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第二十七話 追跡

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「……で、そのガブリエルの親友っていうのが、イーサンとアレクサンダーの父親だった、と?」
「はい」

 ディランの言葉に頷く。

「辻褄が合っているのは良い事だが、どうにも合い過ぎている気がするな」

 シャーロットが眉間に皺を寄せた。

「ですよね」

 それは、私とベンジャミンでも話し合った。

「ただ、この話には子供が関わってきます。十歳のアレクサンダーはともかく、イーサンはまだ六歳です。あの子を作戦に組み込むのは、敵にとってもリスクが高いと思います」
「まあ、それはそうだが……それは逆も言えるな」
「逆?」
「お前らがその二人から《解放軍》について詳しく聞いた事も、すぐに誰かの耳に入る可能性がある、という事だ」
「あっ、確かに」

 ディランに言われて気付いた。
 子供だから、口止めもしない方がいいだろうし、難しいな。

「順番を変更するのはどうでしょう?」

 ベンジャミンが言った。

「どういう事だ?」
「子供達から話を聞くのを最後にして、他の方面からの情報収集を優先するんです」
「だが、軍に内通者がいるかもしれない以上、他の方面など限られているぞ」
「ええ。ですがもしこれが罠だった場合、敵にとってはイーサン達から《解放軍》の事を聞き出そうとしない俺達を疑問に思って、何かアクションを起こしてくれるかもしれません。可能性は高くないと思いますが、待ちの選択肢もあるんじゃないかと」
「ふむ……」

 ディランが顎に手を当てた。

 ベンジャミンの案は悪くない気がする。
 《解放軍》としても、私達が彼らを標的にしているのか否かが分からないうちは、襲ったりしてくる可能性は低い。
 勿論、向こうとしてはこちらが何もしてこない事が一番都合が良いだろうから、向こうからアクションを起こしてくる可能性は少ないとは思うが、やってみる価値はある気がする。

 ディラン達も同じように考えたようだ。

「よしっ、ベンの作戦で行こう。こっちに長くはいれないから、五日程度を見ておこう。その後は以前決めた通りだ」
「了解!」

 私とベンジャミンは敬礼をした。

 以前決めた事は、
 誰か怪しい人物が浮かび上がれば、敵に作戦を練る時間を与えないうちに即座に突撃。
 もし誰も浮かんで来なければ、ディランが《解放軍》の格好で、実際にベンジャミンを攫い、その流れから《解放軍》のメンバーを炙り出す。
 というものだ。

 自作自演は流石にやり過ぎではないか、と思ったが、なんの成果もなしに帰る方が有り得ないらしい。

 やっぱり軍は軍なんだな。







 それから五日後、私とベンジャミンはアレクサンダーとイーサンから、父のハリーと共に《解放軍》を見たという話を聞いた。
 それぞれ別々に聞いたが、その内容は概ね一致していた。

「彼らが見たのはミネスからヘルプが来るという事が決まる前だ。ほぼ真実とみて間違いないね」
「ええ」

 彼らの話は真実で、罠ではない。
 そう結論付けた私達は、その足でハリーの元へ向かった。

 運良くハリーは家にいたため、すぐに話を聞く事が出来た。

「突然お邪魔してすみません」
「構わないよ。君達の事はよくアレクやイーサンから聞いている」

 ハリーは物腰の落ち着いた、穏やかな中年男性だった。

「それで、今日は突然どうしたんだい? うちの息子達が何かしたのかい?」

 その瞳には僅かに心配の色が見られる。

「いえ、そういう訳ではありませんが……私達がここに来たのは、半分はリンカーン・ウッドの頼みによるものです」
「ほう、リンカーンの……」

 ハリーが目を見開いた。

「単刀直入に申します。ハリーさん達は《解放軍》を見たというお話を伺いましたが、その事も含めてリンカーンのご両親が逮捕された件について、知っている事を全て教えて頂けませんか?」

