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第二章 だから、どうしてこうなった?

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 風呂からあがった俺は鏡の中の自分をじっと見ていた。

「うん。ツルッピカッ」

 ツヤツヤと光り輝いていそうな肌だ。

 兄貴よく頑張ったなあ。

 俺も女になるから多少は理解できるのかもしれないけど、肌が荒れてたのは事実だ。

 一応夜にはノエルになるから、それなりに肌の手入れには気をつけてた。

 女の姿で人前に出るのに肌は荒れてるわ、髪はボサボサだわではちょっといやだったし。

 それでも顔とか肌にかけるお金がなくて、手入れは必要最小限だった。

 食事だってここにいた頃と比べれば雲泥の差。

 栄養面も劣ってた。

 そのせいで肌の色も悪く、ちょっと痩せてきてた。

 それがどうよ?

 肌が綺麗だ。

 そこら辺の女よりきっと綺麗だ。

 この肌でノエルの姿だったら、さぞ綺麗だろうなあ。

 うーん。

 ちょっとなってみたいかも。

 それにしても遅いなあ。

 連れ戻されて父上と対面させられるっていうんで支度させられたのに。

 もう夕刻だぞ?

 このまま夜になったら……逢えないんだけど?

 俺またいなくなるから。

 いるのはあくまでもノエルだから。

 おまけに話せないから事情説明もできないし。

 とりあえずノエルになったときのため、こっそりドレス用意しとかなきゃ。




 恐れていたことが起きてしまった。

 外はどっぷりと夜。

 俺は悲しいかなノエルの姿。

 慌てて王子の正装からドレスに着替えたけど、どうごまかそう?

 とりあえず……逃げなくちゃ!!

 他の者ならともかく兄貴とオーギュはノエルを知ってるんだし、そのノエルがここにいるのは絶対にマズイ!!

 そう思ってなんとか中庭まで逃げてきた。

「……様ー!!」

 どこかで自分を呼んでる声がする。

 どうやら逃げ出した俺を捜してるらしい。

 ごめんねえ。

 シリル王子は存在しません。

 いるのは素性の知れない女の子ノエルです。

 だから、ごめんねえ。

 俺は逃げる!!

 とりあえず城の構造は頭に入ってる。

 問題は俺が逃げるのが想定されてるだろう現在に、どうやってここから逃げ出すか、だ。

 色仕掛け?

 いやいやいやいや。

 自分の身が危ないだろ、俺!!

 逃げようとして捕まった事実がまざまざと思い出される。

 もしかして逃げ出さないで隠れて朝になるのを待った方が無難?

 見付かったらさすがに言い訳できない気がする。

 でも、どこに隠れよう?

 理想的なのは男に戻ったときのため自分の部屋だけど、当然主の俺が逃げ出したとなると大捜索されて部屋中調べ尽くされるだろうから無理。

 兄貴とオーギュの部屋は論外。

 父さん。

 これもダメ。

 どうやって事情説明するんだ?

 じゃあ。

 残る可能性を思い浮かべようとしたとき、背後から名を呼ばれた。

「シリル?」

 ギクリとして振り向いた。

 どうしてシリルと呼ぶ?

 母が。

 固まったままなにも言えず母を見ていた。




 母の私室に匿われた俺は一応、今は落ち着いてお茶を振る舞われてた。

 この姿でも母が俺をシリルだと認識してくれているのは、どうやら夢でも幻でもなく現実らしい。

 つまり母には息子が突然こんな姿になっても、それが俺だと見抜ける根拠も確信もあったということだ。

 俺はミスをしたのかもしれない。

 兄貴になにも起きていない以上、自分に起きた異変に原因があるとしたら、それは母の血筋だと思い至るべきだったのに。

「あなたが15になって」

 母が突然話し出し俺は母へと視線を向ける。

「半年後、ここを飛び出したときに、あなたにもなにかが起きたことは悟っていました。それを公にしないために、わたくしたちに迷惑をかけないために、あなたは出ていったのだと。だから、陛下にもサイラス様にもあなたを捜さないようお願いしていたのです」

