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「え!睦月さん、健太君と知り合いだったの?」
真琴も驚いたように睦月さんに尋ねる。
「知り合いって言うか、前にここで飲んでた時に隣あって一緒に飲んだんだよね。もしかして、同郷なの?」
「そうなんですよ。俺達幼なじみで。まさかこっちで会うなんて思ってなかったですけど」
健太はそう言って明るく笑う。大人になっても雰囲気は変わらない。いつもクラスの中心にいたあの頃と同じだ。
「え……て言うか、そこにいるの、もしかして咲月?」
話題に入らず俯いたままだった私は、健太にそう声を掛けられて少し肩を揺らす。気づかないままでいて欲しいなんて、この状態では無理だった。
健太は私の方までやって来ると、何事もないように私に話しかけてきた。
「咲月こそ久しぶりだよな!もしかして中学以来?全然見かけなかったし、元気だったか?」
私はあのときから、健太を避けてきた。小学生の頃からずっとだ。中学までは同じ学校だったけど、幸いにも高校は別だった。だから、会わなくて済んだ。なのに、何で今頃、田舎から離れた場所で顔を合わせなくちゃいけないんだろう。
本当は顔など見せたくなかった。私を見て、なんて言うのか怖い。けれど、顔を上げないわけにもいかず、私は恐る恐る健太を見上げた。
「あ……」
そこには大人になった健太がいた。見慣れないスーツ姿だけど、それがちゃんと様になっている。私はそれに流れた月日の長さを感じた。
喉に声が張り付いて出てこないまま、私は無言で健太を見上げていた。そんな私を気にする様子もなく、健太は笑顔になり言った。
「咲月、変わってねーな」
その言葉に、心臓がギュッとなる。そして、もう何年も昔の事なのに、忘れられない言葉を思い出した。
『ブスはブスのままだな!』
今思えば、小学生の男の子にはありがちな揶揄い。でもそれが、私を傷つけて、今でもトラウマになっているだなんて、健太は考えてもいないだろう。
「私……、帰る。かんちゃん……犬に餌置いてくるの忘れたの」
下を向いて立ち上がると、置いていたコートとバッグを引っ掴む。
「ごめん。真琴、後で返すから私の分も払っといて」
それだけ言い捨てて、みんなの顔を見ることなく私は出口に向かう。
「えっ!咲月?」
「さっちゃん!」
真琴と睦月さんの慌てた様な声を背にしながら、私は振り返らず店の引き戸を開けて外に飛び出した。
すっかり暗くなった夜の街。クリスマスを楽しむ人が、佇む私の横を通り過ぎていく。
はぁ……と息を吐くと、白く変わった息が、煙のように立ち上った。
どうしよう……
何も考えずに飛び出してしまった事を、今頃悔やもうがもう遅い。こんな年になっても自分が抑えられなくて恥ずかしくなってしまう。
睦月さん、呆れたんだろうな……
店を出てすぐのところで立ち止まったまま、私はコートを羽織る。
後ろからガラガラっと引き戸が勢いよく開いた音がすると、誰かがこちらに近寄ってくる気配がした。
「咲月!」
様子を伺う様に少し離れたところに立ち止まった健太は私に呼びかけた。
「……久しぶりだったのに、ごめんなさい……」
振り返る事なく、何とか声を絞りだりして私が謝ると、ゆっくりと健太が近づいて来る気配がして私は身を固くした。
「あの、俺……何かした?」
やっぱり忘れてるんだな
そんなものだ。健太だって、私を傷つけようだなんて思ってなかった筈だ。もしかしたら、自分自身だって、知らないうちに誰かを傷つけているかも知れない。だから、自分ばかり被害者みたいな顔をするのはお門違いだと思う。そんな事、分かっているけれど、心の整理などすぐに付くわけはない。
「……なんでもない。気にしないで」
「気にするだろ!俺の事、ずっと避けてただろ?気のせいだと思ってたけど、やっぱりそうじゃなかった」
焦燥感を抑えきれないといった感じの健太の声が背後からする。でも、私は振り向く事など出来なかった。
「咲月!」
私の背中に腕が伸びてくる気配がしたかと思うと、ふっとそれが和らいだ。
「健太君。ごめんね」
穏やかな睦月さんの声が聞こえて、私の背中に温かな気配を感じた。
「あ……の……」
我に返ったような健太の呟きに続いて、睦月さんは続ける。
「さっちゃんは俺がちゃんと送り届けるから安心して?」
いつもと変わらないゆっくりとした口調。それを聞くだけで、肩に入った力が抜けていくような気がした。
「でも俺、咲月に何も聞けてなくて。気になります」
毒気を抜かれ落ち着いたのか、健太は静かにそう言った。
「あのさ……。人って、自分が思ってもないところで傷ついたり傷つけたりするんだよね。俺は2人の間に何があったのかは知らない。でもさっちゃんが、健太君に傷つけられた事があるのは見てて分かる。責めてるわけじゃないよ?でも、今はそっとしておいて欲しい」
それを聞いた健太は、「はい……」と暗く返事をすると、そのまま私達から離れ、店に戻って行った。
私は睦月さんに背中を向けたまま俯いていた。
堪えようと思っても堪えきれない。
