕にはまだ理解出来ない。

「ハッキリと幽霊が観れるようになった? 挙げ句の果てに幽霊に触ることが出来るようになったって——ギリギリね、キミ」
「ぎ、ギリギリって、なにが——」

 十方院さんが大きく溜息を吐く。そしていつにもまして顔をしかめて、


「だって空見くん、このままじゃ幽霊になるもの」


「は」
 そんなことを、さらりと言ってのけるのだった。

「矛盾法則力場がキミに与えた影響は大きい。それは、生きている人間を——空見くんをそっくりそのまま幽霊にしてしまうほどの力だわ。奇跡と言っても良い」
「奇跡……」

 その言葉で、導善さんの言っていたことを思い出す。
 ——想いは時として人を奇跡に導く。

「幽霊をハッキリ観て触れるようになったのは、空見くんという存在がそれだけ幽霊に近付いている——曖昧になっているってことよ」

 これが、その奇跡だというのか。

「もう飛成霊園には近付かないことね。もちろん、他の矛盾法則力場にも」

 どうして、と聞く前に彼女は答えを口にする。

「今度こそ『連れて行かれる』わよ」
「……」
「あと、このまま幽霊になりたくなければ芙葉先輩にも会わない方が良い。キミに幽霊を観る力を与えたのは彼女よ。だから、あの人に会わなければその力もいつかなくなるはず」

 話はここまで。
 十方院さんはそのままお盆の準備に戻っていく。
 僕はお礼を言って、ぼんやりと考え事をしながら寺を出た。
 先輩にも会わない方が良い、か。


     ○


 そうは言うけれど。

「お待たせしました」

 もう、会ってるんだなぁ。
 山門を出たところで、むーこ先輩は待っていて。

「……どう、だった?」

 僕を見るなり、彼女はそわそわと落ち着かない様子で声をかけてきた。

「どうもなにも。このままじゃ僕は幽霊になるんですって」

 それを聞いた先輩は、ため息をついて目を伏せる。それからなにかを決心するように、小さく言葉を吐き出した。

「やっぱり……」
「やっぱりって、わかってたんですか」
「……うん」
「最初から?」

 その問いをむーこ先輩は否定する。

「最初は、こうなるんじゃないかって不安に思うくらいだったの。可能性としてはすごく低かった、から」
「えーっと、すみません。僕、バカなもんで……詳しく聞かせて貰えますか」
「……場所、変えても良いかな」
「ああ、そうですね。確かにここじゃ落ち着かないや」

 十方院さんに僕の姿を見られるとなにを言われたもんか分かったもんじゃないし。出来るなら二人っきりで話したいと思った。

「あ、でも。他の場所だと幽霊がいたりして面倒くさいですかね」
「——なら、私いい場所知ってるよ。あそこなら、二人で話せると思う」

 そうか。そりゃちょうどいいや。

「それじゃ、行きましょうか。デートの仕切り直しだ」
「え?」
「ほら、昨日はあんなことがあったし。二人っきりはデート、なんですよね」
「……そう、だね」

 釈然としない返事と一緒に、困ったような顔で先輩は微笑んだ。
 そういえば、先輩にどこかへ誘われるのは初めてだ。いつも僕がどこかに案内していたから、素直にそれが嬉しかった。
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