 首を傾げて問いかける。

 どうして、と。

「本当はわたくしは王妃になどなれる身分ではなかったのです」

 それは知っている。

 母はさる伯爵家の令嬢だったが、何故かその血筋では不幸ばかりが起きて、特に男子が生まれると良くないらしく、母は最後の子供だったという。

 母は結婚せずにひとり静かに死んでいくことを望んでいたらしいが、そこへ父が現れ母を説得し妃とした。

 それほど当時の母は美しかったらしい。

 その母に似ているから俺も綺麗だなんて噂が流れるくらい。

「わたくしの家系に男子が生まれると不幸が起きる。これは事実です」

 ちょっと待って!!

 俺その直系だよな!?

 しかも俺、男!!

 混乱する俺に母は困ったように悲しそうな笑顔を向ける。

「わたくしの家系は……呪われていたのです」

 呪い?

 つまりその呪いの結果、俺は女性化してる?

「女子にはなにも起こりません。ですが直系男子が15になると呪いは発動します。その形は様々ですが、あなたの場合どうやら性別の転換、外見の変化などが主な現象のようですね」

 いやっ。

 軽々しく言わないで母さん!!

 そのために俺がどれだけ苦労してきたか!!

 俺は必死で訴えた。

 呪いを解呪する方法は!?

 それさえわかれば俺は男に戻れる!!

 期待を込めて母さんを見れば母さんは俯いてしまった。

「ごめんなさい。呪いを解く方法はありません」

 そんなっ。

「でも、そのどっち付かずな状態をどうにかすることはできるかもしれない」

 どっち付かずな状態をどうにか?

 呪いは解けないのにどうにかするって……それって。

 怖くて考えることもできない俺に母さんはあっさりと言ってのけた。

「その場合あなたは女の子として生きていかなければなりませんが」

 男女で呪われたままでいますか?

 それとも呪いを受け入れて男やめますか?

 ………………って、どんな二者択一だよっ!?

 あり得ねーって!!

「陛下には呪いのことはお話ししています。陛下は今それをなんとかできないかと奔走されていらっしゃいます。そのせいでなかなか逢えなかったのですけれど」

 どうにもしなくていいと俺は慌ててかぶりを振った。

 このままなのも確かに困る。

 昼は男、夜は女なんてだれにも言えないし、バレたときのことを考えるとやっぱり頭も痛い。

 でも、だからって男を完全にやめるなんて決心できるわけない!!

「ですがこのままではあなたは普通に結婚することすらできませんよ? そもそもあなたは夜に女性化するようです。その状態で女性との結婚は無理なのでは?」

 確かにそうかもしれない。

 男と女がまあそういうことをするのは大抵夜だ。

 そのあいだ俺は女なわけで、当然だが夫婦生活が成り立たない。

 つまり結婚できないってわけなんだ。

 だったら男と、と思うかもしれないけど、夜はいい。

 俺は女だ。

 でも、昼になると男になるわけで、そんな奥さん、どんなに綺麗でもだれが欲しがる?

 おまけに夜しか女じゃないから、子供が産めるかどうかも謎。

 つまり俺はこの状態を維持するかぎり、結婚は望めないってことなんだ。

 それはわかる。

 わかるけど。

 それでもいやだとかぶりを振った。

 15年男やってきて確かにここ2年ほどは男女だったけど、でも、男のままでいる時間は確かにあった。

 それが完全に女になるなんて、シリルという存在が消えてなくなるなんて、考えるのも怖い。

 例えノエルという存在がシリルとして生き残っても、それは少女なわけで俺にとっては「男のシリル」の「死」でしかない。

 シリルという「男」の存在が完全にこの世から消える。

 抹消される。

 それは恐怖しか呼ばなかった。

 涙目になった俺に母さんはハラハラと泣いた。

「ごめんなさい。ごめんなさいっ」

 ひたすら謝ることしかできない母さんに、俺は近付いてそっと頭を抱き込んだ。

 俺も泣いていたけど、今はそれでいいと思ったから。

 今は言えないけど、いつか「産んでくれてありがとう」そう言えるといいなと感じながら。

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