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プロローグ
第3回
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清二は、目の前が真っ暗になった。
バラバラと、かつての陽子と自分の姿が、無残に崩れていくのが、手に取るように感じられる。
清二は、恐る恐る女の正面にかがみこんで息を飲んだ。
「陽子…」と、しおれて骨のように細くなった指先に触れた。
鼻はペシャンコで、顔は能面のように平たく、表情というものがまるでなかった。
かつての、生命に溢れた瞳に光はなく、ビー玉のような、焦点の合わない義眼が、そっぽを向いている。
「泣いているんですか」と女は不愉快そうに言った。
「ご存じかもしれませんけれど、私、過去がありません。ですから何も信じないことにしています。陽子と呼ばれるのもはたして本当の名前かどうかわかりませんし…。
父と名乗る男性も、いつもあなたのようにこうして泣いていました。私の前で随分と塞ぎこんでめったに人も呼ばなくなりました。
けれど、わたし、気まずく、苦痛でしかありませんでした。困ったものです。その父という方も亡くなりましたけどね」
「申し訳ありません、お嬢様」と、清二は涙を拭って立ち上がった。
「せっかくのお花見が台無しに。さあ、参りましょう。見事な花が咲いている、とっておきの場所がございますよ」
清二は、かつての執事に戻っていた。
ゆっくりと車を押していく。
大粒の花びらを、枝いっぱいに実らせて、大木が立っている。
軽やかな風が、枝を揺らせ、ぽつぽつと花が散る。
「まあまあ。なんていい匂いかしら。口に花が入ってしまいました」と、女は無邪気に両手を、天高く広げた。
清二は、思わずかつての少女と重ねながら、
「ちょっとお話をしてもよろしいでしょうか?」と言った。
「ええ。どんなお話?面白いかしら?」
「そう願います」と彼は静かに言った。
「それは、もう二十七年前になります。そう、あなたがまだ生まれる前のことです」
バラバラと、かつての陽子と自分の姿が、無残に崩れていくのが、手に取るように感じられる。
清二は、恐る恐る女の正面にかがみこんで息を飲んだ。
「陽子…」と、しおれて骨のように細くなった指先に触れた。
鼻はペシャンコで、顔は能面のように平たく、表情というものがまるでなかった。
かつての、生命に溢れた瞳に光はなく、ビー玉のような、焦点の合わない義眼が、そっぽを向いている。
「泣いているんですか」と女は不愉快そうに言った。
「ご存じかもしれませんけれど、私、過去がありません。ですから何も信じないことにしています。陽子と呼ばれるのもはたして本当の名前かどうかわかりませんし…。
父と名乗る男性も、いつもあなたのようにこうして泣いていました。私の前で随分と塞ぎこんでめったに人も呼ばなくなりました。
けれど、わたし、気まずく、苦痛でしかありませんでした。困ったものです。その父という方も亡くなりましたけどね」
「申し訳ありません、お嬢様」と、清二は涙を拭って立ち上がった。
「せっかくのお花見が台無しに。さあ、参りましょう。見事な花が咲いている、とっておきの場所がございますよ」
清二は、かつての執事に戻っていた。
ゆっくりと車を押していく。
大粒の花びらを、枝いっぱいに実らせて、大木が立っている。
軽やかな風が、枝を揺らせ、ぽつぽつと花が散る。
「まあまあ。なんていい匂いかしら。口に花が入ってしまいました」と、女は無邪気に両手を、天高く広げた。
清二は、思わずかつての少女と重ねながら、
「ちょっとお話をしてもよろしいでしょうか?」と言った。
「ええ。どんなお話?面白いかしら?」
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「それは、もう二十七年前になります。そう、あなたがまだ生まれる前のことです」
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