 私達は頭を下げた。

「ああ、構わないよ」

 返事は即答だった。

「有難うございます」

 頭を上げる余裕がなかったので、地面を向きながら礼を言ってから、私達は顔を上げた。

「とはいっても、そんな大した事は知らないんだけどね」

 そう前置きしてから、ハリーは話し始めた。

 要約すると、こうだ。
 隣の街まで買い出しに向かったハリー、アレクサンダー、イーサンの三人は、少し帰りが遅くなったので近道をするために森を使った。

 もう少しで森を抜け、ギーザに入れるというところで、三人は人の話し声を聞いた。
 一般人ならもう夜になる事を教えようと思い、ハリーは話声のする方に向かった。
 すると、そこにいたのは全身を白い布で覆った者達だった。
 《解放軍》だという事に気が付いたハリーは、二人の息子を遠ざけさせつつも《解放軍》の動きを観察した。

 すると、彼らは「何か」を近くの馬車に積み込んでいた。
 その何かは人であり、その人の服装は軍の服装である事は遠目にもすぐに分かったようだ。

 まあ確かに、軍の使っている深海のような青のマントは、他に誰も使わないだろうな。

 それから間もなくして、軍の若い隊員が消えた、という事が話題に上った。

「そこで私は自分達が見た話を軍にしたんだが、それが反映される事はなく、間もなくしてリンカーンの両親が逮捕された」
「ハリーさんが見た《解放軍》の中に、リンカーンの両親と思しき人物はいませんでしたか?」
「いや、あの二人はそこまで特徴的な身体つきではないから、何とも言えん……ただ」

 ハリーが声を潜めた。

「ただ?」
「これは確定事項ではないから軍にも言っていないのだが、その中の一人はもしかしたら軍に所属しているかもしれない」
「え?」
「オリビア・ベルを知っているか?」
「はい。あのオレンジ髪の人ですよね?」

 本部で一度言葉を交わしている。
 あの時は綺麗な髪だな、としか思わなかったが。

「一瞬だがオレンジの髪が覗いたのは確かだ。その背格好も似ている気がしたのは先入観かもしれないが、あんなオレンジ髪はそう多くない」
「ただ、他人の空似、という可能性もあるんですよね?」
「それも十分にある。だから、軍には言わなかったんだ」

 ハリーが水を飲んで、一息吐いた。

「という事は、リンカーンの両親が実行犯かどうかはまだ分からないんですね?」
「ああ。ベラベラと話したが、どうやら私の憂さ晴らしに付き合わせる結果となってしまったようだね」
「そんな事はありません。貴重なお話、有難うございました」
「そう言ってくれると嬉しいよ」

 いや、本当に貴重だったよ。おっちゃん。

 それから世間話を少しして、私達はハリーの家を辞去した。

「息子達を宜しく頼みます」

 という言葉に、力強く頷きながら。







「有難う。助かったよ」

 本部に戻る途中、ベンジャミンに頭を下げられる。

「えっ、何がですか?」
「ハリーさんとの会話だよ。俺達がリンカーンの両親を主に聞いているかのように、その都度軌道修正してくれて有難う。特に最後とか」
「ああ」

 その事か。

「逆に不自然じゃなかったですか?」
「いや、大丈夫だと思うよ。自然だった。やっぱりライリーは凄いね」
「先輩は褒め上手ですね」

 何と返して良いのかわからず、私は少しつれない返事をしてしまった。
 それを察したのか、ベンジャミンが話題を変えてくれる。

「いやいや……それより、彼の話、どう思う?」
「息子二人の意見を鑑みても、取りあえず三人が《解放軍》を見たのは間違いないですね。問題はそれが拉致現場かどうか。オリビアさんがいたかどうか、ですが、それは彼女に直接聞いて確かめるのが良いと思います。どっちにしろ、彼の話を信じても、おそらくこちらに不利益はないですから。もしオリビアさんが白だった時に嫌われる可能性があるくらいです」
「うん。そう……だね」
「何か気になる事でも?」
「いや……もし彼が滴だったら、って考えてみたんだ。けど、何も思い付かなかった」
「ですよね。まあ、取りあえずはディランさん達に相談してみましょう」
「そうだね」

 私達は、歩く速度を少し上げた。







 協議の結果、オリビアにはシャーロットとディランが突撃する事になった。
 交渉術は彼らの方が上手だろうから、黙って任せる事にする。

「あの地図は頭に入っているか?」
「はい」

 ディランの確認に頷く。
 あの地図とは、シャーロットとディランが作成してくれたギーザのマップだ。
 それも、ただのマップではなく奇襲を受けやすい箇所をまとめたものだ。

