運命と運命の人

なこ

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最終章

4

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意識を取り戻しても、ユアンの身体はすぐには思うように動くことができなかった。

一人で歩く事もままならず、両手に残る痺れのせいで、食事すら一人で取ることができない。

ユアンはそれを悲観する様子もなく、カイゼルを中心に邸の人々の助けの元、少しずつ回復に向けて取り組み始めた。

カイゼルはユアンの意識がなかった頃と変わらず、ユアンの身の回りの世話を続け、ほとんどの時間をユアンと共に過ごした。

「ユアン、口を。」

小さく開くその口に、カイゼルは少しずつ食事を運ぶ。

「前にも、こんなことがあったように思うな。」

「そう、で、すね。」

「自分で匙を持ってみるか?」

ユアンは小さく頷くと、まだ少し震える手で匙を受け取り、ゆっくりとスープを掬った。

「ゆっくりで、いいぞ。」

掬ったスープは、口元に運ばれるまでに、ぽたぽたと、ほとんどが溢れ落ちる。

それでも、ゆっくりと残ったスープが口元まで運ばれた。

こくりと、それを嚥下すると、ユアンはふふふと笑ってみせた。

「で、できま、した!」

ユアンのその顔を見て、カイゼルは何度も頷いた。

これだけのことなのに、目頭に熱いものが込み上げる。

自分は、思いの外涙腺が弱かったのかもしれない。

もう一度と、何度も繰り返すユアンをカイゼルは優しく見守った。



ユアンの意識がなかった時、訪れた侯爵とセレンはユアンを連れ帰ると申し出た。

こんな状態では、婚姻など無理だと。

連れて帰り静かに過ごさせたいと。

婚約を解消してもらっても構わないと、そう申し出てきた。

侯爵家の人々はユアンのことを心から心配していた。

原因は何であれ、心も身体も傷ついてばかりのユアンを、これ以上傷つけずに家族が見守る中静かに過ごさせたいと、そう思うのは当然のことだった。

カイゼルはその申し出を受け入れることはなかった。

この状態で悪天候の中、長い移動をさせることも無理があるが、それ以上にユアンを手放すなどできる訳がなかった。

カイゼルと辺境の皆の懇願で、二人は渋々帰って行った。


「ユアン、お前の母親とセレンが、天候が落ち着き次第ここを訪れるぞ。」

「かあ、さま、と、に、さまが?」

ユアンは嬉しそうに顔を綻ばせた。

「ああ、それまでもう少し歩けるように、練習してみるか?」

「は、はい!」

立つ事すらままならなかったユアンは、日毎数歩ずつではあるが、歩けるまで回復していた。

よたよたと、数歩進んでは、待ち受けるカイゼルに抱きつく。

時折辛そうな表情を見せるが、泣き言は言わない。

ユアンの華奢な身体を抱き止める度に、生きていられるのが、本当に奇跡だったとカイゼルは思う。

ユアンにはまだ伝えていないが、侯爵家の人々が連れ帰りたい訳は、他にもある。

今の状態では、ユアンは子を宿すことが難しいだろうと、医者に告げられたことだ。

カイゼルはこれ以上の奇跡は望まない。ユアンが生きてここにいるだけでいい。

子はできずとも、ユアンさえいれば、それでいいのだ。


夜に隣で眠るユアンを見ていると、カイゼルは時折恐ろしくなる。

このままユアンが目を覚まさなかったらと、人形のように見えたユアンを思い出す。

そもそも生きているのかと、何度も確認してしまう。

寝息を確認したり、頬に触れて温かさを確認したり。

そんなカイゼルの前で、やっとできるようになった寝返りをうち、カイゼルの胸元に擦り寄るユアンに心底安堵する。

そっと抱きしめるユアンは温かい。

「ユアン、愛している。暖かい時期が来たら、綺麗な姿で式をあげよう。誰が何と言おうと、ユアンはわたしの妻になるんだ。」

「…カイゼルさ、ま?」

寝ていると思っていたユアンが、カイゼルを見上げている。

「すまない。起こしたか…」

「もう、すこしで、つまに、なるん、です、ね。」

「聞いていたのか?」

「ごめ、なさ、い。でも、うれし…」

「いいんだ。どんな衣装にするか、これから考えよう。きっと、何でも似合うぞ。」

ユアンは恥ずかしそうに、微笑んだ。

「起こして悪かったな。寝るか。」

「はい、おやすみ、なさ、い」

「おやすみ。ユアン愛している…」

「ぼく、も…」

ユアンが眠りにつくのを見守りながら、カイゼルは執務室に溜まったままの書簡の山を思う。

ラグアルと公爵家から届けられたものだ。

一通も封を切らず、全てそのままにしてある。

書かれているだろうことは想像がつく。

カイゼルは詫びを受け入れるつもりはない。

ただ、これ以上ユアンに関わりを持たせたくない。

翌日、使用人たちに髪を結い上げられたり、少しだけ化粧を施され、納得がいかなそうにしているユアンを横目に、カイゼルは書簡をしたためた。

ユアンの意識が戻ったこと、これ以上の詫びも何もいらない。ただもう関わりを持つ事はないと、それだけを記すと、公爵家へ届けさせた。

「もう、ぼくは、おとこ、なのに…」

ユアンの台詞に、カイゼルは思わず笑った。

やはり、そう言うのかと。

雪で閉ざされた辺境の地で、ゆっくりと優しく時間は過ぎて行った。










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