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第二十一話
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次の日、エルネスト先生は本当に僕の家まで来た。
「ルイン、本当に大丈夫か?」
お父さんが窓の外に見える先生の馬車を見下ろしながら、心配そうに僕に声をかけた。
「うん、約束しちゃったから」
「エルネスト先生は優しい人だとオレも信じているけれど……嫌なら嫌とはっきり言うんだよ」
お父さんが本気で心配してくれているのが嬉しかった。
お父さんが自分の魔術の師匠に味方して「君は聖女の生まれ変わりに間違いないからエルネスト先生と仲良くするんだよ!」とか強制してくるような人でなくて本当に良かったと思う。
僕は寝ぐせが付いていないか今一度鏡の前でチェックすると、玄関のドアを開けて外へと飛び出した。
「やあ、それが君の私服姿か。青が好きなのかな」
馬車の前でエルネスト先生が待っていた。
お父さんに初めて買ってもらった服はとっくのとうにサイズが合わなくなっていたけれど、蒼いサッシュだけは使い続けていたのだった。
そういえば彼と初めて会った時もこのサッシュを巻いていた気がする。
一方エルネスト先生の方は、初めて会った時の古めかしいローブ姿とは全然違う姿をしていた。
彼は当世風の格好をしていた。
秋口に相応しい紅葉を思わせる明るい茶色のコートを羽織り、ネクタイという最近流行り出した襟締めを巻いている。頭にはシルクハットだ。
彼に比べれば僕の服装の方が古めかしく思えるくらいだ。
どう見ても学生の相談に乗る教師の格好ではない。
想い人との逢引きに出掛ける紳士のお洒落姿であった。
(本気だ……)
もともと僕と出かけるつもりであらかじめコートとシルクハットを仕立ててもらっている彼の姿が思い浮かんだ。
お父さん、エルフの賢者様は意外に気障な伊達男です。
「どうぞ」
馬車のドアを開けてもらったので、中に乗り込んだ。
王都を駆ける馬車が辿り着いた先は、一件の店だった。
「ここは……?」
店の中だけでなく店先にまでティーテーブルと椅子が並び、人々が何かの飲み物を飲みながら談笑している。
「カフェだよ。つい最近増えてきたタイプの店でね。美味い珈琲が飲めるんだ」
「はあ、そうなんですか」
エルフにとっての『つい最近』とはどのくらいの期間のことを指すのだろう、と思いながら相槌を打つ。
「貴族はほとんど紅茶派だろう? 実を言うと私は珈琲の方が好きでね。カフェの存在を知ってからしばしば通ってるのだよ」
こんな風に庶民が飲食を楽しむ店があるなんて僕は知らなかった。
もしかしたら彼の方が流行り物について僕より知っているのではないだろうか、と少し恥ずかしくなる。
「それに、私と二人きりになるよりも人目があるところの方が君も安心できるだろう?」
彼がテラス席の椅子を引いて座るように促したので、そこに腰掛ける。彼はその向かいに座った。
僕の心情も考慮してくれていたらしいと知って少し安心する。
従業員がやってきて、注文を訪ねてくる。
試しに彼と同じコーヒーを注文してみることにした。
コーヒーを飲んだことはないから、試してみたくなったのだ。コーヒーの種類がよく分からないので、彼と同じものにしただけだ。
決して彼と同じ飲み物を飲むことが重要だったわけではない。
「……」
コーヒーが運ばれてくると、カップを手に取った彼はまずコーヒーの香りを堪能し、リラックスした表情を浮かべた。
僕も真似してコーヒーの匂いを嗅いでみる。いい匂いかどうかは分からなかったが、脳髄まで届くような印象深い香りだとは思った。
それからカップを傾けた彼のように、僕もコーヒーを口にしてみる。
「う……っ!」
途端に広がった濃い苦味に顔を顰めた。
そんな僕の様子に、彼が微笑ましげに目を細める。
「いいことを教えてあげよう、ミルクと砂糖は紅茶だけでなく珈琲にも合うのだよ」
伊達男の助言通り、従業員に頼んでミルクと砂糖を持ってきてもらうことにしたのだった。
