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小話 アンドレとザックの恋模様 後編

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 仕事が終わったらすぐにザックの部屋を訪ねて彼に謝りに行こう。そう考えながら俺は護衛仕事を続けていた。
 その時だった。

「ロベール様、大変です!」

 ロベール様の右腕であるウジェーヌさんが青褪めた顔で執務室に飛び込んできた。

「どうした?」
「一時間ほど前にザックを隣村まで買い付けに行かせたのですが、彼の乗った馬だけが戻ってきたのです!」
「な……ッ!?」

 それを聞いた俺の脳裏に閃いた光景は、初めて彼と出会った時に彼がごろつきに絡まれていた様子だった。
 またぞろ何かトラブルに巻き込まれているのかもしれない。

「ロベール様、俺に行かせて下さい!」

 すぐさま申し出た。

「そうだな、アンドレが適任だろう。今すぐ馬を駆ってザックを探しに行くように」

 ロベール様は頷いてくれた。
 俺はすぐさま執務室を後にして馬小屋に向かった。

 城には三頭の馬がいる。
 栗毛のフィガロと青鹿毛あおかげのセビリア、そして芦毛あしげのボーマルシェだ。
 この村で雇った平民の馬番がちょうど錯乱した様子のフィガロを宥めているところだった。
 ザックは比較的小柄なフィガロを選んで乗っていったのだろう。そして何かがあってフィガロだけが戻ってきた……。

「ボーマルシェ、俺をザックの元に連れて行ってくれ!」

 俺は芦毛のボーマルシェに鞍を着けると、ひらりと跨った。



 隣村までの道は整備され、今では隣村まで馬を駆れば一時間もかからなくなっている。馬に無理をさせて全速力を出させれば時間はもっと縮まる。

「ハッ!」

 俺はボーマルシェの腹を蹴って隣村へと疾駆していた。

「ヒヒーンッ!」

 突然、ボーマルシェがいななきを上げて道の途中で急停止してしまった。

「どうしたボーマルシェ、ほら!」

 促してもボーマルシェは進もうとしない。
 彼の視線は怯えたように茂みの奥に向けられている。
 道を外れて茂みの奥へと誰かが立ち入ったかのように荒々しく草が踏み倒されている。

「……?」

 嫌な予感がした。
 ボーマルシェの背を下り、剣の柄に手をかけながら恐る恐る茂みの奥へと向かった。

「グゥゥウウウウッ!!」

 そこには恐ろしい光景が広がっていた。
 毛むくじゃらの獣が苛立たしげに黒い衣服をズタボロに引き裂いていた。
 その衣服には見覚えがあった――――。

「ザック……ッ!!」

 俺は無我夢中で獣に斬りかかった。
 ただの森の獣ではない。恐らくはダンジョンから出てきた魔物だ。
 俺に勝てる相手かどうかは分からない。でも、そんなことなどどうでも良かった。

 ────死闘の末、ボロボロになりながら俺は魔物を倒した。

「ザック……」

 俺はよろよろと引き裂かれた黒い衣服の元へと歩み、その場に頽れながら布の切れはしを手に取った。

「うあっ!」
「!?」

 ズザザ、と何かが落ちてきた音がした。
 素早く音のした方を向くと、上着を着ていないザックが地面に背中を打ち付けたかのように呻いているところだった。彼は木の上に登って魔物の攻撃から逃れていたのだ。

「ザック!」

 俺は彼に駆け寄る。

「あてて……。あ、アンドレ、アンドレは大丈夫ですか!?」

 今まさに木から落ちてきたのは彼の方なのに、何故か彼の方が俺を心配する。

「それよりザックは、怪我は?」

 俺は彼を助け起こしながら、彼の身体に怪我がないかどうか確かめた。

「平気です。あなたの方がよほど重傷ですよ……!」
「大丈夫だ、こんなの教会の神父に診せればすぐに治る」

 彼はぺたぺたと俺の腕や胸に触れて怪我を確認する。
 近すぎる距離にドキリとする。

「あっ」

 一拍遅れて彼も密着してしまっている状況に気が付いたように頬を赤らめる。

「その……」

 彼が身を引いて離れようとする。
 その彼の腕を思わず掴んでしまった。

「え……っ」

 彼が俺の目を見つめる。
 せっかくのモノクルもどこかに落としてしまったのか、今の彼は裸眼だった。
 透き通ったような彼の瞳と目が合う。

「ザック。あれから俺は自分の気持ちに向き合ってみた。そして気が付いたんだ。俺は君のことが好きだと」
「アンドレ……」

 自分は夢でも見ているんだろうか、と疑っているような呆けた表情を彼は浮かべていた。

 俺は彼の腰に手を回し、そっと抱き寄せる。
 そして彼の唇に優しく、触れるだけのキスをする。

「……っ」

 口を離すと、彼は目を真ん丸に見開いて耳まで真っ赤になっていた。どうやら夢ではないと分かったようだった。

「好きだ」

 重ねてもう一度口にする。

「……僕もです」

 今度は彼の方から口を寄せるようにして、再び唇を重ねたのだった。
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