104 / 113
最終章
5
しおりを挟む
ユアンの母と、兄のセレンが辺境へとやって来た。
立って出迎え、数歩だけ歩み寄ろうとするユアンに母は抱きついた。
「ユアン、良かったわ。ここまで回復したのね。本当に、良かった……」
「かあ、さま、に、さま、ごしん、ぱい、おかけ、しま、た。」
にっこりと微笑むユアンに、母は涙ぐんだ。
セレンはもらい泣きしそうになるのをぐっと堪え、ユアンの頭を何度も撫でた。
滞在中、カイゼルと競い合いようにユアンの世話を焼こうとし、ユアンと母に嗜められるセレンは少し気の毒だったかもしれない。
母はユアンとカイゼルの他にも、マリや辺境の人々にたくさんの土産を持ってきた。
ありがとうございますと、頭を下げて周る姿にみな恐縮しきりだ。
ユアンの母は、ユアンととても似ている。年齢を感じさせない、ふんわりとしたその人がいるだけで、邸はどこか華やぎ、賑わうような雰囲気をみせた。
ほんの数月前まで、暗い哀しみで包まれていた邸とは思えない。
「また、あなたに助けられたそうね。ありがとう。」
呼び出されたマリは何もしていないと謙遜しているが、マリの一声がなければみな諦めていたかもしれない。
「だからね、これは、お礼よ。」
ふふふと、ユアンと同じように笑いながら、夫人はたくさんの衣類をマリに差し出した。
「うわあ、こんなに!すごい、ぜんぶ可愛い~」
それのどこが…と、怪訝そうなユアンを他所に、母とマリは楽しそうだ。
二人は趣味が合うのだ。
「さあ、さあ、ユアンのね、婚姻の儀式で纏う衣装を考えましょう。いくつか候補があるのよ。後でカイゼル様にも見て頂きましょうね。マリさんも一緒に選ぶのを手伝って頂ける?」
母とマリが選ぶものにユアンが難色を示し、二人がえ~と不服そうにする。和やかなその様子をカイゼルとセレンは苦笑いをしながら、暫くの間眺めていた。
ふいにセレンがカイゼルを促し、二人は別室へと席を立つと、厳しい顔をして向かい合った。
「…公爵家から、連絡は来ているだろう。うちにも公爵とラグアルが訪れてきた。」
「…そうか。」
「その時はユアンの意識が戻らない状況だったから、父もわたしも追い返す様にしてしまった。」
「だろうな。」
「結果として、ユアンの意識が戻った事で、今後どう対応していいのか、迷っている。」
「わたしは詫びを受け入れるつもりはない。何の補償もいらぬ。もう一切関わらない。それだけだ。」
「そうか、そうだな。侯爵家としても、金銭的な補償を受け取るつもりはないんだ。ユアンもそう言うだろうしな……。」
「ユアンには何も話していない。ユアンも何も聞いてはこない。ユアンにこれ以上余計なことを考えさせたくはない。」
「わかったよ。父にもそう伝えておく。一応伝えておくが、子もラグアルの連れも無事だそうだ。」
カイゼルは子という言葉に眉を顰めた。
「子だと?子がいたのか?ユアンはそれを知っていたのか?」
セレンは既知の事実だと思っていたことをカイゼルが知らなかったことに驚いた。
「知らなかったのか?」
ラグアルはあの日、それを告げては来なかった。
言えなかったと言うべきか。
「ユアンがこうなったのは、その子を守るためだと思っていたが、違うのか?」
カイゼルは何も答えられない。
ユアンは知っていたのだろうか。
知っていて、そうしたのか。
ユアンが守ろうとした子は無事で、ユアン自身は自分の子を宿すことは、恐らく叶わない。
「……皮肉なものだな。」
セレンはその言葉の意味を悟ると、何も言うことができなかった。
侯爵家へと二人が帰る前日、夫人はカイゼルに話したいことがあると、場を設けてもらった。
向かい合う夫人は、本当にユアンとよく似ている。ユアンが似ていると言うべきだろうか。
「此度は色々とありがとうございました。夫とセレンがユアンを連れ帰ろうとしていたと聞いた時は、あきれてしまいましたわ。」
「いえ、こちらこそ、侯爵とセレンの気持ちを考えれば当然かと。」
「あの人たちはユアンに甘いのです。ユアンは強い子です。わたくしの子ですからね。」
ユアンの笑い方はこの方のそれを受け継いだのだろうと思うように、ふふふと夫人は笑った。
「ユアンはカイゼル様の元にいることが何よりですのに。あの人たちが申し訳ありませんでした。」
「いえ……」
「カイゼル様。本当にユアンで宜しいのですね。ユアンは、あの子は、カイゼル様の後継を宿すことが難しいだろうと、そうお聞きしております。」
先程までのふんわりとした雰囲気が真剣なものに変わった。
「わたしは、子のためにユアンを娶る訳ではありません。ユアンを娶りたい。ユアンを愛しています。必ず、幸せにします。」
言い切るカイゼルに夫人は安堵の表情を浮かべた。
「そうですか……。それをお聞きして、わたくしも安心いたしました。ユアンもカイゼル様のことを心からお慕いいたしております。どうか、どうか、あの子のこと、よろしくお願いいたします。」
夫人は長い時間、深く頭を下げた。
「カイゼル様、最後にもう一つだけ、よろしいでしょうか?」
顔を上げ夫人は微笑んだ。
「本人は気がついていないようですけど、ユアンの初恋はきっと、カイゼル様ですわ。」
「…初恋?」
「あの子、あの人に似て、そう言うことには鈍感ですの。」
「…………。」
