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五章 ― 菫 ―
五章-8
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大叔母は再び菫子に刀身を突き付けた。紫苑が蹴り飛ばそうとしているのを止め、菫子は大叔母を真正面から見つめた。俯いてばかりで、こうして面と向かって見たことはなかった。
「……なって、いません」
「は?」
「こんなの、脅しになっていません」
菫子は、刀身を素手で掴んだ。ぐっと力を込めれば、つうっと刀身に沿って血が流れる。それは、柄を持つ大叔母の手まで迫る。
「くっ」
大叔母は菫子の血を避けて、懐剣を手放した。二人の間には、毒の血が付着した懐剣が転がった。菫子はそれを拾い上げて、車の外に投げ捨てた。人の命を奪えるもので、脅したりしたくない。俊元が鞘で応戦したように。
菫子は、血の流れる手のひらを大叔母に向けた。
「動かないで、ください」
初めて、大叔母に反抗した。本当はもっと早くこうして大叔母を拒絶するべきだった。遅くなったけれど、菫子ははっきりと大叔母を退けた。
「この、失敗作のくせに」
「動かないで!」
こちらに一歩迫って来た大叔母を、もう一度血をもってして止めた。菫子の毒は熱が出るだけで死ぬことはない。ならば、高熱を覚悟して飛び込んでくる可能性もあった。だが、母の時も、今も、自分の手は汚さず安全なところにいる。この人が、そんなことはしないと考えた。
その読みは当たっていた。大叔母は、床に落ちた血ですら触れないようにして、腰を下ろした。刺すような視線を菫子にぶつけてきたが、今はもう怖くない。
「よく出来た、うちの子えらい!」
「ありがとう。紫苑」
紫苑が菫子の頭を撫でる仕草をして、にっこり笑った。でも怪我なんかしちゃって、と心配しつつも怒っていて、まるで本当の母のようだった。
菫子は、車から身を乗り出して、俊元に後を託した。
「橘侍従様。大叔父を、お願いします」
「了解」
大叔父は、兵の一人が落とした刀を拾い上げた。感触を確かめるように何度か握り直した後、鋭い突きを俊元へ繰り出した。それを受けた俊元の鞘が、これまでにない音を上げる。
「そこらの兵とは訳が違う。鞘で勝てるつもりでいるのか」
俊元は、大叔父の攻撃を受ける一方。じりじりと後ろに下がっていく。苦しそうに歯を食いしばっていたが、柄を握り、刀を引き抜いた。大叔父に切っ先を向けて、牽制。
「橘侍従様!」
「大丈夫」
勝つから大丈夫なのか、殺さないから大丈夫なのか、どちらかは分からなかったが、菫子は俊元を信じるしかない。大叔母のことは、紫苑がきっちり見張ってくれているから、菫子は俊元と大叔父の戦いを見守る。
俊元は、鞘を放り投げることはせず、二刀流のように構えた。大叔父からの頭上からの重い攻撃。刀で弾き返す。俊元は横薙ぎに鞘を振るうが、避けられる。
大叔父は、さらに早く連続で攻撃をしてくる。刀を斜めにして受け流す。突きが来る。俊元は身を翻し、避ける。
「くっ」
が、避け切れずに左腕を刀が掠めた。袍がぱっくりと裂かれ、腕には赤い血の筋が出来ていた。少し掠っただけのように見えたが、思った以上に深く斬れてしまっているらしい。血が腕を赤く染めている。
それまで鞘でしか攻撃をしていなかった俊元が、刀を大叔父に向けて振るった。刀身がぶつかり合い、甲高い音が響いた。交差している刀に、俊元はさらに鞘を重ねる。
刀を通して二人の力が拮抗する。ぐっと両者が力を加え、その反動で後ろに飛びのいた。
「はあっ!」
一旦距離を取ったと思った、次の瞬間、俊元は間髪入れずに一歩を踏み出した。刀を大叔父の顔ぎりぎりのところで振るう。大叔父が思わずよろけたところで、鞘で脇腹、柄頭でこめかみを打った。ふらりと足元が揺れる。
だが、まだ倒れない大叔父へ、俊元はさらに大きく一歩を踏み出して、的確にみぞおちを突いた。
「……ぐっ、あ」
大叔父は声にならない声を上げて、地面に突っ伏した。
刀を鞘にゆっくりと納めてから、俊元は大きく息を吐いた。菫子の方を振り返ると、その顔には疲れが滲み出ていたが、いつものように穏やかに微笑んだ。
