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第二章 だから、どうしてこうなった?
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兄貴に連行されて否応なく馬車に連れ込まれた俺は、兄貴に腕を掴まれたままブスッとした顔で乗っていた。
「諦めが悪いな、シリル」
「帰りたがってないの知ってて連れ帰る兄貴が悪い」
「そんなに彼女が大事なのか?」
「彼女?」
不思議そうに振り向いた。
兄貴の碧の瞳には陰りが浮かんでいる。
なんでだろ?
「ノエルという少女とずっと一緒に住んでいたんだろう?」
「あ」
ダラリと冷や汗が流れた。
まさかすべて嘘で、あれは自分だなんて言えるわけない。
「逃げるときに別行動を起こすとは思わなかったが、そなたと1年半一緒に住んでいたのだ。子供の可能性もある以上」
「子供ぉっ!?」
思わずすっとんきょうな声を出していた。
俺とノエルのあいだに子供?
つまりそういう経験アリという仮定ですかっ!?
なにが悲しくて自分自身とっ。
言葉にならない俺に兄貴もオーギュストも怪訝そうな顔を向ける。
「どうしてそこまで驚くんだ、バカシリル」
「それ、やめろ、オーギュ。殺すぞ、テメェ」
「口汚くなったな。これが第二王子とはね。泣けてくる」
「苦労知らずなテメェよりは、俺は世間を知ってるよ」
ムッとしたオーギュと俺の睨み合いに兄貴が割って入った。
「ケンカは程々にして話を元に戻そう」
「賛成」
オーギュはそう言って俺から目を逸らす。
「てらいもなく訊ねさせてもらうが、1年半も一緒に住んでいて……彼女になにもしていないと言い切れるのか、シリル?」
真面目な顔で問われてるから、余計に気力が抜けるってホントにあるんだな。
なんかもうどうでもいいって感じ。
「好きなように解釈すれば?」
「シリル!!」
「俺からはなにも言わない。好きに解釈していいよ」
投げやりな俺を見て兄貴は深々とため息をついた。
「宮に戻ったら風呂に入りなさい」
「風呂? なんで?」
本当にわからなかったのだが、兄貴は何故か悲しい子供でも見るような、それは悲しそうな顔をして俺を見た。
なんだ?
この気に障る視線?
「自覚してないのか? おまえかなり肌が荒れてる」
呆れたのかオーギュストが割って入った。
はい?
肌荒れ?
なんですか、それ?
俺は一応男ですか?
……今は。
夜のことは敢えて考えない。
「どんな生活してたんだか。肌の色も悪いし、なにより顔も手も肌荒れでガサガサだ。サイラスは手入れさせるって言ってるんだよ。見ていて悲しくなるから」
「俺は女じゃねえっ!!」
「わかってる。王女だったらおれが真っ先に奪ってる」
「……冗談にならないことは思っても言うんじゃねえよ」
血筋的にあり得ないことじゃないとわかっているだけに青くなる。
すると何故だか兄貴が怒った顔で割って入った。
「どうしてそなたに妹をやらないといけない? その場合だれかに嫁がせるわけがないだろう。だれにもやらん」
「兄貴……頼む。常識捨てないで?」
この国はおおらかというのだろうか。
極端な話、結婚には制限がある恋愛には制限がない。
同母兄妹つまり両親共に血の繋がった異性の兄妹以外なら結婚は許されているし、もっと怖いのは男同士でも結婚できるというシステムだ。
そんな恋愛や結婚に関して緩い国じゃなかったら、もしかしたら俺も逃げずに済んだかもしれない。
俺は外見的には女顔だったし、まあそういう意味で憧れてくる男も少なくなかった。
それが夜だけとはいえ女になる。
それもちょっと見掛けないくらいの絶世の美少女だ。
これ幸いと言い寄ってくる男たちが目に浮かぶ。
そのために父や母まで苦労する姿も。
そして悲しいかな。
弟でありながら妹にもなった俺を兄貴が猫可愛がりする姿も、簡単に想像できてしまうんだ。
正直な話、兄貴に対して身の危険を感じる弟ってどうよ? とも思う。
でも、ノエルが実は俺だったって知ったとき、兄貴がどんな行動に出るか考えると凄く怖い。
うん。
本気で怖い。
だから、考えるのやめよう。
「常識ねえ」
「言いたいことがあったらはっきり言え、オーギュ」
「おまえ自分たちが結婚できる関係だって忘れてないか?」
言外に片親違いの兄弟だろうと言われて焦る。
「兄貴。頼むから赤くならないで」
兄貴はあらぬ方を向いてしきりに咳払いしていた。
その顔は赤い。
純情なのは純情なんだけど、どうもその方向性が捻れてる気がするのは俺だけか?
俺がいるから男にも女にも純情なまま、な気がするのは?
「あり得ねえこと言ってんじゃねーよ、バカオーギュ」
「あり得ないとどうして言い切れる?」
「兄貴は次期国王。当然妃は迎えなきゃならない。子供は必要不可欠なんだよ」
「まあな。女との結婚は義務だな」
「だったらあり得ねえだろうが」
「何故?」
「何故って」
「女は子供だけ産ませてりゃいい。本気でおまえが欲しいなら、だれも文句は言わないよ」
「オーギュ。女の人を物みたいに言うんじゃねえ!!」
自分が半分女だからか、余計に勘に障る。
だが、オーギュストはあっけらかんと言ってのけた。
「物とは言ってない。政略結婚ならよくある話。そう言ってるだけだ。それは女性が持つべき覚悟だろう? だれもが愛されて王妃になれるわけじゃない。そんな女性は数えるほどだ」
「父さんと母さんは違うだろ」
「そうだな。伯母上は幸せな女性だ」
「だったら兄貴だって」
「おまえ気付いてないのか?」
「なにを?」
「普通なら真っ青になって止めるべきこの話題で、あいつがなにも口を挟んでこないことに、だよ」
言われて兄貴を振り向いた。
まともに目が合って兄貴は慌てて目を逸らす。
やめてくれ……その恋する少年みたいな眼。
これで俺が女性化できるなんて知ったら、ホントにどうなるんだろう?
こ……怖いっ。
俺、本気でノーマルな恋愛できるのか?
理由はわからないけど毎晩女になるこの俺が。
俺が恋人だなんてことにしていたから、兄貴はノエルを警戒しているのかな?
さすがに面と向かって訊きたくないけど。
「そなたの部屋はそのままにしている。父上たちに対面するまでに身支度は整えておきなさい」
「無理矢理話を纏めたな、サイラス」
笑いながら茶化すオーギュストを兄貴はきつく睨んでいる。
今更なんだけどなあ思いつつ、俺は近付いてくる宮殿に視線を向けていた。
これからどうやってごまかせばいいのか考えながら。
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