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15.再会
「……さくら」
懐かしい声。
もう何年も聞いていない。
それなのに、耳に残って消えなかった声。
「……なん……で……?」
声が震える。
「やっと、見つけた」
彼は優しく微笑んだ。
「来ないで!」
伸ばされた手を、鋭い声で拒む。
娘を抱きしめる手に、自然と力が入った。
その時だった。
「……ぱぱ?」
咲良の腕の中から聞こえた、小さく苦しそうな声。
咲良がハッと腕を緩めると、その隙に咲凪が抜け出す。
そして、彼の前に立った。
「ぱぱれしゅか?」
彼も反応できずに固まる。
その中でも咲凪は、真っ直ぐに彼を見上げ、人見知りすることなく、
「しゃぁたんの、ぱぱれしゅか?」
ともう一度たずねた。
それでも何度も確かめる声に、彼の目がフッと笑った。
「はい、そうです」
「やめて!」
咲良が娘を抱き寄せる。
「帰ろうね」
荷物を取りに戻るのも忘れ、咲良は娘を抱き上げて踵を返す。
「待って」
しかし、その一言が、咲良の足を引いた。
「話がしたい」
あぁ。
なんでこの声に、この言葉に、こんなにも弱いのだろう。
彼は、娘を奪いに来たかもしれないのに。
「まま、ぱぱ……」
咲凪も、ようやく会えた父親に、甘えようとしている。
困ったように父がいることを母に伝えようと呼ぶ。
いつもは人見知りなのに。
なぜ会ったこともない人を、パパだと呼べるのか。
「……わかった」
ようやく咲良は頷いた。
娘のためだと言い聞かせる。
「ぱっぱ。ぱぱ」
近くの公園のベンチで、咲凪は彼の膝に座り、ご機嫌だった。
「お名前は?」
彼もごく自然に咲凪を受け入れている。
「しゃぁたん」
「さぁちゃん?」
「んーん」
「咲凪」
上手く伝えられない咲凪に代わり、咲良が教える。
「さな……そっか、咲凪ちゃんか」
「うん」
もう一度呼ばれて、咲凪は満足そうにうなずいた。
「咲凪、ママはこの人とお話があるから、遊んでおいで」
「……ん」
咲凪は少し不満そうに離れていく。
「どうして?」
咲良は即座に聞いた。
「どうして、ここに?」
「咲良たちを迎えに来たんだよ」
彼は迷うことなく答える。
「咲凪がいることを知ってたの?」
「産んでくれていることは知らなかったけど、妊娠していることは知っていた」
がんっとした衝撃だった。
「いつから……?」
「咲良が産婦人科に入っていくところをたまたま見た友人が、教えてくれたんだ」
そんな前から知られていたなんて。
でも、まだ言える。
「咲凪は、拓海くんの子じゃない」
大丈夫。頭の中で何度もやった練習通りに。
そう考えるだけで、不思議と落ち着いていた。
「結婚はしてないけど、お付き合いしている人がいるの。咲凪は、その人の子だよ」
「じゃあ……」
「あの時の子はおろしたの」
何か言われる前に、一息で続ける。
「わかったら、帰って。そして、もう二度と来ないで。咲凪を混乱させたくないの」
彼は寂しそうに笑った。
「理由を聞いてもいい?」
「なに?」
「おろした理由」
「……別れた男の子どもを産みたいと思うと思った?」
残酷な言葉だ。
うそでも言いたくなかった。
でも、彼を拒絶するためだけに、こんな言葉を口にしてしまう。
「じゃあ、どうしてあの子は僕のことをパパって呼ぶの?」
「知らない。子どもの言葉なんて信用しないで」
違う。違う。
心の中ではそう叫びながら、思ってもない言葉を連ねる。
「……やっぱり、君は優しすぎるよ」
そんな寂しそうな声が聞こえたと思った瞬間、彼女は優しい温もりに包まれていた。
「そんな顔で、言いたくもない嘘を吐かないで」
「やめ……離して……っ」
言葉が滲む。
懐かしい温もり。懐かしい匂い。
それだけで、目の奥が大量の涙を量産する。
「安心して。君を脅した人間はもういない」
「……え?」
なぜそれを知っているの?
咲良は耳を疑った。
「だから、もう大丈夫だよ。咲良も、あの子も、傷つけさせない」
「どういう、こと?」
その声には、驚きとわずかな恐怖、そしてそれよりも小さな喜びが混ざる。
「勘当されたんだ」
彼は一人息子だったはずだ。
そして、婚約者もいたはず。
「だから、もう何も、心配することはないんだよ」
「ま……っ、まって……」
声が震える。
いったいどういうことだろう。
何もわからない。
あの日、咲良が去った後、いったい何が起きたのだろう。
「母が咲良を脅したんだろう?」
咲良の戸惑いを見破ったのか、彼は優しい声でそう聞いてきた。
なぜ知っているのだろう。
あの人が息子に話した?
とてもじゃないが、そんなことをするような人には見えなかった。
「……だから、なに?」
口から出た声は、相変わらず震えていた。
「あなたが勘当されたからって関係ない。咲凪の父親は別にいるの」
「……あくまでもその嘘を突き通すわけだね」
「嘘じゃない。本当の話よ」
「じゃあDNA鑑定でもするかい?」
「……っ」
そんなことはできない。
「嘘だよ。そんなことをしなくても、わかってる」
「わかってるって……なにが……」
「それに、他の男の子どもでも関係ないよ。僕は咲良とあの子を守るために来たんだ」
よくわからない。いったい何を言われているのだろう。
「咲良、一緒に暮らそう」
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