「良かっ、た……」
安心して、緊張していた体の力が抜けた。
だが、安堵の余韻に浸る間もなく、大叔母の喚き声が耳を貫いた。
「……なって、いません」
「は?」
「こんなの、脅しになっていません」
菫子は、刀身を素手で掴んだ。ぐっと力を込めれば、つうっと刀身に沿って血が流れる。それは、柄を持つ大叔母の手まで迫る。
「くっ」
大叔母は菫子の血を避けて、懐剣を手放した。二人の間には、毒の血が付着した懐剣が転がった。菫子はそれを拾い上げて、車の外に投げ捨てた。人の命を奪えるもので、脅したりしたくない。俊元が鞘で応戦したように。
菫子は、血の流れる手のひらを大叔母に向けた。
「動かないで、ください」
初めて、大叔母に反抗した。本当はもっと早くこうして大叔母を拒絶するべきだった。遅くなったけれど、菫子ははっきりと大叔母を退けた。
「この、失敗作のくせに」
「動かないで!」
こちらに一歩迫って来た大叔母を、もう一度血をもってして止めた。菫子の毒は熱が出るだけで死ぬことはない。ならば、高熱を覚悟して飛び込んでくる可能性もあった。だが、母の時も、今も、自分の手は汚さず安全なところにいる。この人が、そんなことはしないと考えた。
その読みは当たっていた。大叔母は、床に落ちた血ですら触れないようにして、腰を下ろした。刺すような視線を菫子にぶつけてきたが、今はもう怖くない。
「よく出来た、うちの子えらい!」
「ありがとう。紫苑」
紫苑が菫子の頭を撫でる仕草をして、にっこり笑った。でも怪我なんかしちゃって、と心配しつつも怒っていて、まるで本当の母のようだった。
菫子は、車から身を乗り出して、俊元に後を託した。
「橘侍従様。大叔父を、お願いします」
「了解」
大叔父は、兵の一人が落とした刀を拾い上げた。感触を確かめるように何度か握り直した後、鋭い突きを俊元へ繰り出した。それを受けた俊元の鞘が、これまでにない音を上げる。
「そこらの兵とは訳が違う。鞘で勝てるつもりでいるのか」
俊元は、大叔父の攻撃を受ける一方。じりじりと後ろに下がっていく。苦しそうに歯を食いしばっていたが、柄を握り、刀を引き抜いた。大叔父に切っ先を向けて、牽制。
「橘侍従様!」
「大丈夫」
勝つから大丈夫なのか、殺さないから大丈夫なのか、どちらかは分からなかったが、菫子は俊元を信じるしかない。大叔母のことは、紫苑がきっちり見張ってくれているから、菫子は俊元と大叔父の戦いを見守る。
俊元は、鞘を放り投げることはせず、二刀流のように構えた。大叔父からの頭上からの重い攻撃。刀で弾き返す。俊元は横薙ぎに鞘を振るうが、避けられる。
大叔父は、さらに早く連続で攻撃をしてくる。刀を斜めにして受け流す。突きが来る。俊元は身を翻し、避ける。
「くっ」
が、避け切れずに左腕を刀が掠めた。袍がぱっくりと裂かれ、腕には赤い血の筋が出来ていた。少し掠っただけのように見えたが、思った以上に深く斬れてしまっているらしい。血が腕を赤く染めている。
それまで鞘でしか攻撃をしていなかった俊元が、刀を大叔父に向けて振るった。刀身がぶつかり合い、甲高い音が響いた。交差している刀に、俊元はさらに鞘を重ねる。
刀を通して二人の力が拮抗する。ぐっと両者が力を加え、その反動で後ろに飛びのいた。
「はあっ!」
一旦距離を取ったと思った、次の瞬間、俊元は間髪入れずに一歩を踏み出した。刀を大叔父の顔ぎりぎりのところで振るう。大叔父が思わずよろけたところで、鞘で脇腹、柄頭でこめかみを打った。ふらりと足元が揺れる。
だが、まだ倒れない大叔父へ、俊元はさらに大きく一歩を踏み出して、的確にみぞおちを突いた。
「……ぐっ、あ」
大叔父は声にならない声を上げて、地面に突っ伏した。
刀を鞘にゆっくりと納めてから、俊元は大きく息を吐いた。菫子の方を振り返ると、その顔には疲れが滲み出ていたが、いつものように穏やかに微笑んだ。
「良かっ、た……」
安心して、緊張していた体の力が抜けた。
だが、安堵の余韻に浸る間もなく、大叔母の喚き声が耳を貫いた。
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