運命と運命の人

なこ

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第9章

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執事はユアンのことを「奥さま」と言ってくれたが、まだ正式な妻ではない。

外を眺めながら、ユアンは自分のうなじに手をやる。

カイゼルはまだユアンを噛んでいない。

ユアンを抱いてくれるが、噛んではくれない。その瞬間だけ、いつもカイゼルは躊躇する。

どうして?

運命の番だったら、すぐに噛んでくれた?

その度に、ユアンは悲しい気持ちになる。

ユアンはカイゼルを愛しているが、カイゼルはユアンがカイゼルを想うほどユアンを欲していないのかもしれない。

愛してくれなくても、ずっと愛し続けると決意したが、真っ新なうなじを確認する度に、ユアンは落胆する。

かちゃりと、扉が開く音に目をやると、カイゼルが戻って来た。

「…おかえりなさいませ。」

立ち上がってカイゼルを迎えるユアンの様子は、どこか覇気がない。

「ただいま。どうした?寒かったか?」

寒かったのはカイゼルだろうとユアンは思う。

部屋の中は暖炉の火で暖かい。

「ユアン?」

ユアンを抱きしめるカイゼルからは、冷えた外気の匂いがする。

「こんな日に、どこへ?」

ユアンは静かにカイゼルを見上げる。

「……………」

カイゼルは答えない。

「前の、奥さまのところですか?」

「…聞いたのか?」

「………………」

今度はユアンが何も答えない。

カイゼルは纏っていたマントを脱ぐと、長椅子へ、どさっと座り込んだ。

「そうだ。あれの命日だったからな。」

「なぜ教えてくださらなかったのですか?」

「お前には関係のないことだろう。」

カイゼルの言葉は、ぐさりとユアンに突き刺ささる。

関係ない…確かにその通りだ。

「…ごめん、なさい。」

震える声でユアンは謝った。

王都から帰ったら、ききたいことがあるとユアンは言っていた。

カイゼルはそれを、発情した理由だと思っていた。

ユアンが亡くなった前妻のことを気にしているなどとは思ってもいない。

「ユアン、一体どうしたんだ?」

先程まで座っていた窓辺の椅子にもう一度腰をおろすと、ユアンは俯いて黙り込んでしまった。

「ユアン?」

カイゼルはユアンを立ち上がらせ、抱きかかえたまま寝台に倒れ込んだ。

寒々とした強風が吹き荒れる外から戻ったばかりの身体に、ユアンの少し高めの体温が染み渡る。

ユアンはカイゼルの顔を見ようとせず、覗きこむカイゼルから顔を背けようとする。

「黙って行ったことを怒っているのか?」

ユアンは首を横に振る。

「関係ないと言ったことを怒っているのか?」

ユアンはぴくりとも動かない。

「ユアン、黙っていては、何も分からない。」

「……帰ってきたら、ききたいことがあると言っていたのを覚えていますか?」

「覚えている。発情した理由ではなかったのか?」

「…それも、ありましたけど、違います。」

カイゼルは身体を起こすと、胡座をかいて座り込み、ユアンをその上に抱き上げた。

「何を知りたい?顔を見て話せ。」

「…だって、関係ないと仰るから。」

「あれの……フィーネの、こと、か?」

ユアンは小さく頷く。

「あれの、何を……。」

「どんな方だったのか、カイゼル様がどう思われていたのか、気にしてしまうのはいけないことですか?確かに、には関係ない……わかっています。」

ユアンは、と言う。

公の場や、見知らぬ人の前では、ユアンは自分のことを、「わたし」と言う。

気心が知れた人や、素でいるときは「ぼく」と言う。

「わたし」と言うユアンに、カイゼルは距離を感じ、長い溜め息を吐いた。

「フィーネのこと、か。」

「フィーネ…さま…」

ユアンは、初めてその名前を知った。

3年前までここにいたと言うのに、邸の中にはその気配が全くない。

誰も何も話さない。

ユアンに遠慮して、みな何も話さないのかと思っていたが、それにしてもここまで何の気配もないことをユアンは不思議に思っていた。

ユアンにあてがわれた続き間とは逆側の部屋だけが、鍵をかけられたまま、そこにその方がいたであろう事実を物語っている。

「…フィーネは、そうだな。静かな、女だった。」

執事も同じように話していた。

「ユアン、フィーネのことは、わたしとて、未だにわからないことの方が多い。マリが1番懐いていた。フィーネも、マリのことだけは殊更に可愛がっていたように思う。」

カイゼルは、膝の上で真剣な眼差しで見つめてくるユアンの頬に触れると、静かに語り出した。

「…あれは、フィーネは、わたしのことを愛してなどいなかった。フィーネには、他に愛する者がいた。」

「…………そ、んな…」

思いがけない事実に、ユアンの瞳がふるふると揺らぎ出す。

「お前が動揺してどうする?亡くなる間際、フィーネは、わたしに愛していないと、離縁して欲しいと、ずっとそう言っていた。
……わたしとフィーネの関係とは、そんなものだ。」

カイゼルは自嘲ぎみに嗤った。





















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