「初恋の方と結ばれるなんて、素敵なことでしょう。運命の番になんて負けないくらいに。」
夫人は悪戯っぽく、うふふと笑った。
「わたくしもね、夫が初恋の相手なのです。今でもとても愛していますわ。ユアンには、こんなこと言っていたなんて、全部内緒にして下さいね。」
人差し指を口にあてる夫人は、まるで少女のようだ。
侯爵もきっと、こんな彼女のことを今でも愛しているのだろうと、カイゼルは思った。
立って出迎え、数歩だけ歩み寄ろうとするユアンに母は抱きついた。
「ユアン、良かったわ。ここまで回復したのね。本当に、良かった……」
「かあ、さま、に、さま、ごしん、ぱい、おかけ、しま、た。」
にっこりと微笑むユアンに、母は涙ぐんだ。
セレンはもらい泣きしそうになるのをぐっと堪え、ユアンの頭を何度も撫でた。
滞在中、カイゼルと競い合いようにユアンの世話を焼こうとし、ユアンと母に嗜められるセレンは少し気の毒だったかもしれない。
母はユアンとカイゼルの他にも、マリや辺境の人々にたくさんの土産を持ってきた。
ありがとうございますと、頭を下げて周る姿にみな恐縮しきりだ。
ユアンの母は、ユアンととても似ている。年齢を感じさせない、ふんわりとしたその人がいるだけで、邸はどこか華やぎ、賑わうような雰囲気をみせた。
ほんの数月前まで、暗い哀しみで包まれていた邸とは思えない。
「また、あなたに助けられたそうね。ありがとう。」
呼び出されたマリは何もしていないと謙遜しているが、マリの一声がなければみな諦めていたかもしれない。
「だからね、これは、お礼よ。」
ふふふと、ユアンと同じように笑いながら、夫人はたくさんの衣類をマリに差し出した。
「うわあ、こんなに!すごい、ぜんぶ可愛い~」
それのどこが…と、怪訝そうなユアンを他所に、母とマリは楽しそうだ。
二人は趣味が合うのだ。
「さあ、さあ、ユアンのね、婚姻の儀式で纏う衣装を考えましょう。いくつか候補があるのよ。後でカイゼル様にも見て頂きましょうね。マリさんも一緒に選ぶのを手伝って頂ける?」
母とマリが選ぶものにユアンが難色を示し、二人がえ~と不服そうにする。和やかなその様子をカイゼルとセレンは苦笑いをしながら、暫くの間眺めていた。
ふいにセレンがカイゼルを促し、二人は別室へと席を立つと、厳しい顔をして向かい合った。
「…公爵家から、連絡は来ているだろう。うちにも公爵とラグアルが訪れてきた。」
「…そうか。」
「その時はユアンの意識が戻らない状況だったから、父もわたしも追い返す様にしてしまった。」
「だろうな。」
「結果として、ユアンの意識が戻った事で、今後どう対応していいのか、迷っている。」
「わたしは詫びを受け入れるつもりはない。何の補償もいらぬ。もう一切関わらない。それだけだ。」
「そうか、そうだな。侯爵家としても、金銭的な補償を受け取るつもりはないんだ。ユアンもそう言うだろうしな……。」
「ユアンには何も話していない。ユアンも何も聞いてはこない。ユアンにこれ以上余計なことを考えさせたくはない。」
「わかったよ。父にもそう伝えておく。一応伝えておくが、子もラグアルの連れも無事だそうだ。」
カイゼルは子という言葉に眉を顰めた。
「子だと?子がいたのか?ユアンはそれを知っていたのか?」
セレンは既知の事実だと思っていたことをカイゼルが知らなかったことに驚いた。
「知らなかったのか?」
ラグアルはあの日、それを告げては来なかった。
言えなかったと言うべきか。
「ユアンがこうなったのは、その子を守るためだと思っていたが、違うのか?」
カイゼルは何も答えられない。
ユアンは知っていたのだろうか。
知っていて、そうしたのか。
ユアンが守ろうとした子は無事で、ユアン自身は自分の子を宿すことは、恐らく叶わない。
「……皮肉なものだな。」
セレンはその言葉の意味を悟ると、何も言うことができなかった。
侯爵家へと二人が帰る前日、夫人はカイゼルに話したいことがあると、場を設けてもらった。
向かい合う夫人は、本当にユアンとよく似ている。ユアンが似ていると言うべきだろうか。
「此度は色々とありがとうございました。夫とセレンがユアンを連れ帰ろうとしていたと聞いた時は、あきれてしまいましたわ。」
「いえ、こちらこそ、侯爵とセレンの気持ちを考えれば当然かと。」
「あの人たちはユアンに甘いのです。ユアンは強い子です。わたくしの子ですからね。」
ユアンの笑い方はこの方のそれを受け継いだのだろうと思うように、ふふふと夫人は笑った。
「ユアンはカイゼル様の元にいることが何よりですのに。あの人たちが申し訳ありませんでした。」
「いえ……」
「カイゼル様。本当にユアンで宜しいのですね。ユアンは、あの子は、カイゼル様の後継を宿すことが難しいだろうと、そうお聞きしております。」
先程までのふんわりとした雰囲気が真剣なものに変わった。
「わたしは、子のためにユアンを娶る訳ではありません。ユアンを娶りたい。ユアンを愛しています。必ず、幸せにします。」
言い切るカイゼルに夫人は安堵の表情を浮かべた。
「そうですか……。それをお聞きして、わたくしも安心いたしました。ユアンもカイゼル様のことを心からお慕いいたしております。どうか、どうか、あの子のこと、よろしくお願いいたします。」
