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第一章 スティアと日記帳

二話

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『太陽暦213年 5月15日 晴れ
本日は、お父さまとレオお兄さまが御屋敷に御帰宅されました。レオお兄さまが私にこの素敵なノートを買ってきて下さったので本日から日記をつけてみたいと思います。
本日、レオお兄さまが御帰宅されるとは知らなかったのでお出迎えが出来ず残念でしたが、レオお兄さまはお疲れの中一番に私に会いに来て下さりとても嬉しかったです。
お義母さまとミラにドレスを取られてしまったことをお話しすると、レオお兄さまはいつもの様に私を抱き締めて下さいました。
レオお兄さまがいて下さるから私は辛い生活も乗り越えられるのです。
だからこそ、レオお兄さまにご心配をおかけしない様に私も強くならなくては。』

1ページ目は、今日からちょうど1週間後の日付だった。
ページいっぱいに書かれた拙い文字は強い決意を持っていた。

『太陽暦214年 4月4日 晴れ
本日は、エレノア学院へ御入学されるレオお兄さまを送り出させて頂きました。
エレノア学院の制服を着られたレオお兄さまはとても素敵でした。
今までよりもレオお兄さまとお会い出来なくなるのは寂しいですが、私ももう14歳。
来年度の入学に向けてやらなくてはならないことが沢山あります。素敵なレディになれる様に努力をしなければ。』

『太陽暦215年 4月4日 曇りのち晴れ
本日は私のエレノア学院の入学式でした。
あの御屋敷を出て新生活を送れると思うと、とても嬉しい気持ちです。
お義母さまとミラのお陰で社交界デビューもしていない私はどうやら美しい妹と後妻に嫉妬して虐める醜い姉ということになっているようです。
ここでも、またひとりぼっちになってしまいました。
私はどうしたら良いのですか?』

エレノア学院入学してもスティアはひとりぼっちだった。
周りの御令嬢に話しかけても誰一人としてスティアのことを相手にはしてくれなかった。

『太陽暦215年 5月26日 曇りのち雨
運命的な出会いをしてしまいました。
突然の雨に寮までの帰り道をどうしようかと思案していましたらマセラート王国のアリーヤ王子が私を傘に入れて下さいました。
お話には聞いていましたけど、とても素敵なお方でした。
夢のような時間でした。
ここだけの話ですが、私はアリーヤ王子に恋をしてしまったようです。
私の様なものがアリーヤ王子に恋などとんでもないことです。
お側にいたいなどとは申しません。
離れた場所からでも御姿を拝見できれば、それで十分です。
どうか、アリーヤ王子が御幸せになられます様に願っております。』

それは、純粋な恋心だった。
アリーヤ王子を思うスティアはとても幸せそうだった。
レオお兄さまのことや暗い話題ばかりだったスティアの日記帳は、アリーヤ王子とお話できたことやスポーツをされるアリーヤ王子が素敵だったことなど、アリーヤ王子に関する楽しい話でいっぱいだった。

『太陽暦215年 4月4日 晴れ
本日は、新入生の入学式でした。
妹のミラが入学しました。
私も遂に上級生です。下級生の皆さまのお手本となれる様に努力を続けていきたいです。』

『太陽暦215年 6月10日 曇り時々晴れ
最近、自由に振る舞うミラに対し淑女らしく過ごして頂こうと注意をして参りましたがそれが皆さまに間違って伝わってしまっているようです。
嫉妬に狂って妹を虐める醜い姉だと言う噂が流れています。
それでも、姉としてミラを一人前の淑女にしなければなりません。』

『太陽暦215年9月18日
本日は、文化発表会でした。
私は、得意のヴァイオリンを披露させて頂きました。
淑女としての振る舞いを欠いたミラを注意し、口論になっているところをアリーヤ王子とレオお兄さまにみられてしまいました。
ミラは、アリーヤ王子に泣いてすがり私はアリーヤ王子に怒られてしまいました。
レオお兄さまは私のことを庇って下さいましたが、アリーヤ王子には嫌われてしまったかもしれません…
あんなに冷たいアリーヤ王子の目はもう見たくないです。』

この日からスティアの日記はどんどん暗くなっていった。
アリーヤ王子に嫌われてしまった悲しみと、レオお兄さまにまで嫌われてしまうのではないかと言う恐怖、孤独がスティアの日記を占めていた。

『太陽暦216年 3月10日 雨
本日はアリーヤ王子とレオお兄さまの卒業記念パーティーでした。
アリーヤ王子には何度も誤解であることを進言致しましたが、結局誤解は解けませんでした。

…卒業記念パーティーで…国外追放になりました…
アリーヤ王子の恋人であるミラを虐めたからだと言われました。
教科書を破り捨てた…服を破った…噴水に落とした…階段から突き落とした…どれも身に覚えのないことでした…
私は身の潔白を訴えました。
レオお兄さまは最後まで私を庇って下さいました。でも、誰も信じてはくれませんでした。
私はこれからどうなるのでしょうか…怖いです…
でも、何よりも辛いのはアリーヤ王子に蔑まれてしまったことです…』

所々が涙で滲んでいた。
それが、私の涙なのか、未来のスティアの涙なのかは自分でもわからない。

『太陽暦216年 3月23日 雷雨
遂に私の処遇が決まりました。
私は、破門になり、国外へ追放されるそうです。
貴族にとって破門は死と同様。
庇ってくださったレオお兄さまと一生離れ離れになるのが…とても辛いです。』

『太陽暦216年 3月24日 晴れ
御屋敷を出る当日、レオお兄さまが会いに来て下さいました。
レオお兄さまは私を抱き締めて、必ず冤罪を晴らして迎えに行く。と言って下さいました。
ああ、お優しいレオお兄さま。
もう、良いのです。大好きなレオお兄さまにはどうか御幸せになって頂きたいのです。
私は心を鬼にして言いました。
もう、放って置いてください。と。
ごめんなさいレオお兄さま。どうか御幸せに。』

『太陽暦216年 7月7日 雨
街の方々にも疎まれてしまいひとりぼっちだった私を助けて下さったステラお婆さまが先月、亡くなってしまいました。
私は、またひとりぼっちです。
街の方々は、私に物を売って下さりません。
お仕事もありません。
ステラお婆さまに教えて頂き作った家庭菜園は先日の台風で全てダメになってしまいました。
2日前に最後の食料を使ってしまいました。
私はもうダメみたいです。
今朝、目覚めてから体が思うように動かないのです。
何とか身体を起こして、この日記を書いておりますが、もう私は長くありません。
私には一つ心残りがあるのです。
私を最後まで庇って守って下さったレオお兄さまのことです。
アリーヤ王子と対立してあの後大丈夫だったのでしょうか。
その事だけが私は心配です。
神様、どうかお願い致します。
私はどうなっても構いません。
でも、レオお兄さまだけはどうか御護り下さい。
ああ、大変な人生でしたが、お母さまとレオお兄さまにお会い出来てとても幸せでした。
お母さま、レオお兄さま、心の底から愛しております。』

日記帳はこの日で終わっていた。
この後、未来のスティアがどうなったのかは考えなくても分かる。
貴族として育てられたスティアが平民として生きていけるわけがないのだ。
スティアは死んだ。何もない質素な部屋で誰にも看取られる事なく。

亡くなった時、スティアは16歳。
スティアはきっともっと生きたかったと思う。
それは、私が同じスティアだから分かることなのだと思う。

決めた。私は、スティアの分までこの受難の人生を生きよう。
大好きなレオお兄さまと共に。

この日記帳に書いてあるような人生は送らない。
私は平和に生きるんだ。
ミラやアリーヤ王子とは関わらずに。

この日記帳は見た人の人生をきっと変えてしまう。
だから、自分だけの秘密にしよう。

日記帳を閉じると、窓の外が明るんできていた。
ああ、今日も新しい1日が始まる。
でも、昨日とは全然違う。
私は、生まれ変わるの。

日記帳を机の鍵がかかる引き出しに隠して鏡に向かう。
昨日までの自分とは全く違う顔をした私がいた。

(あれ…?そう言えば、未来のスティアは国外の質素な部屋で亡くなったんだよね…だったら一体誰が何の目的でこの部屋の床に日記帳を隠したの…?)





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