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2章 恋の修羅場ラバンバ!
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しおりを挟む「はあっ…お、おばちゃん!…っ…み、水を」
「まあまあ、そんな走ったら苗ちゃんまた咳が…」
「俺もみずっ…」
苗は学校から近い、悟の家に逃げ込んだ。
開放間溢れる広い庭から縁側に周り、そこにいた家政婦のおばちゃんに水を求める。
おばちゃんは苗の息の荒さを気にしながら言った。
「水より丁度今、大旦那様がスイカを切るって言うから居間に」
「……スイカを? よし!苗、行くぞ」
「うん!」
こんなに暑い真夏だ。水より甘くて冷たいスイカがデリシャスに決まってる!
さっきまでの恐怖は物の数秒で忘れ、表情を輝かせた苗は、居間に辿り着くと悟と共に切りたてのスイカを頬張った。
「悟!苗ちゃん、こっち向いて。写真とるから」
悟の父がカメラを構える。
毎年恒例。苗が帰省して東郷家に来る度に行う写真撮影だ。
この年もまた、楽しい思い出となってアルバムに治められる。
悟は三角に切られた大きなスイカを持ってピースをする。その隙を狙った苗が悟のスイカの一番甘いてっぺんにかじりついていた……。
・
美味しい思い出。
楽しい思い出。
それが増えるのはいいことだ。
苗は夕食を悟のお屋敷で御馳走になりながら、東郷家の当主である大旦那。
悟の祖父の話に笑っていた表情を急に固めた。
「……そういや、じいちゃん達が廃校になった小学校に通ってた頃裏山の小道にある地蔵の隣に婆さんがいつも座ってたなぁ……」
まるで懐かしむように語るじいちゃんに、刺し身を摘んだ苗の手がピタリと止まる。
苗と悟はゆっくり顔を見合わせた。
「ヨネ婆って言ってな、地蔵に供えた夏ミカンを小学校の悪坊主達が食うから見張ってる。つってな?…はは、いやぁ!あの婆さんは足が速かったなぁ!…杖なんてぜんぜん必要なかったな!」
大笑いするじいちゃんと共に悟の父も一緒に声を立てた。
杯の酒を揺らしながら、じいちゃんはぽつりと口にする。
「100は越して長生きすると思ったが……100才を前にして死んじまったな」
「──…っ…」
「お? どうしたどうした?悟と苗ちゃん?揺れてるように見えるけが、今日はじいちゃん酔ったかな?…ははは!」
ガタガタと手が震え出す。そんな悟と苗を見て、じいちゃんは酔いの回った目を何度となく瞬いていた──。
その晩だった──、
腐った夏ミカンを杖に刺したヨネ婆さんに、苗は延々と追い掛けられる夢を見てうなされ続けたのだった…。
.。o○.。o○.。o○
・
人参を手に入れた喜びと、あの土間の向こう側に足を踏み入れる必要が無くなったことで、泣き崩した顔に笑みを浮かべた苗を見て悟は笑った。
「嬉しい?」
首を傾げ、覗き込むようにして聞く悟に苗は鼻を啜りながら頷く。
「最高だよ悟ぢゃんっ…ううっ…」
「ふふ…」
素直に褒めてくれる苗がすごく可愛く思えてくる。
悟は嬉しそうに笑うと苗の手を握った。
「それ持ってやる」
「うん」
悟は苗の人参の袋を自分の荷物と一緒に片手で持つと肩に背負う。
「まだ時間があるから久し振りに見て回ろうか」
「うん」
もはや、苗にとって、悟は神様仏様と共に拝みたい部類の人だ。
赤い目をゴシゴシ擦りながら、苗は悟の言うことすべてに返事一つで頷き返す。
土間の向こう側以外なら何も怖くはない。
一階にある教室は、村おこしの為の史料館として昔から使用されている。
悟とよく遊んだ場所だ。
暗い暗幕の布を捲ると明るい昼間の陽射しが二人を照らしていた。
「ほら、苗。これ見て」
悟は史料館の中にあった埃まみれの村の模型(ジオラマ)を指差していた。
苗は悟の指先を見て声をあげる。
「あー!」
農家の模型の傍に苗が勝手に置いた、ドングリで作った馬が昔のままになっていた。
・
苗は懐かしそうにそれを手にして眺める。
夏休みの度に帰郷して悟と過ごした日々──
苗はゆっくりとその時を思い返していた。
「たしか、あそこにも置いた覚えがあるだよっ…」
はしゃいだ苗は、模型とにらめっこをすると「あった!」そう言って手を伸ばした。
顔をマジックで描いたドングリが、二個。駅の模型のベンチにちょこんと置いてある。
二個のドングリには片仮名で“ナ”と“サ”の文字が書かれていた。
それは毎年駅のホームで見送りをする悟と苗の代わりだった。
手にしたそれを暫く眺め、苗はまたベンチに戻す。
「だめだよ苗」
「ん?」
悟は苗の背後から腕を伸ばした。
少し離れ気味になった二つのドングリをぴったりと寄り添わせ、悟は置き直す。
「……ちゃんと元に戻さないと……」
そう言って悟は振り返った苗を意味ありげに見つめた。
ボブの真っ黒で艶やかな髪。昔はそれをヘルメットみたいで嫌だと言っていた苗。
でも悟はそれを笑いながらもはっきりとカワイイと褒めてあげていた。
面白くて可愛くて
一緒に居るのが当たり前だと思い込んでいた幼い日──
苗が親の元に帰ると知って人知れず倉庫で隠れて泣きじゃくった──
大人になったら連れ戻すはずだった。
しっかりとした大人になったら──
苗をお嫁さんにもらうつもりでずっと計画を立てていた……
はずだったのに──
悟は苗を見つめ、微かに唇を噛み締める。
「苗……もう手遅れなんて…言わないよね……」
「……っ…」
その言葉に苗の大きなくりくりの瞳が悟を見つめ返した。とても近い距離。真後ろに立った悟の腰が苗に覆い被さるように少しだけ前に屈んだ──。
・
「…うあ…っ…さと…」
何かを言い掛けた苗の口が開く。それと同時にぎゅっと強く瞼は閉じている。
そんな苗の耳元にくすっと笑う声が聞こえた。
「何もしないよ」
「え?」
驚いて目を開けば近距離にいる悟の腕が苗の後ろに伸びていた。
「倒れたから起こさないと」
そう言った悟の指先が模型のベンチに腰掛けさせたドングリを立て直している。
苗はそれを見てホッとした表情を覗かせながらもムッと口を尖らせていた。
「なに?なんで怒ってるの?」
「怒ってないだよ!べつに……」
言いながらプッと頬が膨らんでいる。微かに顔を赤くして、苗はプイッと横を向いた。
「なんかもうほんとに…」
ブツブツとそんな言葉が聞こえる。
高校生になった悟は何だか接しにくくなった気がする。
背丈は当たり前に伸びて、骨格もかなり太くなり、その上変な色気も出てきている。
“もう悟「ちゃん」なんて呼べないわね”
そう言ったオカンの言葉が苗の記憶に甦っていた。
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