かご喰らいの龍

刀根光太郎

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第七章 醜いお姫様

第5話 釣れたみたい

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【とある川】

 ティナはボロボロであった。疲れ果て、倒れたくてもそれは許されず、彼女は走り続けた。

 最早、リベムール王国だけではなく、マハト王国やスリロスまで動いていた。さらに化け蜘蛛には賞金もかけられていた。彼女は追われて、追われて、ひたすらに逃げまくっていた。

 何とか逃げ切った彼女は、水だけではもう無理だと感じた。空腹で体も限界。視界がぼやける。川に口を付けると、彼女は足を滑らせてしまう。踏ん張る気力もなく、ただただ川に流される。

(ああ……もうおしまいです……これでやっと楽に……今分かった。きっとこれが私の幸福だったのでしょう)

 彼女の意識は遠のいた。深く冷たい水底に沈んで行った。この時、ティナは少しだけ笑っていた。表情に乏しい蜘蛛の姿では、それすらも分からないだろう。


…………。


「はい来たぁぁああ!」

 そこで、川で釣りをしていたルーベンが何かを釣り上げた。

「一本釣りとはごり押したな」

 そして魚は地面にボトリと置かれた。それは何と黒い蜘蛛で、裏返って倒れていた。

「?」「?」

「……」

 少し沈黙した後でルーベンが言う。

「ルディ、お前の魚。三匹で合計の長さは、これくらいだろ? 俺の釣った蜘蛛魚くもざかなの勝ちだな」

 ルーベンは三匹の45センチと蜘蛛の50センチを両手で表現した。

「ああ? 頭沸あたまわいてるのか? これは魚じゃない」

「ぁあ? 蜘蛛魚くもざかなを知らねーのかよ。何が釣りに詳しい男だ。聞いてあきれるぜ」

「そんな魚はいない。というかおぼれていたんじゃないか?」

「魚が溺れるかよ」

 ルーベンがそう言い張りながらも、お腹を軽く押すと口から水がピューっと出て来た。

(うっ……ここは……)

「他に言いたい事はあるか?」

「……」

「それに、それを魚と言い張るなら、責任をもって食べろよ」

(たべっ! 私を食べるつもりなの!?)

 その時、意識の戻った蜘蛛が足をパタパタと動かす。そして、上手くひっくり返るとテクテクと必死に歩き、遠くの草が生い茂る場所に隠れた。正確にはそこで倒れた。

(ああ、駄目。もう動けない……)

「あれは食えない系の魚だ。まあ、研究者にでも提出したら証明出来たが、逃げたなら仕方ない」

りくを歩いていたが?」

成魚せいぎょになると陸を歩き出す……」

「なら俺が捕まえよう」

「やめろ馬鹿魔力ばかまりょく……死んだら研究出来ないだろうが。俺が行こう」

「良いだろう……」

(研究……今よりももっとひどい目に。この世界は何て残酷なのでしょう)


 ルーベンが近づく。とりあえず彼は葉っぱを口に持って行くが食べない。

(ぅぷっ。やめてください! それは食べられませんっ)

「ほう。蜘蛛魚に詳しいようだな」

「うるせー、珍しいから何喰うか忘れたんだよ」

 次は昆虫を捕まえて口に詰め込むが、吐き出した。

(ぺっぺっ! 殺されます! 変な物を食べさせられて殺されます!)

「……ほぉ」「うるせー」


 魚は先ほど焼いて食べたので無い。ルーベンは懐から袋に入ったクッキーを取り出した。おやつだ。それを差し出すとパクパクと食べ始めた。

(あっ……美味しい。もしよろしければ、もっとくれませんか?)

「あー思い出した。これだったわー」

「嘘をつけ。今やけくそだったろ?」

「いたい。噛まれた~。治さないと」

 ルーベンがもう一個のクッキーを与えながらも、こっそりと回復の魔具で傷や体力の回復を図るが苦しみ始めた。

「……? 苦しんでるのか?」

(苦しい……やめてくださ……あれ?)

