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3匹の不思議な猫
第10話:迷子の手紙と猫の背中
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駄菓子屋の掲示板に、小さな封筒が画鋲で留められていた。
角に猫のシール、表には丸い字で——『まいごのてがみ』。
封の下には、震える鉛筆書き。
『ぼくは みどりこうえんの すべりだいのしたにいます
くらいのは すこしこわいです
ねこさん せなかにのせてください
りく』
路地裏ポストの内側にいた三匹は、紙から立ち上る匂いを嗅いだ。
砂、鉄、雨上がりのゴム、そして——子どものシャンプー。
「公園だ」ミスケがひげを震わせる。
「“ここにいる”って言ってるのに、声が届いてない匂い」あんこが目を細めた。
「行こう」源さんが尾を立て、掲示板の下に落ちていた白いチョークの欠片をくわえた。
みどり公園は、街灯が数本だけ灯っていた。
砂場は夜の色に浅く沈み、ブランコの鎖が低く鳴る。
滑り台の影に、小さな丸い背中。膝を抱え、黒い猫のぬいぐるみをぎゅうっと抱きしめている。
「りく」
声は届かない。けれど、三匹がそばに寄ると、薄暗がりの目がぱちりと開いた。
「……ねこさん」
唇が少し緩む。
ミスケが鼻先で挨拶し、あんこがそっと横に座って体温を分ける。源さんは滑り台のふもとに“→”とチョークで矢印を描いた。
「おかあさんは?」
りくは首を横に振る。「けいたい、わからなくなって……」
ランドセルの小さなポケットから、折り畳まれたメモが出てきた。
そこには母の名前と苗字、住所、電話番号。——でも、りくは数字を間違えずに押す自信がない。夜の数字は昼より深くて、ちょっとこわい。
「“最後の一歩”は、ここから声を出すこと」あんこが喉を鳴らす。
「でも、呼ぶ相手に、道しるべがいる」源さんがチョークを振って見せた。
三匹は公園を飛び出した。
商店街までの道に、白い矢印を少しずつ置いていく。
角には『→ りく』と小さく書き添え、排水溝の手前には『ここ気をつけて』と矢印の先を二重にした。
駄菓子屋の前へ戻ると、掲示板の封筒の下にメモが増えていた。
『さっきの手紙、見ました。交番にも知らせました。——店主』
店の前で、不安そうに立つ女性がひとり。肩にカーディガン、手にはハンカチ。
「りく……」
名を呼ぶ声が、細いけれどまっすぐだった。
ミスケが女性の足元に擦り寄り、矢印の先を見せる。源さんが一声、短く鳴いて、先導する。
交番から若い巡査も走ってきた。
「矢印……?」
あんこが足元で丸くなり、しっぽで“→”をなぞる。
「猫さんたちの案内か」巡査は苦笑し、女性に頷いた。「行きましょう」
風の通り道に沿って、矢印が続く。
コンビニの角、横断歩道の手前、ベンチの脇。矢印は迷いそうな場所にだけ、ふっと現れる。
みどり公園の入口で、最後の矢印が滑り台へ向かって曲がった。
「りく!」
女性の声が、夜の葉を震わせる。
そのころ、公園の滑り台の影で。
りくは、黒いぬいぐるみの背中を撫でながら、ミスケに顔を寄せた。
「ねこさん、せなか、かしてください」
ミスケは短く鳴き、そっと胸を張った。
りくはミスケの背を机にして、封筒から便せんを一枚取り出し、鉛筆を握る。
『ここにいるよ。こわいけど、いま、こえをだします』
文字は曲がって、ところどころ潰れて、でも、まっすぐだった。
あんこが喉を鳴らし、源さんが滑り台のはしごを一段のぼって、上から公園を見渡す。
「りく!」
呼ぶ声が、今度は近い。
りくは顔を上げ、ミスケの背から鉛筆を離した。
胸のどこかで固まっていた石が、小さく転がる音がする。
「ここだよ!」
その一言は、自分に向けた合図でもあった。
