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第六話

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「おはよう、よく眠れた?」

 初めて眠るふかふかのベッドは落ち着かなくて眠れないと思っていたはずなのに、いつのまにかぐっすり眠ってしまったようだ。
 意識が覚醒するのと同時に身体を起こすと、隣のベッドで寝ていたはずのカインハイト王子に声をかけられた。

 カインハイト王子の部屋は一人部屋だったのだが、傷の手当が終わると彼はわざわざ金を払って二人部屋へ移動したのだ。
 そんなの申し訳なくって「僕は長椅子で寝る」と申し出たのだが、「子供をソファーに寝かせて自分はベッドで安眠なんてできないから」と断られた。

 なんとなく、母との日々を思い出した。

『ルインがお腹いっぱいじゃないと母さんもお腹いっぱいの気分になれないのよ』

 と言って、母はどんなに実入りが少ない日でも僕にパンを食べさせてくれた。

 だから、きっと僕はこの優しい王子に甘えてもいいのだろう。
 僕のことを大事にしてくれているのだと感じた。

「……」

 それでもこれからのことを思うと不安でいっぱいだった。
 明るい未来を想像できないのは今まで酷い目にばっかり遭ってきたからというのもあるが、何より……あの黒い靄のことがある。
 この優しい人ですら、僕の身体から変な黒い靄が出てきて人に実害を及ぼすのだと知ったら不気味に思うのではないだろうか。

「ほら、女将さんにパンをもらってきたんだ。朝ごはんを食べよう」
「朝ごはん?」

 朝食を食べるなんて贅沢、母と暮らしていた時だってしたことない。

「怪我を治すにはちゃんと栄養を摂らないとね」

 茶目っ気たっぷりのウィンクは彼のお決まりの仕草なのだろうか。
 流されて朝食を食べることになってしまった。

 二人で半分に分けたバゲットを小さくちぎり、塩気のきいたスープに浸して食べる。
 スープはまだ温かかった。日はもう高くて朝食の時間ではないから、きっと宿の人にわざわざ温め直してもらったのだろう。追加料金を支払ったのだろうか。
 色々なことを考えて申し訳なくなってしまう。

「実を言うとね、オレは昨日偶然君と出会ったワケじゃなくて、君のことを探してたんだ」
「へ?」

 僕がくよくよと考えているのを知ってか知らずか、彼はおもむろに切り出した。

「君、オレの芸を見てただろ?」

 昨日の夕方のことを言い当てられ、思わず恥ずかしくなってしまう。

「その時にオレもこの魔眼で君の姿がチラリと見えたんだ」

 彼は己の片目を覆う眼帯を指し示した。

「驚いたよ。平民にはあり得ないほどの魔力量だったからね」
「……?」

 何のことを言われているのやら分からない。

「あーそうか、ええとどこから説明したらいいかな……」

 どうやら僕は普通の人が知っているべき多くのことを知らないらしい。
 悲しい気持ちになった。

「あああそんな顔をしなくても大丈夫だよルインくん、いろいろなことをゆっくり覚えていこう」

 彼は慌ててフォローする。

「そうだね……まず、ルインくんは一歳になったら受ける洗礼を受けただろう? 古代語の名前が付いているし、そうだよね」
「洗礼?」

 聞いたことがあるような気がするが、ピンと来ない。
 一歳の時の記憶なんてないし。

「この国の人は一歳になったら神殿で洗礼してもらえて、そこで神官に古代語の名前を与えられるんだよ。ルイン君の名前は古代語で『月光』っていう意味だよ。きっと神官が君の綺麗な瞳の色を見てその名前にしたんじゃないかな」
「月光……」

 自分の名前にそんな意味が込められていたなんて知らなかった。

「それでね、その時洗礼を受けた子供は魔力を測られるんだ。その結果魔力がたくさんあると判断された子供は専用の孤児院に入れられるんだ。魔術学校にも通えて、卒業後は魔術師として働ける」

「家族から引き離されちゃうの? どうして?」

「親御さんと離れ離れになっちゃうのは悲しいけれど、平民の親御さんには魔力をコントロールする方法とか教えてあげられないだろう? そういう風に魔力を持っているのに放置された子は魔力のコントロールができなくて危険なんだ」

「コントロールできなくて危険……」

 すぐに自分の身体から出てきた黒い靄のことを連想した。
 そうか、あれは魔法だったんだ。だから危険なんだ。

「だから、本当ならルインくらいの魔力を持っていたら洗礼の時に引き取られてるはずなんだよ。だからびっくりしたんだ」

 彼の言葉にこくりと頷く。
 洗礼の時に見つからなかったのが良いことなのか悪いことなのか分からない。
 もしもその魔力を持っている子用の孤児院に引き取られていれば、伯母夫婦の元で虐められることはなかっただろう。
 だが母との想い出の日々もなくなることになる。

「あの……」

 僕は彼に自分から話してみようと思った。
 あの黒い靄のことを。

「僕、ときどき身体の中から黒いものが出てくるの。その黒いやつで人が吹き飛ぶの。これって魔法なの?」

 僕の言葉を聞いて彼が目を丸くする。

「黒いもの? どれ、オレの眼で見てみようか」

 眼帯を上に押し上げ、真紅の瞳を露わにする――――。
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