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14.咲良の返事

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「まさか婚活してたとはね……」

その日は、水瀬家にお呼ばれしていた。

子どもたちが遊ぶそばで、母親2人はゆっくり語らう。

「黙っててすみません。咲凪を預かってもらったのに……」

「いいって、いいって。デリケートなことだし、簡単には言えないよね」

百合の軽く受け流すような言葉が嬉しい。

「それで?いい人いたの?」

「一応……。でも、この前お断りの連絡をしました」

「え、なんで?」

次の瞬間、

「きゃーーー!」

つつじの元気な声が耳をつんざく。

「つつじ、走り回らないよ。咲凪ちゃんびっくりしちゃうでしょ」

「はーい!」

咲凪では絶対ありえない行為に、咲良は微笑む。

咲凪はというと、水瀬家にしかない本を貸してもらって広げている。

「実は、咲凪があんまり乗り気じゃなくて」

「父親がほしくなかったってこと?」

「たぶんそうだと思います。まだ咲凪のタイミングではなかったのかなって」

「なるほどね」

つつじには父親もいて、夫婦そろって子育てしている。

ただ仕事が忙しいようで、咲良もほとんど会ったことがない人だ。

「でも、職場の上司に告白されて」

「は?」

聞き返されてしまった。

「え、待って、待って。どういうこと?」

百合のそのテンションは、どこか懐かしさを感じる。

学生時代の恋愛話がこんな感じだったなと思い出しながら、

「元々親しくしていて、咲凪も懐いていたんです。それで、父親役ならできるって」

「え~、いいじゃん、いいじゃん。で、咲良ちゃんはなんて?」

「それなら……って感じです。咲凪も懐いている人ですし……」

「咲良ちゃん自身はどうなの?」

そう言われて、ドキリとした。

正直なところ、よくわかっていない。

大学時代のあの恋愛以来、恋愛感情というものに自信がなくなった。

彼のことが本当に好きだったのか、今となってはわからない。

実はそうでもなかったから、あの時、脅されてあっさりと引けたのではないか。

だから、今の彼、夏木大輔のことも、正直どう思っているのか、自分でもわからなかった。

「たぶん、好きだと思います」

咲良はあたりさわりのない答えを選んだ。

「ふぅん……」

百合はニヤニヤと笑いながら答えた。

「悪くは思ってないみたいだね」

「まぁ、そうですね」

悪くはない。確かにそれが、正直な感想だ。

「でも、よかった。無茶な婚活まではいかなくて」

「どういうことですか?」

「たまにいるんだよ。結婚することが目標になって、結婚した後のことを考えてない人。シンママの噂とか、園で回りやすいからね」

こども園にもシングルマザーは咲良のほかにも数人いて、その噂話を聞いたことはある。

結局噂話程度なのであまり興味が持てず、かかわりもないままになっていることが多かった。

「一番悲惨なのは、子ども好きだからって理由で結婚したのに、実際は虐待する人だった、とかだよね」

「……」

悲惨すぎる。考えたくもない。

「だからさ、咲良ちゃんがそういうことにならなくてよかったって。あ、信じてないわけじゃないからね?」

「わかってますよ。心配してくださって、ありがとうございます」

百合はサバサバ系だが、決して悪い人ではない。

それがわかっているから、咲良は心の底からお礼が言えた。



「今日はありがとうございました」

「こちらこそ、楽しかった」

水瀬家を出るギリギリまで、咲凪とつつじは遊んでいた。

「つつじ、もう終わり」

「咲凪、帰ろうか」

母親たちがそれぞれの娘を呼び、ようやく

「しゃなちゃ、ばいばい」

「ちゅちゅじちゃ、ばいばい」

とお別れが言える。

「咲凪、楽しかったね」

「うん」

帰り道、咲凪の足取りが軽かった。

よほど楽しかったのだろうと、咲良は微笑む。

「まま、ちゅちゅぃちゃんち、またいく?」

「そうだね。また遊びに行こうね」

そんな話をしながら、道を歩く。

「あ、咲凪、お買い物してもいい?」

「うん」

途中で見えたスーパーに入り、必要な食材を買っていく。

「咲凪、何食べたい?」

「おににり」

「おにぎり?」

それでは家にあるものでできるではないか。

「じゃあうどんとおにぎりにしようか」

冷凍のうどんをカゴに入れる。

最後にお菓子コーナーを一巡りして、買い物は終了だ。

「咲凪、先に行かないでね」

「えほんよむの」

「絵本はお家で待ってるから、ゆっくり帰ろう」

ついつい買いすぎてしまった。

大きな荷物を手に、どんどん進んでいく子どもを追いかけるのは大変だ。

気づけば数メートルの間ができていた。

「咲凪、早いよ。ちょっと待って」

そう声をかけて、咲凪が止まった瞬間だった。

キイイイィィ

鋭いブレーキ音とともに、物陰から自転車が飛び出してくる。

「咲凪!」

咲良が叫ぶと同時に、何かが咲凪を抱きしめて飛んだ。

「咲凪!咲凪!」

荷物を放り投げて駆け寄る咲良は、それが男性であると気づく。

「……ま……」

驚いて手を伸ばす咲凪を抱きしめる。

よかった。確かに感触はある。夢じゃない。

「ありがとうございます!」

助けてくれたお礼を言って顔を上げた時だった。

「……さくら」

懐かしい声が響いた。
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