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18.「ロルフ様のことを知りたいんです」②
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向けられた背に思わずニーナは抱きついていた。ひんやりとした体温に顔を埋めて、しゃくりあげてしまう。いやだ。いなくなってしまうなんて、考えたくない。
自分の頭の中は結局、母の香水を完成させて初恋の彼に渡したい。そればかりだった。調香師だと言っておきながら、ロルフのための香水を一番に考えていなかった。
「な、何も知らないで私っ、ひどいこと考えててっ、ごめんなさい……ロルフ様……」
ロルフの手が戸惑いながらニーナに触れる。
「君が謝る必要はない。話さなかったのは俺だ。こんな情けない姿を君に知られたくないと……見栄を張った」
眉を下げるロルフに対してふと疑問が湧いた。なぜただの調香師である自分に見栄を張るなんて言い方をするのか。ただ知る必要が無いからではないのか。
少し期待してしまう。もしかして、ニーナがロルフに彼の面影を感じた瞬間があるように、ロルフもなにか感じてくれているのではいか。
「ロルフ様は、なぜ私にそこまで」
ロルフは握っていたニーナの手に力を込める。まるで逃亡を防ぐように。
「君は俺の初恋……唯一の女性に似ている」
ロルフの手がニーナの頬に触れ、上を向くよう促されると蒼い瞳と視線が重なる。まるで深い海の底のような寂しさが漂っていて吸い込まれそうだ。遠くの波の音に耳を澄ませるような気持ちでロルフの言葉が続くのを待っている。
心臓がゆっくりと冷えていくような感覚。
「――それは、どなたなのですか……?」
「名前は知らないんだ。随分昔に会ったきりで……彼女は死んだんだ。俺が彼女を殺した」
どくんっと心臓が鳴った。
「……君はまるで彼女が成長した姿そのものだ。ひと目見たとき絶対に離したくないと思った」
通りで、視線は重なっているのに遠くをみていると感じたはずだ。目の前の彼は、ニーナを通して『初恋の女性』を見ていた。説明されるとロルフの今までの言動に納得がいく。
切なげな表情、なにかを懐かしみ、愛おしむような視線。甘いキスも、優しい指も、全て自分に向けられてなどいなかった。
「私は、その方の身代わりなのですね」
なぜその女性を殺めたのか。それを聞く気にはなれなかった。愛故、とでも言われてしまったら今度こそ目を反らせずにはいられないからだ。
「……俺は君を失いたくない。側にいてくれニーナ」
ニーナの手を握る手が震える。縋るような声色は自分より四歳も年上とは思えない。
――ひどい人。
初恋の人を重ねて優しくして。甘い言葉をかけて。身代わりとして、香水を作って側にいろという、それでいて自分はあと一月もしないうちに呪いで命を落とすなんて。
「……そんなあなたを利用しようとしている私はもっとひどいです」
堪えていた涙が溢れだす。ニーナの頬を伝う滴を唇で拭ったロルフは、宥めるようにそっと抱き寄せた。
「君の希望を叶えたい。君が俺の調香師になってくれた本当の理由を教えてくれないか」
調香室に漂う花や木の香りに、涙と懺悔の切なさが重なる。午後の陽射しがレースカーテンの奥で揺らめいて竜と猫を包み込んだ。猫は竜の腕の中で、時折頭を撫でられながら『初恋の彼』がいること。そして『真実の愛の香水』について伝えた。
竜はそれらを受け入れ、どんなことでも協力すると約束までしてくれた。
この期に及んでまだ優しさを見せる彼にニーナは早鐘を打つ胸を押さえつける。だから自ら、あんなことを口走ったのかもしれない。
「……もし嫌でなければ私を、初恋の方だと思って接してください。……愛人より、ロルフ様のお役に立てそうですもの」
自分の頭の中は結局、母の香水を完成させて初恋の彼に渡したい。そればかりだった。調香師だと言っておきながら、ロルフのための香水を一番に考えていなかった。
「な、何も知らないで私っ、ひどいこと考えててっ、ごめんなさい……ロルフ様……」
ロルフの手が戸惑いながらニーナに触れる。
「君が謝る必要はない。話さなかったのは俺だ。こんな情けない姿を君に知られたくないと……見栄を張った」
眉を下げるロルフに対してふと疑問が湧いた。なぜただの調香師である自分に見栄を張るなんて言い方をするのか。ただ知る必要が無いからではないのか。
少し期待してしまう。もしかして、ニーナがロルフに彼の面影を感じた瞬間があるように、ロルフもなにか感じてくれているのではいか。
「ロルフ様は、なぜ私にそこまで」
ロルフは握っていたニーナの手に力を込める。まるで逃亡を防ぐように。
「君は俺の初恋……唯一の女性に似ている」
ロルフの手がニーナの頬に触れ、上を向くよう促されると蒼い瞳と視線が重なる。まるで深い海の底のような寂しさが漂っていて吸い込まれそうだ。遠くの波の音に耳を澄ませるような気持ちでロルフの言葉が続くのを待っている。
心臓がゆっくりと冷えていくような感覚。
「――それは、どなたなのですか……?」
「名前は知らないんだ。随分昔に会ったきりで……彼女は死んだんだ。俺が彼女を殺した」
どくんっと心臓が鳴った。
「……君はまるで彼女が成長した姿そのものだ。ひと目見たとき絶対に離したくないと思った」
通りで、視線は重なっているのに遠くをみていると感じたはずだ。目の前の彼は、ニーナを通して『初恋の女性』を見ていた。説明されるとロルフの今までの言動に納得がいく。
切なげな表情、なにかを懐かしみ、愛おしむような視線。甘いキスも、優しい指も、全て自分に向けられてなどいなかった。
「私は、その方の身代わりなのですね」
なぜその女性を殺めたのか。それを聞く気にはなれなかった。愛故、とでも言われてしまったら今度こそ目を反らせずにはいられないからだ。
「……俺は君を失いたくない。側にいてくれニーナ」
ニーナの手を握る手が震える。縋るような声色は自分より四歳も年上とは思えない。
――ひどい人。
初恋の人を重ねて優しくして。甘い言葉をかけて。身代わりとして、香水を作って側にいろという、それでいて自分はあと一月もしないうちに呪いで命を落とすなんて。
「……そんなあなたを利用しようとしている私はもっとひどいです」
堪えていた涙が溢れだす。ニーナの頬を伝う滴を唇で拭ったロルフは、宥めるようにそっと抱き寄せた。
「君の希望を叶えたい。君が俺の調香師になってくれた本当の理由を教えてくれないか」
調香室に漂う花や木の香りに、涙と懺悔の切なさが重なる。午後の陽射しがレースカーテンの奥で揺らめいて竜と猫を包み込んだ。猫は竜の腕の中で、時折頭を撫でられながら『初恋の彼』がいること。そして『真実の愛の香水』について伝えた。
竜はそれらを受け入れ、どんなことでも協力すると約束までしてくれた。
この期に及んでまだ優しさを見せる彼にニーナは早鐘を打つ胸を押さえつける。だから自ら、あんなことを口走ったのかもしれない。
「……もし嫌でなければ私を、初恋の方だと思って接してください。……愛人より、ロルフ様のお役に立てそうですもの」
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