私の気持ちを全部分かってくれている人の温かさに救われて、私の瞳からはどんどんと涙の雫が溢れ落ちていた。
真琴も驚いたように睦月さんに尋ねる。
「知り合いって言うか、前にここで飲んでた時に隣あって一緒に飲んだんだよね。もしかして、同郷なの?」
「そうなんですよ。俺達幼なじみで。まさかこっちで会うなんて思ってなかったですけど」
健太はそう言って明るく笑う。大人になっても雰囲気は変わらない。いつもクラスの中心にいたあの頃と同じだ。
「え……て言うか、そこにいるの、もしかして咲月?」
話題に入らず俯いたままだった私は、健太にそう声を掛けられて少し肩を揺らす。気づかないままでいて欲しいなんて、この状態では無理だった。
健太は私の方までやって来ると、何事もないように私に話しかけてきた。
「咲月こそ久しぶりだよな!もしかして中学以来?全然見かけなかったし、元気だったか?」
私はあのときから、健太を避けてきた。小学生の頃からずっとだ。中学までは同じ学校だったけど、幸いにも高校は別だった。だから、会わなくて済んだ。なのに、何で今頃、田舎から離れた場所で顔を合わせなくちゃいけないんだろう。
本当は顔など見せたくなかった。私を見て、なんて言うのか怖い。けれど、顔を上げないわけにもいかず、私は恐る恐る健太を見上げた。
「あ……」
そこには大人になった健太がいた。見慣れないスーツ姿だけど、それがちゃんと様になっている。私はそれに流れた月日の長さを感じた。
喉に声が張り付いて出てこないまま、私は無言で健太を見上げていた。そんな私を気にする様子もなく、健太は笑顔になり言った。
「咲月、変わってねーな」
その言葉に、心臓がギュッとなる。そして、もう何年も昔の事なのに、忘れられない言葉を思い出した。
『ブスはブスのままだな!』
今思えば、小学生の男の子にはありがちな揶揄い。でもそれが、私を傷つけて、今でもトラウマになっているだなんて、健太は考えてもいないだろう。
「私……、帰る。かんちゃん……犬に餌置いてくるの忘れたの」
下を向いて立ち上がると、置いていたコートとバッグを引っ掴む。
「ごめん。真琴、後で返すから私の分も払っといて」
それだけ言い捨てて、みんなの顔を見ることなく私は出口に向かう。
「えっ!咲月?」
「さっちゃん!」
真琴と睦月さんの慌てた様な声を背にしながら、私は振り返らず店の引き戸を開けて外に飛び出した。
すっかり暗くなった夜の街。クリスマスを楽しむ人が、佇む私の横を通り過ぎていく。
はぁ……と息を吐くと、白く変わった息が、煙のように立ち上った。
どうしよう……
何も考えずに飛び出してしまった事を、今頃悔やもうがもう遅い。こんな年になっても自分が抑えられなくて恥ずかしくなってしまう。
睦月さん、呆れたんだろうな……
店を出てすぐのところで立ち止まったまま、私はコートを羽織る。
後ろからガラガラっと引き戸が勢いよく開いた音がすると、誰かがこちらに近寄ってくる気配がした。
「咲月!」
様子を伺う様に少し離れたところに立ち止まった健太は私に呼びかけた。
「……久しぶりだったのに、ごめんなさい……」
振り返る事なく、何とか声を絞りだりして私が謝ると、ゆっくりと健太が近づいて来る気配がして私は身を固くした。
「あの、俺……何かした?」
やっぱり忘れてるんだな
そんなものだ。健太だって、私を傷つけようだなんて思ってなかった筈だ。もしかしたら、自分自身だって、知らないうちに誰かを傷つけているかも知れない。だから、自分ばかり被害者みたいな顔をするのはお門違いだと思う。そんな事、分かっているけれど、心の整理などすぐに付くわけはない。
「……なんでもない。気にしないで」
「気にするだろ!俺の事、ずっと避けてただろ?気のせいだと思ってたけど、やっぱりそうじゃなかった」
焦燥感を抑えきれないといった感じの健太の声が背後からする。でも、私は振り向く事など出来なかった。
「咲月!」
私の背中に腕が伸びてくる気配がしたかと思うと、ふっとそれが和らいだ。
「健太君。ごめんね」
穏やかな睦月さんの声が聞こえて、私の背中に温かな気配を感じた。
「あ……の……」
我に返ったような健太の呟きに続いて、睦月さんは続ける。
「さっちゃんは俺がちゃんと送り届けるから安心して?」
いつもと変わらないゆっくりとした口調。それを聞くだけで、肩に入った力が抜けていくような気がした。
「でも俺、咲月に何も聞けてなくて。気になります」
毒気を抜かれ落ち着いたのか、健太は静かにそう言った。
「あのさ……。人って、自分が思ってもないところで傷ついたり傷つけたりするんだよね。俺は2人の間に何があったのかは知らない。でもさっちゃんが、健太君に傷つけられた事があるのは見てて分かる。責めてるわけじゃないよ?でも、今はそっとしておいて欲しい」
それを聞いた健太は、「はい……」と暗く返事をすると、そのまま私達から離れ、店に戻って行った。
私は睦月さんに背中を向けたまま俯いていた。
堪えようと思っても堪えきれない。
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