「お前達は基本的にはスポットから出るな。もし万が一やむを得ない事情があって出たとしても、印の箇所には絶対に近付くなよ」
「了解です」

 ディランの口調がいつもより強い。
 絶対に成果を上げるという強い意志が感じられる。

「じゃあ」
「お気を付けて」
「ああ」

 二人は表情を引き締め、部屋から出て行った。

 しかし、五分もしないうちに二人は厳しい表情をして戻ってきた。
 すぐにバックを漁り出す。

 何かがあったのは明白だ。

「どうしました?」
「オリビアがいなくなった。ちょっと出てくるとだけ告げ、部屋を出て行ったそうだ」
「なっ⁉」

 このタイミングで、か。

「どうなさるつもりですか?」
「シエラ方面に向かったらしいから、勿論追うさ」
「罠の可能性もあります。というより、もし彼女が黒ならほぼ確実に罠があると思います」
「だろうな」

 シャーロットは肯定しながらも、準備の手を休めない。
 間もなくしてそれは終了した。

「それでも」

 バックを背負いながらシャーロットが口を開いた。

「ここで取り逃がすよりはマシだ」

 ああ。
 この眼は覚悟を決めた人のものだ。

 それが分かったから、私は一言だけ言った。

「お気を付けて」
「どうか、ご無事で」

 私に続いたベンジャミンの言葉も、二人の安全を気遣う短いものだった。

「ああ」

 今度はディランだけではなくシャーロットも頷き、二人は出て行った。







 それから少しして、私達は本部の中でゆったりと過ごしていた。

「おや。ライリーちゃんにディーン君じゃないか」

 ギーザ軍の正規隊員であるマーカスが、ニコニコと話しかけてくる。

「今日は子供達と遊ばないのかい?」
「はい。ちょっと連日で疲れてしまったので、今日は夜までゆったり過ごそうかと」
「ははっ! 流石の君達もあの無邪気さには勝てないか」
「可愛いんですけど、ちょっと、ね」
「まあ、そうだよな!」

 ゆっくり休めよ、と手を振り、マーカスは去っていった。
 いつもはもう少し話すので、彼なりに気を遣ったのだろう。

 それから少しして、ベンジャミンが話しかけてきた。

「眠くなってきたし、ちょっと散歩でもする?」
「ですね」

 頷いて立ち上がる。
 勿論散歩というのは名目で、外の見回りが目的だが。

 外は少し冷えていた。

「先輩、ちょっと顔が怖いです」
「ああ、ごめん……特に怪しい動きをしている人はいなさそうだね」
「ええ……あれ?」

 視界の隅に何かが横切った。

「どうした?」
「あれ……まさかっ」

 視界の隅に映ったのは、二人の人影。
 その後ろ姿には、見覚えがあった。

 ベンジャミンも気付いたようだ。

「ガブリエルさんとアレク……⁉」

 そう。
 その後ろ姿は食事処の店主のガブリエルと、その親友であるハリーの息子のアレクサンダーだった。
 二人はシエラと反対方向、ホルタンへと通じる森へと足を踏み入れた。

 その間柄から一緒にいるのは不思議ではないかもしれないが、今このタイミングで、というのは偶然で済まして良いものだろうか。

 私は決断した。

「あの二人を追います」
「いや、危険だよ。森だし」
「でも、あの地図ではこの森はそこまで危険じゃないってされていました。大丈夫。ちゃんと警戒はしますし、深追いはしませんから」
「……なら僕が」
「いえ。不測の事態を想定するなら、自己強化の出来る私の方が回避できる可能性が高いですから、私が行きます」
「……分かった」

 ベンジャミンが唇を噛みながら頷いた。
 私の言葉は無神経だっただろう。

「気を付けて。絶対に無事に戻ってきて」

 それでも彼は、頼もしい表情で激励の言葉をくれた。

「了解しました」

 だから私も、力強く頷いた。
 必ず帰ってくると、心に誓って。
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