滑り台の影から、りくが出る。ぬいぐるみを抱え、便せんを握りしめて。
女性は走り寄り、膝をついて抱きしめた。
「ごめんね、ごめんね。ありがとう、声、聞こえたよ」
巡査がひと息ついて、周りを見回す。「みんな、ありがとう」
ミスケは小さくあくびし、源さんはチョークの欠片をそっと砂に埋め、あんこはりくの手の甲に鼻先を触れた。温かい。
ベンチに並んで座ると、りくは便せんを母に差し出した。
『ここにいるよ こわいけど いま こえをだします』
母は笑って、涙でにじんだ文字を指でそっとなぞる。
「りく、すごい“最後の一歩”だったね」
巡査がうなずく。「お母さん、このまま交番で連絡だけ整理しましょう。帰り道、矢印は僕が消しておきます」
「じゃあ、こっちは——」源さんが砂をかいて、最後の矢印の先に『◎配達済』と丸を描いた。
りくがくすっと笑う。
「ねこさん、かっこいい」
帰り道、駄菓子屋の掲示板に新しい封筒が増えた。
猫のシール、丸い字。
『みつけてくれて ありがとう
ねこさんのせなか あったかかったです
りく』
店主は封筒の横に小さな紙を足した。
『“迷子の手紙”は ここに来れば だいじょうぶ』
その横に、丸い押し印——港写真店の角印、コペパン堂の“準備中”の判、神田時計店の
「いつでも調整します」。商店街の時間と匂いが、封筒のまわりに輪になった。
公園の出口で、三匹はふり返った。
滑り台の影は薄く、空は少しだけ明るくなっている。
「配達、成功だね」
源さんが尻尾をゆるく揺らす。
「わたしたち、何を配達したんだろう」
あんこがミスケの背を撫でる。
「背中のあいだ」
ミスケが答えた。
「紙と声のあいだに、のっかる勇気」
風がまたひとつ、方向を変えた。
商店街の端で、ガラスに当たる柔らかい雨の音。
透明なものが、街灯をぼんやりと滲ませる。
「雨傘の匂い」
あんこが鼻をすんと鳴らす。
「ビニールと、濡れた石畳、そして……手の温度」
「次は——透明な雨傘の向こう」
源さんが夜の端を見上げる。
三匹は、にじむ灯りの下をくぐり、路地裏ポストへ帰っていった。
角に猫のシール、表には丸い字で——『まいごのてがみ』。
封の下には、震える鉛筆書き。
『ぼくは みどりこうえんの すべりだいのしたにいます
くらいのは すこしこわいです
ねこさん せなかにのせてください
りく』
路地裏ポストの内側にいた三匹は、紙から立ち上る匂いを嗅いだ。
砂、鉄、雨上がりのゴム、そして——子どものシャンプー。
「公園だ」ミスケがひげを震わせる。
「“ここにいる”って言ってるのに、声が届いてない匂い」あんこが目を細めた。
「行こう」源さんが尾を立て、掲示板の下に落ちていた白いチョークの欠片をくわえた。
みどり公園は、街灯が数本だけ灯っていた。
砂場は夜の色に浅く沈み、ブランコの鎖が低く鳴る。
滑り台の影に、小さな丸い背中。膝を抱え、黒い猫のぬいぐるみをぎゅうっと抱きしめている。
「りく」
声は届かない。けれど、三匹がそばに寄ると、薄暗がりの目がぱちりと開いた。
「……ねこさん」
唇が少し緩む。
ミスケが鼻先で挨拶し、あんこがそっと横に座って体温を分ける。源さんは滑り台のふもとに“→”とチョークで矢印を描いた。
「おかあさんは?」
りくは首を横に振る。「けいたい、わからなくなって……」
ランドセルの小さなポケットから、折り畳まれたメモが出てきた。
そこには母の名前と苗字、住所、電話番号。——でも、りくは数字を間違えずに押す自信がない。夜の数字は昼より深くて、ちょっとこわい。
「“最後の一歩”は、ここから声を出すこと」あんこが喉を鳴らす。
「でも、呼ぶ相手に、道しるべがいる」源さんがチョークを振って見せた。
三匹は公園を飛び出した。
商店街までの道に、白い矢印を少しずつ置いていく。
