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第四章 トライアングル

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 第四章 トライアングル




「はああああああ」

 思わず派手なため息が出てしまう。

 わかってほしいんだ。

 俺だってため息なんてつきたくないし、できれば毎日を楽しく過ごしたい。

 でも、この状況で明るくなんて振る舞えるはずないだろっ!!

 目の前に積み上げられた高価なドレスや宝石類、数えきれないほどの真紅の薔薇。

 なに考えてんだ、あのバカ兄貴?

 兄貴が正式に父さんに俺との結婚を申し込んでからというもの。

 俺は兄貴からプレゼント攻撃を食らっていた。

 それも男としてじゃない。

 贈り物の数々はどう見ても俺じゃなくて、女の子に贈るべきものだろっ!! と、怒鳴りたい品ばかり。

 しかも悔しいことに洋服類はサイズがピッタリ。

 一度まさかなあと疑ってノエルのときに合わせてみるとジャストサイズだったんだ。

 それこそ胸の大きさやウエストまで、だ。

 因みにドレスは兄貴の好み、らしい。

 あまりに腹が立ったのとサイズを知られてるのが、なんとなくプライバシーの侵害に感じて兄貴を問い詰めた。

 すると返ってきた答えというのが、

『あのときに途中まで抱いただろう? あれで大体のサイズがわかった』

『嘘つけっ!!』

『嘘ではない。わたしは女性とは経験済みだからな。抱けばサイズくらいわかる』

 これには開いた口が塞がらなかった。

 あれだけ散々だ。

 人を想っていて苦悩していただの、人の社交デビューを妨害するほどの初恋だっただの聞いていたのに、だ。

 兄貴はちゃっかり経験済みだったんだ。

 俺はまるで遊ばれた気分だった。

 白けた俺の目で感想を読んだのか、兄貴は何故かガッカリしたように肩を落とした。

『なんで落ち込むんだ? そこで』

『妬いてくれないのかと少しがっかりしただけだ』

『実の弟が兄貴が経験済だったくらいで嫉妬するわけないだろうが。そのくらい理解しろよ、兄貴。変な期待しても無駄だって』

『だが、無駄な経験ではなかったと思っているぞ?』

 あのときは片手を頬に当てられて、ゾクリとして逃げたかったけど、がっちりホールドされていて無理だった。

 あの日の悪夢がよみがえって青くなると兄貴は耳許で囁いたんだ。

『そなたをその気にさせるくらいのテクニックは手に入れることができた。それは収穫だろう?』

『ちょっと離せってっ!!』

 ジタバタと暴れたけど、それまでの貧乏生活と鍛えるのを中断したことが祟って、どうしても抵抗できなかった。

 それに俺は元々発育では兄貴に負けてたし。

『あまり抗うな。自制できなくなる。抱いてもいいのか?』

 この脅しは効果覿面だった。

 あのときの恐怖は身体に刻み込まれたまままだ消えていない。

 こんな密着した体勢で言われたら怖くないわけがないだろう?

 逆らわなくなった俺に満足したのか、兄貴は当然なように濃厚な口付けを仕掛けてきた。

 逃げたくても逃げたら襲われそうで、キス以上の行為に出られそうで俺は逆らえなかった。

「あのときは意外な助っ人がきたよなあ」

 机の上で書物を読みながら何気なく呟く。

 本気で怖くて震えていて兄貴がいつ自制できなくなるのか、それが怖くて。

 抵抗ひとつできないまま俺が好きに扱われていると、なんとその場を助けてくれたのは天敵のはずのオーギュストだった。

『サイラス。そういう形で迫るのは兄として男としてどうかと思うぞ?』

『無粋だな。オーギュスト』

『無理強いなんてするな。それも襲われたくないなら抵抗するななんて卑怯だろう?』

 あのときは驚きすぎてなにも言えなかったけど、本気で怒っている目を見て、俺はなにも言えないままあいつの顔を見てたっけ。

 だって知らない奴に見えたんだ。

 あのときのあいつの顔は俺には見せたことがないような顔だった。

 嫌味で見せる厳しい顔じゃない。

 本気で俺を心配してくれて、兄貴のやり方に憤り怒ってくれている顔だった。

『本気でシリルが好きなら、愛していると胸を張れるなら、愛されるときを待ってやれ。今のやり方は卑怯だしシリルが可哀想だ』

『シリルに情でも移ったか? 今までのそなたなら言わない言葉だな、それは』

 皮肉な口調でそう言ったけど、あいつが本気で責めていることがわかったのか、兄貴は俺を解放すると黙って出ていった。

 ズルズルとその場に崩れ落ちると更に信じられないことにオーギュストが近付いてきて無言で片手を差し出したんだ。

 俺に向かって。

 見上げると少し気まずそうな緑の瞳が見えた。

『散々だったな。大丈夫か?』

 指す出された手を掴もうとしたけど、身体がガクガクと震えていて無理だった。

 手を掴んで立ち上がることすらできない俺に、オーギュは困ったように笑ってその手を引っ張り立ち上がらせてくれた。

『そんなに怖かったのか?』

『……おまえは襲われたことがないからわからないんだよ。あの怖さが。男とか女とか関係ない。怖いものは怖いんだ』

 おまけにあのときは抵抗のしようのない「女」だった。

 恐怖は倍増される。

 震え続ける俺をしっかりと抱いて、オーギュストは何度も髪を撫でてくれた。

『そんなに怖がるな。もう大丈夫だから』

『兄貴を……こんなに怖いと感じる日がくるなんて想像もしなかった』

『泣くな。シリルはこんなに泣き虫だったか? おれには強気に言い返してきていたくせに』

『あのときと今とじゃ条件が違うよ』

『条件?』

 不思議そうなオーギュストの言葉には答えなかった。

 俺の中の「女」の部分が「男」としての兄貴に恐怖を感じてる。

 それは「女」としての「本能的な恐怖」で、理性でどうにかなるものではないし、気の持ちようでなんとかできるレベルでもない。

「女」はこんなにも「男」に対して脆く弱い。

 それを染々と感じた瞬間だった。

 そう言えばと思い出す。

 オーギュストに触れたのはあれが初めてだ、と。

 今までは仲が良いとはお世辞にも言えなかったから手すら握ったことがなかった。

 そういうのが必要なシーンでは、お互いに遠く離れて触れずに済むようにしていたから。

 俺が知っていた同性の胸板って父さんと兄貴だけなんだけど、なんかオーギュストの胸の中って安心できたよな。

 そう感じて赤くなる。

 変だな、最近の俺。

 気が付くとオーギュストのことばかり考えてる。

 女になったことで多少、感じ方も変わってきてるのかな?

 以前なら見逃していたようなことが、最近はやたらと目に留まる。

 それと同時に兄貴に対しては安堵や憧れより、恐怖を感じるようになってきていた。

 なにかと言えば迫られるせいかな?

 兄貴といると気の休まるときがない。

 緊張が解けなくて疲れる。

 なのに求婚している関係だからと兄貴はやたらと俺に構う。

 お陰で精神的な疲れが取れない。

 唯一の救いは夜に俺の部屋を訪れることだけは、父さんが禁止してくれたことだろうか。

 さすがに国王命令ともなると兄貴も逆らえない。

 そのせいか最近の安らぎは1番否定していたかったノエルの時間。

 夜だった。

 もうすぐ日が暮れるな。

 そろそろ……部屋を移動……しないと。

 そう考えているのに瞼がどんどん下りてくる。

 疲れが溜まっていたのか、俺は部屋を移動する暇もなく、その場で眠ってしまった。

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