 彼はそれを止めて、魔素回復の魔具を蜘蛛に使った。魔素を回復させ、自然の回復を高めた方が良いと判断した。そして、僅かに、とても小さく声を出す。それは何かに願うように。口に出した。

「早く逃げろ。証拠は隠滅しなければならないんだ」

(証拠とは何の事でしょうか? というより、この方々からは感じません。あの恐ろしい殺意が。いえ、むしろ……愛情? まるで……馬にでも接するかのように。不思議な人達ですね)

「もう面倒だな。分かった認めよう。それは蜘蛛魚だ。お前の敗北はいぼくでも何でも構わない」

「さり気なく勝利しようとすんな。普通に認めろよ」

「だから蜘蛛だろ。どうでもいいが、もうそろそろ帰るぞ。俺の圧勝で満足した」

「だな。俺の勝利の記録はアジトに戻ったら紙に残しとく」

「捏造はやめろ」

(クッキーありがとうございます。美味しかったです)
 
 蜘蛛はまだ弱っている様に見えたが、ぴょんぴょんと跳んでいた。彼等が歩き始める。

(あ……私はまた一人になるのですね……)

 それは無意識だった。彷徨さまよった数週間を思い出すと、体が勝手に動いて、彼等の後を付けていた。

「お、蜘蛛が付いて来る」
「やっぱり、蜘蛛じゃないか」

「ちぇっ。もういいんじゃなかったのか?」

「お前の負けでな」

(化け蜘蛛になって会話するべきなのでしょうか? いえ! それは危険すぎます。今は彼等の家の屋根にでも隠れて回復し、体力を戻さないと)

「こいつ、このままだとアジトまで来るぞ」

「ふむ、魔素量は多いな……だが、敵意はまるで無い」

「珍しいよな。ん~。ちょっと意地悪してみるか?」

「何だ?」

「お前、右行けよ。俺は左に行く」

「なるほど……」

 彼等は二手に別れた。

(え、え、え! どうすれば! どっちを追えば! あ、ぁ……どうすればいいの!)

 蜘蛛が二人のあいだでウロチョロしていた。右に行ったり左に行ったりで、どちらを追うか決められないようだ。

「俺は白だと思うな」

「今のところな。賢いようだが、優柔不断。刺客しかくにしてはお粗末そまつだな」

「まっ、敵になるなら容赦はしない」

「何時も通りだ」

 また二人で歩き出すと、テクテクと歩き出し、嬉しそうについて来る。都市が見えて来た。彼等は門を避けて壁に沿って歩く。ある所で止まると、見張りの隙を見つけ、都市の外壁を一瞬で登る。

(あ、あ、あ、あ! 待って! 置いて行かないで!)

 蜘蛛は壁に貼り付いて普通によじ登る。蜘蛛サイズの死角がある場所で、安全に登れた。

(もしかして、彼等が選んでくれた? いえ、そんな事があるはずは)

 中に入ると彼等は待っていたくれた。するとティナは急いで近づく。彼等は人通りの少ない道を通り始めた。外で追っていた時よりも距離を詰める。

「人を襲う気配がないな」

「お前はよく、ああいうのに好かれるな」

「はぁ? さっき、どっちを追いかけるか迷ってただろうが。同罪だ」

 彼等が建物に入って行くと、階段を登る。そして、部屋の前に着くと魔導師は先に部屋に入って行った。

(ぅぅ……流石にそこに行ったら殺されるのでしょうか)

 ルーベンがドアを開けて待っていた。特に怖くは感じ無い。招き入れている感じさえした。彼女はそれでも怖かったが、勘に従う事にした。

 早足はやあしでドアの前まで来ると、一気に加速して部屋に入った。そして、部屋の隅に移動する。凄まじい警戒心だ。するとルーベンが皿一杯のクッキーを目の前に置いてくれた。

 ぴょんぴょんと跳ぶと、蜘蛛はそれをモグモグと食べ始めた。

「適当に肉類も置いとくか。何食べるか分かんないし」

(お肉! 食べたいです! お腹すきました! あっ……)

 しかし、幾ら待っても、置いた生肉を食べる気配は無かった。

「人が調理したものを食うなら、肉も調理したら喰うかもな」

(はい、そうです! ありがとうございます! ありがとうございます!)

 そこで、蜘蛛はぴょんぴょんと跳んだ。

「……こいつ、賢過かしこすぎるぞ」

「ああ……」

 二人は気が付いた。この蜘蛛は人語を理解していると。とりあえず調理した肉を与えると、嬉しそうに食べ始めた。

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