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絶望の檻

16 再会と別れ

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「ポールソン! 誰が入っていいと言った?!」
「勝手に入ったんだ。ポールソンは許してやってくれや」
 扉を開けたリースベットの目に飛び込んできたものは、猿ぐつわを噛まされて床に座り込む囚人服の女、赤黒く乾いた血のこびりついた鉄製の拷問台、テーブルの上のゴブレットやワインの瓶、短剣やのみのような小さな刃物、そしてむちを持ってふてぶてしく立つ、長兄アウグスティン・リードホルムの姿だった。
 二人は互いに驚愕きょうがくし、しばし無言のまま対峙たいじしていた。
「……女の賊かと思えば、なんと貴様リースベットではないか」
「てめえは……」
「安心しろ、優しき兄はその顔を忘れていないぞ」
 言葉とは裏腹に嗜虐しぎゃく的な笑みを浮かべるアウグスティンに、リースベットは気圧けおされ、首筋を流れ落ちる冷や汗を感じていた。力で劣る彼女ではない。だが心の奥底に残った恐怖心が、身体を凍りつかせる。アウグスティンはだいぶ酔っているようで、リースベットの記憶よりも口調は粗暴さを増している。
「四年ぶりの再会だというのに、まともな挨拶もできんか。相変わらず不躾ぶしつけな奴よ。それにあつらえの身に落ちぶれているようで何よりだ」
 アウグスティンの足元に座り込んでいる女は体中が傷やあざだらけで、足かせの嵌められた足首には激しく動いたためか血がにじんでいる。その姿を見て湧き上がる怒りで、リースベットはようやく言葉を発することができた。
「てめえは一体……何をしてやがる」
「息抜きよ」
「なんだと……?」
「王たらんとする身は、どうにも気詰まりがするのだ。その息抜きに使われるのだから、この役立たずにも価値が生まれるというものよ」
 そう言ってアウグスティンは女を足先で小突き、興味もなさそうに二度鞭で打った。のたうつ蛇のように宙を舞う鞭を、リースベットが右手で掴む。
「何をするか。いや、そもそも貴様はなぜこの場にいる?」
「……誰がこんな城に好き好んで戻るかよ」
「そうか。では早々に立ち去るがよい。わが王家には貴様の居場所などないぞ」
「うるせえんだよ!」
 リースベットは叫びながら鞭をオスカで斬り落とした。アウグスティンはさして驚いた様子もなく鞭を投げ捨てる。り合わせられた細い革紐が、切断面からほどけて広がった。
「その女を離せ、クズ野郎」
「聞き捨てならんな……兄に対してそのような物言いは」
「他人の口の利き方に注文つけんなら、立場相応にやることをやってからにしろや。てめえの働きで助かった国民の一人でもいんのか」
「ふん、俺の知ったことではない。貴様らの歓心を買うようなことなど、殺されたとて為すものか」
 アウグスティンは鼻で笑うが、その目つきからは余裕の色が消えている。
「そんな考えの奴が王になったら国が滅ぶぜ。弟にでも譲ったらどうだ」
「笑わせるな。我らは所詮、野蛮な侵略者の末裔まつえいよ」
「何だって?」
「無学な盗賊めが……我らは教会に金を渡して神にその権を授かったなどとのたまわっておるが、その実ただ力のみで土地や家を奪った略奪者に過ぎん」
「……へえ、分かってんじゃねえか」
 リースベットは戸惑いを覚えていた。酔いにまかせて暴言を吐いているアウグスティンだったが、その矛先がどこを向いているのか、どうにも掴みきれない。
 アウグスティンはテーブルの上に並べてある凶器のうちから、銀製の短剣を手に取った。ゆっくり律動を刻むように刀身で掌を叩きながら、ふらふらと囚人の女に歩み寄って髪の毛を掴む。
「奪い取ったものをどうしようと、所有者の自由だ」
「やめろ!」
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