運命と運命の人

なこ

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最終章

9

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辺境の街は、今までにないほどの賑わいぶりだった。

「辺境」というどこか薄暗い印象を持つこの地に、ユアンが嫁いできた。

それだけでも、この地の持つ印象は大分変わる。

二人を祝うため、多くの人々が街を埋め尽くした。

披露目を兼ね、二人を乗せた馬車はゆっくりと街中を進んでゆく。

ユアンを初めて目にする者がほとんどだ。

いつも無表情で厳しい表情をしているカイゼルも、ユアンが隣りにいると穏やかな顔になる。

ユアンがにこやかに手を振るたび、歓声はより大きなものになる。

これからこの地はもっと賑わいを見せていくだろう。

二人への祝福の声は、二人の姿が見えなくなっても、暫くの間街中に響き渡っていた。



辺境へ戻ったばかりの二人を、邸の人々は思いの外静かに出迎えた。

みな声に出して喜びを分かち合いたいところをぐっと堪え、いつも通りに迎え入れた。

ユアンはにこやかしているが、大分疲弊している。

いつものように静かな出迎えは、ユアンをほっとさせた。

きっと執事の計らいだろう。

「おかえりなさいませ。カイゼル様、ユアン様。この度は誠におめでとうございます。部屋は整えてございます。どうか、ゆっくりお休み下さいませ。」

いつもと変わらない執事の様子に、二人はやっとここに帰って来れたのだと、安堵した。

早めの夕食は、贅を凝らしたようなものではなく、ずっと豪勢なものばかりだった二人の胃を落ち着かせてくれるようなものだった。

部屋の中も、心地良く整えられている。

「湯浴みをして、早めに寝るか。」

「……ええ。そうです、ね。」

カイゼルはずっと湯浴みの補助もしていた。

いつものように、ユアンを湯浴みへと促す。

「あの、今日は一人で入ります。」

「何故だ?一人では危ないだろう。」

「今日は……先にカイゼル様から…。」

早く行って下さいと急かされ、カイゼルは納得がいかないまま一人で湯浴みをした。

カイゼルが戻ると、入れ替わるようすぐにユアンは湯浴みへと向かった。

「カイゼル様、少しだけ、待っていて下さい!」

閉まりかけた扉の向こうから、ユアンの声がする。

言われなくとも、カイゼルはユアンが戻ってくるまで待つつもりだ。

寝台には、ユアンが王都へ持って行ったカイゼルの枕が戻されている。

こんなものをどうしてと思っていたが、ユアンと離れていた間、その理由が分かった。

さすがにカイゼルが枕を持って王宮へ入って来たら、兄王には大笑いされただろう。

兄には感謝している。

兄がいなければ、自分は今ここにいることはなかった。

分かれと言われた意味が、今なら分かる。

そして、自分が兄にずっと見守られていたことも、今のカイゼルは、分かっている。

…ユアンはきっと、これを抱いて寝ていたのだろうな。

その姿が目に浮かぶようで、カイゼルはふっと、笑った。

「お待たせしました!」

がちゃりと扉を開いて、ユアンが戻ってきた。

薄く施されていた化粧を落とし、素の顔をしたユアンにはまだどこか、幼さが残る。

カイゼルは化粧を施したユアンよりも、この素の顔の方が好きだ。

洗い立ての髪は艶々とし、今日はいつもより少し光沢のある乳白色の寝具を纏っている。

やはりこの部屋でユアンと共寝するのが一番落ち着くなと、カイゼルは寝台へとユアンを促した。

先に寝台に上がり、ユアンが潜り込むのを待つと、ユアンは神妙な面持ちで寝台へと上がり込んだ。

カイゼルの横に膝をついて、正座している。

「どうした?疲れただろう、早く寝るといい。」

ユアンはぶんぶんと首を横に振ると、左手で髪を掻き上げ、その真っ白なうなじをカイゼルへと差し出す。

「どうぞ、がぶり、と。」

突然の出来事に、カイゼルは面食らった。

神妙な面持ちで何を言い出すかと思えば…。

カイゼルは声を出して笑った。

「そんな顔をして言うことではないだろう。」

「ですがっ、大変なことになるのですから!覚悟はできております!」

薬を飲まないままなのに、ユアンはもう長いこと発情していない。

二人はずっと共寝をしていたが、カイゼルはユアンを抱くことはしていない。

医者はもう大丈夫だと言っていたが、ユアンを壊してしまいそうで、怖かった。

生きているだけで、充分満足していたのだ。

犯し難いほどに真っ白なユアンのうなじに、手をやる。

カイゼルが撫であげるだけで、ユアンはびくっと身体を震わせる。

「無理はしなくともいいんだ、ユアン…。」

「いいえ!憧れていたのです。愛する方に噛み跡を残されたうなじに…。ずっと。」

ユアンは憧れていた。王配の美しいうなじには、王による噛み跡が未だに残っている。

ずっと、いつか自分も愛する方にと、そう思って憧れていた。

リオのうなじには、ラグアルの噛み跡が鮮明に残されていた。

瞬間、それは鮮明にユアンの目に映った。

羨ましいと、そう思った。

「ですから、どうぞ、がぶり、と。」

「本当に、いいんだな。大変なことになっても知らんぞ。」

「はい!どうぞ、お願いします!」

全くと、カイゼルは思う。

全く、そんな雰囲気などないではないか。

こんなユアンに、自分は惚れてしまったのだ。

カイゼルはゆっくりとユアンへと口付けを落とす。

覚悟のせいか、強張っていた身体は、口付けが深くなるたびに弛緩していく。

ユアンの清廉なうなじを舌でなぞり上げると、その身体は薄桃色に色づき、徐々に香り立つ。

「………あ、なんだ、か……」

身を捩るユアンは、幼さの残るものから、カイゼルを求める妖艶な姿へと、変貌する。

「ユア……、発情しているの、か…」

「身体が、あつ………い…」

カイゼルを誘う香りに、もはや理性のたがは外れた。

「すまな、い、ユアン……もう、耐えられん…」

カイゼルは初めて、愛する人を、ユアンを、理性が飛ぶほど激しく求めた。

カイゼルの激しさに揺さぶられながら、ユアンは求められる多幸感に満たされた。

「…………………っ!」

がぶり、と噛まれ、ユアンは目を瞬かせる。

噛み付くカイゼルに爪を立てる様にしがみつく。

ユアンの理性のたがも外れた。

二人は今までにないほど、激しく求め合った。

カイゼルの言うことは正しかった。

ユアンが覚悟していた通り、それは大変な夜になったのだった。








































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