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13.だんまりの理由

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「どうぞ。散らかってますが」

「お邪魔しま~す」

家に着き、咲良は片付けながら夏木を通す。

「咲凪、おもちゃを片付けてね」

「うん、いーよ」

咲凪も手伝ってくれて、なんとかお客さんをあげられるくらいにはなる。

「おー、綺麗じゃん」

「そういえば、初めてでしたね」

あれだけ親しくしていて、休みの日には3人で遊びにも行くくらいなのに。

お互いの家を行き来することはなかった。

あくまでも会社の上司。

咲良がそのスタンスを崩さなかったからだろうか。

「じゃあ、すぐ作りますので。咲凪、夏木さんと待っててね」

「うん。おぃちゃ、ぇほん」

「ん?絵本読むのか?」

夏木にもものおじすることなく絵本を読むように頼む。

立石にも、これくらいとまではいかなくても、少しくらいその愛想があればいいのに。

そう思ってしまうのは、親のエゴだろうか。

「こぇね、おしめしゃまにゃの」

「お姫様な」

「こっち、おーしゃま。おしめしゃまの、ぱぱ」

父親がパパということは知っているらしい。

「咲凪ちゃんのパパは、どこにいるんだ?」

夏木がなかなかに突っ込んだことを聞いた。

「ぇほんのにゃか」

「え?」

驚いたのは咲良だった。

「絵本の中にいるのか?」

「ん。たっといーよぉ」

「かっこいい?」

「ん」

まさかそう思っていたとは。

絵本に子育てを任せすぎたか。

「咲凪ちゃんは、パパに会いたいってならないのか?」

「……うん」

少しだけ間が開いた。

咲良がいるキッチンからは、表情がよく見えない。

「しゃぁたん、まってぅ」

「待ってる?」

「ん。ぱぱ」

「パパを、待ってる?」

どういうことだろう。

すぐにでも駆け寄って、その言葉の意味を問いたい。

でも、咲凪の言葉で説明できるだろうか。

夏木に任せている方がいいだろう。

「咲凪ちゃんのパパは、どんなパパなんだ?」

「んー……」

それには咲凪の不満そうな声が答えた。

「あぁ、ごめん。もう嫌なんだな。ごめんな」

あんまりしつこくしすぎたか。

夏木もそれ以上は聞かず、咲良の方に困った顔で首を振った。

でも、わかったことがある。

咲凪にとって、きっと父親はもう既にいる。

パパだよ、といっても、きっと拒否するのだろう。

こんなに懐いている夏木を、パパじゃないと言ったくらいだ。

それなら、『パパ』を求めてはいけない。

父親役ができる男性、母の友人、くらいに留めておけばいい。

咲良はそう方向を変えた。



大好きなカレーライスを食べ終えた咲凪は、本を読んでいる間に眠ってしまった。

そんな娘に、咲良はお気に入りのタオルケットをかけてあげる。

「なぁ、佐山」

その時、夏木に声をかけられた。

「どうしたんですか?主任」

「おいおい、プライベートまでそれはないだろ」

「夏木さんって呼べばいいですか?」

「まぁ、そうだな」

夏木は、咲良に対する呼び方を仕事とプライベートでわけないのに。

その言葉は飲み込む。

「じゃあ、どうしたんですか?夏木さん」

「あのさ」

「はい」

なぜか夏木は言い辛そうにしていた。

咲良は首をかしげる。

2人の関係のどこに、言葉を躊躇う必要があるのだろう。

「……その……」

よどみながら、ゆっくりと言葉を紡ぎ出す。

「俺じゃ、ダメか?」

「……どういう意味ですか?」

なんとなく意味はわかった。

わかっていた。

でも、気づかないふりをしたかった。

「咲凪ちゃんの父親役」

それでも、夏木は続ける。

「俺じゃダメか?」

真っ直ぐな目だった。

お菓子をねだる咲凪と重なる、子犬のような目だ。

ダメとも、いいとも、言えなかった。

「俺なら、咲凪ちゃんだって嫌がらないと思う」

「……聞いたでしょう。あの子にとっての父親は、もう必要ないって」

「だからって、実の父親に会わせるのか?」

真っ直ぐに見据えるような視線に、咲良の方が目を逸らす。

「お前は何も言わないけどさ、たぶん、会わせられるような父親じゃないんだろ」

「それは……」

なぜ気づくのだろう。

咲良の方から、かつて付き合った男について触れたことは一度もない。

夏木から聞かれたこともなかった。

「咲凪ちゃんはまだ3歳だ。最初は嫌がるかもしれないけど、いつかは認めてくれるかもしれないだろ」

「そんなの、わかりませんよ」

大人の希望でしかないそんな妄想を、幼い子どもに託すことなどできない。

「それに、わたしはどうなるんですか?咲凪の父親役になるということは、わたしと結婚するってことですよ。それでもいいんですか?」

「俺はいいけど?」

それは当然のように頷かれた。

「好きでもない女のために、わざわざ水族館の招待チケットを買ったりするかって」

「……買ったんですか、あれ」

「……まぁな」

もらったと言っていたのに。

「わたしで、いいんですか?」

「どういう意味だ?」

「家事は一通りできますけど、それくらいですよ。わたしの長所なんて」

「他にもあるだろ」

「子持ちとか、施設育ちとか、婚活で敬遠されるワードもいくつもあります」

「どっちも知ってるし、だからなんだ?佐山は佐山、咲凪ちゃんは咲凪ちゃんだろ」

それは、咲良がほしい言葉だった。

どんなに子どものためを思って父親役を探していても、やっぱり自分は自分。

佐山咲良を1人の人間として認めてくれる人がほしかった。

それが、まさかこんなに近くにいたとは。
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