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第二章 だから、どうしてこうなった?
(4)
しおりを挟む父さんは謁見の間で逢った後、詳しい話をしたいからという理由で、俺と母さんだけを私室に呼んだ。
兄貴は不本意そうだったけど特になにも言わなかった。
母を中心においた場合、母親の違う自分がいるべきじゃない。
それが兄貴の無意識の遠慮だ。
それを父さんが利用したのは許せないけど話題を思えば仕方ないし。
「それにしてもずいぶん可愛らしく変化したものだな?」
しみじみとそう言われカッとなった。
「いつノエルのときの俺を見たんだ!! 親父!!」
父さんなんて呼んでやるか!!
親父で十分だ!!
「そうか。あの姿のときはノエルと名乗っているのか。その方が別人と思わせやすいだろうな」
父はどこまでもひとりで納得している。
震えていると母が答えてくれた。
「昨夜あなたが眠ってしまってから、一応事情をご報告したのです。そうしたら陛下ったらあなたの寝顔を眺めにいらっしゃって」
「……そういうときは人を起こせ、くそ親父」
「口が悪くなったな、シリル。あんなに可愛い寝顔で寝ていたくせに」
「ノエルのときは話せないから、その反動だ!!」
「なるほど。苦労したのだな?」
いきなり髪を撫でられて絶句した。
(父さん?)
「なにも逃げ出さなくても、わたしに言えばよかったのだ。そなたになにが起きても、わたしには受け入れる準備があった。この可能性を承知でわたしは妃に迎えたのだから」
「だって迷惑かけると思って……俺はいない方がいいと思って……」
「女性化で涙腺が緩んだか? 泣き虫になったな、シリル?」
久し振りに父の胸に抱かれた。
大きくて厚い胸板に安堵する。
声を殺して泣く俺を抱いてくれる父さん。
微笑んで見守ってくれる母さん。
幸せだなあと思ったけど、兄貴のことだけが気掛かりだった。
「ところでサイラスとケンカでもしたのか?」
「なんで?」
落ちついてから解放されお茶を飲んでいるときに、ふとそんなことを言われた。
「いや。サイラスがイライラしているときは、大抵そなたとケンカしたときだから。昨夜仕方なしにとはいえ、姿を消したことで揉めたのかと思ったのだ」
「陛下。そのお話は」
「何故だ? 兄の話題だろう?」
「ですからっ」
焦る母に俺は一言だけ告げた。
「平気だよ、母さん。俺もあのときほどショック受けてないから」
首を傾げる父に母が耳打ちする。
その眼が見る見る見開かれた。
「なるほど」
「サイラス様、どうやら本気のようですわ。わたくしに見つかったのに言い訳なさいませんでしたもの」
「それはする気がないという意思表示だろう。シリルが姿を消したこの1年半で、気持ちを自覚したのかもしれないな。まあその可能性は無ではないとは思っていたのだが」
「どういう意味だよ、父さん」
「そなたがまだ社交デビューしていないのは何故か。一度も考えなかったか?」
「それは俺が15で飛びだしたからで」
「違う。そなたが10歳のときに社交デビューさせようという話はあった。そのために着々と準備も進んでいた。それをサイラスがぶち壊したのだ」
「……嘘」
確かに兄が社交デビューしたのは10歳のときだった。
でも、俺のときはなにもなくて別に決まってないんだ? くらいにしか思わなかった。
でも、実は違った?
驚きすぎて反応できない。
「そなたの社交デビューのパートナーになれる令嬢を、ことごとくサイラスが誘惑してな」
「誘惑? あの純情兄貴が?」
「わたしだってそのときは嘘だと思った。だが、令嬢に断る理由を訊くと必ずサイラスの名前が出るんだ。しかも令嬢が断った後、サイラスはその令嬢を直後に捨ててる」
「……そこまでやるか?」
「候補がいなくなって社交デビューは見合わせるしかなかった。11歳のときも12歳のときも」
「嘘。毎年?」
さすがに青ざめる。
それって俺に悪い噂が立ってることにならないだろうか。
俺のパートナーの誘いがくると良くないことが起きるって。
「13歳の頃になると臣下に泣きつかれてな。サイラスに悪い噂が広がるから、頼むからシリルを社交デビューさせないでくれ、と」
「俺に悪い噂の間違いじゃないのか?」
「間違いではない。何故なら令嬢を誘惑しパートナーを断るように仕向けるのは必ずサイラスだからだ。しかも断れば捨てる。これでサイラスに悪い噂が立たないわけがないだろう? その頃のサイラスは遊び人という噂まであったほどだ」
「へえ」
「そなたは小さすぎて知らないだけだ。それにサイラスはそなたの前では純情そのものだったし尚更だろう」
「演技?」
「いや。どちらかといえば素顔、だろうな」
呆れてしまってなにも言えない。
なにやってんだかなあ、兄貴も。
「むしろ令嬢を誘惑し次々捨てていたサイラスが演技だろう。そなたから令嬢たちを遠ざけるため、不本意なことをやっていたんだ。だから、社交デビューの動きがなくなると、そういうこともピタリとやめた」
「バカ兄貴。なんで弟相手にそこまでやるかね?」
「おそらく……初恋なのだろう」
「おい。そっちもバカ親父か?」
「酷いな。事実を言ったまでだ」
「俺たちは兄弟だ!!」
癇癪を起こした俺に父さんはあっさり言ってのけた。
「別に不可能ではない。同母兄弟ではないんだしな」
「そうだけど。褒められたことでもないだろ、普通」
「まあそうだが。気持ちのことだけは強制されても動かないからな」
確かに好きになれと言われても、キライな相手は好きになれないし、キライになれと言われても、愛した人は特別なままだ。
俺がこれだけ困らされてても、兄貴のことは嫌えないように。
「おまけにそなたは女性化できるし?」
「頭の痛いこと指摘するなよ、頼むから」
頭を抱え込む俺に父さんはただ笑ってて、母さんはどこか遠いところを見てため息をついてた。
「サイラスがそれを知ればどう動くか。それが問題だな」
「絶対に言うなよ、バカ親父!!」
「わたしが言わなくても、うっかり者のそなたのことだ。自分からバラし兼ねない」
「ヒデー」
思わず胸を押さえて傷付いたポーズをしてみせた。
これには父も母も笑っただけだったが。
呪われてるわりに俺って結構神経太い?
そんなことを思う一家団欒(1名足りないけど)だった。
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