甘くなったコーヒーを飲み、美味しさをやっと理解することができた。
「ルイン、本当に大丈夫か?」
お父さんが窓の外に見える先生の馬車を見下ろしながら、心配そうに僕に声をかけた。
「うん、約束しちゃったから」
「エルネスト先生は優しい人だとオレも信じているけれど……嫌なら嫌とはっきり言うんだよ」
お父さんが本気で心配してくれているのが嬉しかった。
お父さんが自分の魔術の師匠に味方して「君は聖女の生まれ変わりに間違いないからエルネスト先生と仲良くするんだよ!」とか強制してくるような人でなくて本当に良かったと思う。
僕は寝ぐせが付いていないか今一度鏡の前でチェックすると、玄関のドアを開けて外へと飛び出した。
「やあ、それが君の私服姿か。青が好きなのかな」
馬車の前でエルネスト先生が待っていた。
お父さんに初めて買ってもらった服はとっくのとうにサイズが合わなくなっていたけれど、蒼いサッシュだけは使い続けていたのだった。
そういえば彼と初めて会った時もこのサッシュを巻いていた気がする。
一方エルネスト先生の方は、初めて会った時の古めかしいローブ姿とは全然違う姿をしていた。
彼は当世風の格好をしていた。
秋口に相応しい紅葉を思わせる明るい茶色のコートを羽織り、ネクタイという最近流行り出した襟締めを巻いている。頭にはシルクハットだ。
彼に比べれば僕の服装の方が古めかしく思えるくらいだ。
どう見ても学生の相談に乗る教師の格好ではない。
想い人との逢引きに出掛ける紳士のお洒落姿であった。
(本気だ……)
もともと僕と出かけるつもりであらかじめコートとシルクハットを仕立ててもらっている彼の姿が思い浮かんだ。
お父さん、エルフの賢者様は意外に気障な伊達男です。
「どうぞ」
馬車のドアを開けてもらったので、中に乗り込んだ。
王都を駆ける馬車が辿り着いた先は、一件の店だった。
「ここは……?」
店の中だけでなく店先にまでティーテーブルと椅子が並び、人々が何かの飲み物を飲みながら談笑している。
「カフェだよ。つい最近増えてきたタイプの店でね。美味い珈琲が飲めるんだ」
「はあ、そうなんですか」
エルフにとっての『つい最近』とはどのくらいの期間のことを指すのだろう、と思いながら相槌を打つ。
「貴族はほとんど紅茶派だろう? 実を言うと私は珈琲の方が好きでね。カフェの存在を知ってからしばしば通ってるのだよ」
こんな風に庶民が飲食を楽しむ店があるなんて僕は知らなかった。
もしかしたら彼の方が流行り物について僕より知っているのではないだろうか、と少し恥ずかしくなる。
「それに、私と二人きりになるよりも人目があるところの方が君も安心できるだろう?」
彼がテラス席の椅子を引いて座るように促したので、そこに腰掛ける。彼はその向かいに座った。
僕の心情も考慮してくれていたらしいと知って少し安心する。
従業員がやってきて、注文を訪ねてくる。
試しに彼と同じコーヒーを注文してみることにした。
コーヒーを飲んだことはないから、試してみたくなったのだ。コーヒーの種類がよく分からないので、彼と同じものにしただけだ。
決して彼と同じ飲み物を飲むことが重要だったわけではない。
「……」
コーヒーが運ばれてくると、カップを手に取った彼はまずコーヒーの香りを堪能し、リラックスした表情を浮かべた。
僕も真似してコーヒーの匂いを嗅いでみる。いい匂いかどうかは分からなかったが、脳髄まで届くような印象深い香りだとは思った。
それからカップを傾けた彼のように、僕もコーヒーを口にしてみる。
「う……っ!」
途端に広がった濃い苦味に顔を顰めた。
そんな僕の様子に、彼が微笑ましげに目を細める。
「いいことを教えてあげよう、ミルクと砂糖は紅茶だけでなく珈琲にも合うのだよ」
伊達男の助言通り、従業員に頼んでミルクと砂糖を持ってきてもらうことにしたのだった。
甘くなったコーヒーを飲み、美味しさをやっと理解することができた。
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