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プロローグ・原作通りの高慢令嬢
しおりを挟むかつて国が内部分裂し、東と西に土地を分けた時代。
東の国で広大な領土を確保し、その血縁を広めた名門一家があった。
名をワットソンと言い、後に東と西が纏り国が一つになった際にも、絶大な影響力を以て政治を牛耳っていた大物貴族である。
西のハーリッヒ、東のワットソンとはよく言われたもので「貴族といえば?」と国の老男男女に聞いた時、帰ってくる答えは大抵このどちらかの家名であった。
二つの国が迎合し一つの国となった後も、両家は常に睨みを効かせ合い、国の発展に貢献して来た。
代々続く名門ワットソン。血筋から約束される気品は庶民には嫌煙されるものの、王族に連なる名前を幾つも排出して来た、これ以上ない名家である。成り上がりの辺境伯から馴染みの侯爵家に至るまで、ワットソンが命じれば大抵の場合は口頭平伏して付き従った。どんな権力者も従順な犬にすると言わしめる、強大な富と根強い由緒を持っていた。
さて、そんな長く続いた名門一家に、とある一人の女の子が誕生する。
マリアナ・ミッサレー・フォンデュ・レオナルド・ワットソン。
正式な場以外ではマリアナ・ワットソンと呼ばれるこの少女は、貴族の中でもとびきり美しい容姿と物覚えのいい柔らかい脳みそを持って生まれ、そのせいか大層大人達から持て囃されて生きて来た。
乳母に日傘がいつもセットの彼女の肌は雪のように白く、高貴な血筋を象徴するブルネットの髪は、よく水分の行き届いた絹のよう。一つ視線を落とせばまるで蝶が羽ばたくように優雅であり、笑っていても泣いていても、たとえ涎を垂らしていても見ていて不快にならない美貌を持っていた。一切の暖かみを削ぎ落としたような容貌の中で唇だけがガーネットのように赤く深く、白皙とのコントラストがくらりとするような蠱惑を醸し出している。4歳の頃に描かせた肖像画は忽ち市街の方にまで広がり、お芝居や物語のモデルとしても親しまれたらしい。ワットソンといえば庶民でも耳にする生粋の貴族であるが、マリアナ・ワットソンは、その中でもとりわけ有名な美少女だった。
血液まで凍るような美貌の少女は、白い肌と赤い唇にちなんで、サルビア姫と呼ばれるようになった。サルビアという花の品種の一つに、チェリーセージという白と赤の実を咲かせる植物があったためだ。その美しさから社交界にはもちろん、庶民にまで名を広めた少女は、当然のように傲慢な貴族らしい娘に育って行った。
「ティル、ティル!」
「はい、お嬢様」
第三王子のパーティのため、宮殿に向かう少し前。
カラカラとベルを鳴らしながら、マリアナは侍女のティルを呼んだ。ちなみにこのティルというのは本名ではなく、役立たずという言葉を由来とした蔑称である。
「お前が来るまでに随分時間がかかったじゃない。私のために花でも摘んできてくれたのかしら?」
「申し訳ありません。ご当主様のお部屋の清掃を行なっておりました」
「あら、お父様の?ほほ、なに、それならいいのよ。ただ私の髪を結うのはお前でしょう?使い女の汚い手で触れられたら私まで汚れるもの、ハンカチを貸してあげようと思ったの」
「ありがとうございます」
バラの刺繍がされた絹のハンカチを広げると、マリアナは見窄らしい侍女にひらひらとそれを投げ渡して見せる。当然床に落ちたそれを這いつくばって拾う彼女を見ながら、ふっと目を細めてこう言った。
「退屈ね」
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