角には『→ りく』と小さく書き添え、排水溝の手前には『ここ気をつけて』と矢印の先を二重にした。
駄菓子屋の前へ戻ると、掲示板の封筒の下にメモが増えていた。
『さっきの手紙、見ました。交番にも知らせました。——店主』
店の前で、不安そうに立つ女性がひとり。肩にカーディガン、手にはハンカチ。
「りく……」
名を呼ぶ声が、細いけれどまっすぐだった。
ミスケが女性の足元に擦り寄り、矢印の先を見せる。源さんが一声、短く鳴いて、先導する。
交番から若い巡査も走ってきた。
「矢印……?」
あんこが足元で丸くなり、しっぽで“→”をなぞる。
「猫さんたちの案内か」巡査は苦笑し、女性に頷いた。「行きましょう」
風の通り道に沿って、矢印が続く。
コンビニの角、横断歩道の手前、ベンチの脇。矢印は迷いそうな場所にだけ、ふっと現れる。
みどり公園の入口で、最後の矢印が滑り台へ向かって曲がった。
「りく!」
女性の声が、夜の葉を震わせる。
そのころ、公園の滑り台の影で。
りくは、黒いぬいぐるみの背中を撫でながら、ミスケに顔を寄せた。
「ねこさん、せなか、かしてください」
ミスケは短く鳴き、そっと胸を張った。
りくはミスケの背を机にして、封筒から便せんを一枚取り出し、鉛筆を握る。
『ここにいるよ。こわいけど、いま、こえをだします』
文字は曲がって、ところどころ潰れて、でも、まっすぐだった。
あんこが喉を鳴らし、源さんが滑り台のはしごを一段のぼって、上から公園を見渡す。
「りく!」
呼ぶ声が、今度は近い。
りくは顔を上げ、ミスケの背から鉛筆を離した。
胸のどこかで固まっていた石が、小さく転がる音がする。
「ここだよ!」
その一言は、自分に向けた合図でもあった。
滑り台の影から、りくが出る。ぬいぐるみを抱え、便せんを握りしめて。
女性は走り寄り、膝をついて抱きしめた。
「ごめんね、ごめんね。ありがとう、声、聞こえたよ」
巡査がひと息ついて、周りを見回す。「みんな、ありがとう」
ミスケは小さくあくびし、源さんはチョークの欠片をそっと砂に埋め、あんこはりくの手の甲に鼻先を触れた。温かい。
ベンチに並んで座ると、りくは便せんを母に差し出した。
『ここにいるよ こわいけど いま こえをだします』
母は笑って、涙でにじんだ文字を指でそっとなぞる。
「りく、すごい“最後の一歩”だったね」
巡査がうなずく。「お母さん、このまま交番で連絡だけ整理しましょう。帰り道、矢印は僕が消しておきます」
「じゃあ、こっちは——」源さんが砂をかいて、最後の矢印の先に『◎配達済』と丸を描いた。
りくがくすっと笑う。
「ねこさん、かっこいい」
帰り道、駄菓子屋の掲示板に新しい封筒が増えた。
猫のシール、丸い字。
『みつけてくれて ありがとう
ねこさんのせなか あったかかったです
りく』
店主は封筒の横に小さな紙を足した。
『“迷子の手紙”は ここに来れば だいじょうぶ』
その横に、丸い押し印——港写真店の角印、コペパン堂の“準備中”の判、神田時計店の
「いつでも調整します」。商店街の時間と匂いが、封筒のまわりに輪になった。
公園の出口で、三匹はふり返った。
滑り台の影は薄く、空は少しだけ明るくなっている。
「配達、成功だね」
源さんが尻尾をゆるく揺らす。
「わたしたち、何を配達したんだろう」
あんこがミスケの背を撫でる。
「背中のあいだ」
ミスケが答えた。
「紙と声のあいだに、のっかる勇気」
風がまたひとつ、方向を変えた。
商店街の端で、ガラスに当たる柔らかい雨の音。
透明なものが、街灯をぼんやりと滲ませる。
「雨傘の匂い」
あんこが鼻をすんと鳴らす。
「ビニールと、濡れた石畳、そして……手の温度」
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