夫人は長い時間、深く頭を下げた。
「カイゼル様、最後にもう一つだけ、よろしいでしょうか?」
顔を上げ夫人は微笑んだ。
「本人は気がついていないようですけど、ユアンの初恋はきっと、カイゼル様ですわ。」
「…初恋?」
「あの子、あの人に似て、そう言うことには鈍感ですの。」
「…………。」
「初恋の方と結ばれるなんて、素敵なことでしょう。運命の番になんて負けないくらいに。」
夫人は悪戯っぽく、うふふと笑った。
「わたくしもね、夫が初恋の相手なのです。今でもとても愛していますわ。ユアンには、こんなこと言っていたなんて、全部内緒にして下さいね。」
人差し指を口にあてる夫人は、まるで少女のようだ。
侯爵もきっと、こんな彼女のことを今でも愛しているのだろうと、カイゼルは思った。
37
あなたにおすすめの小説
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
【bl】砕かれた誇り
perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。
「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」
「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」
「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」
彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。
「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」
「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」
---
いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。
私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、
一部に翻訳ソフトを使用しています。
もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、
本当にありがたく思います。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
2026/02/14 累計30万P突破御礼バレンタインSS追加しました
2026/02/15 累計いいね♡7777突破御礼SS 19時に公開します。
様々な形での応援ありがとうございます!
愛する公爵と番になりましたが、大切な人がいるようなので身を引きます
まんまる
BL
メルン伯爵家の次男ナーシュは、10歳の時Ωだと分かる。
するとすぐに18歳のタザキル公爵家の嫡男アランから求婚があり、あっという間に婚約が整う。
初めて会った時からお互い惹かれ合っていると思っていた。
しかしアランにはナーシュが知らない愛する人がいて、それを知ったナーシュはアランに離婚を申し出る。
でもナーシュがアランの愛人だと思っていたのは⋯。
執着系α×天然Ω
年の差夫夫のすれ違い(?)からのハッピーエンドのお話です。
Rシーンは※付けます
※画像は男の子メーカーpicrewさんよりお借りしました。
欠陥αは運命を追う
豆ちよこ
BL
「宗次さんから番の匂いがします」
従兄弟の番からそう言われたアルファの宝条宗次は、全く心当たりの無いその言葉に微かな期待を抱く。忘れ去られた記憶の中に、自分の求める運命の人がいるかもしれないーー。
けれどその匂いは日に日に薄れていく。早く探し出さないと二度と会えなくなってしまう。匂いが消える時…それは、番の命が尽きる時。
※自己解釈・自己設定有り
※R指定はほぼ無し
※アルファ(攻め)視点
〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。
ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。
ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。
対面した婚約者は、
「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」
……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。
「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」
今の私はあなたを愛していません。
気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。
☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。
☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる