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最終章
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ユアンは時折、フィーネの部屋で過ごす。
なぜか、この部屋はとても落ち着くのだ。
窓を開け放ったまま、ゆっくりと本を読んで過ごす。
外は少し汗ばむほどの暑さで、髪を結い上げたユアンのうなじには、くっきりとカイゼルの噛み跡が残る。
窓から入る風の心地よさに、少しうとうととし始めたとき、ことり、と小さな物音がした。
物音がした辺りに、何か小さなものが転がっている。
どこからか、落ちたのだろうか?
何も落ちるようなものなど、なかったはずだ。
ユアンはそっと拾いあげ、埃を払うように手に取った。
それは、辺境で婚姻した者たちに贈られる、お守りのようなものだった。
子ができますように、元気に育ちますようにと願いが込められたものを、辺境の人々は贈り合う。
ユアンは誰からも贈られていない。
きっと、みんな気を遣ってくれているのだ。
初めて手に触れるそれは、フィーネが嫁いできた時に贈られたものかもしれない。
もう一度丁寧に埃を払う。
「ユアン!」
カイゼルの声がする。
外出していたカイゼルが帰ってきたのだ。
そのお守りをそっと飾り棚に並べると、ユアンはフィーネの部屋を後にした。
その夜、ユアンは夢をみた。
ラグアルとリオが、子を挟んで幸せそうにしている。
赤ん坊は、あんなに小さかったのに、一人でお座りできるまで大きくなっている。
『どうして、そんな顔をしているの?』
振り返ると、フィーネともう一人、見知らぬ女の人が二人でこちらを見ている。
声を掛けてきたのは、フィーネだ。
『そんな顔……』
ユアンはどんな顔をして三人を見ていたのだろう。
『そんな顔をしなくても、あなたにもいるでしょう。』
ユアンは何を言われているのか、分からない。
『ほら、そこに…』
もう一人の見知らぬ女の人が、ユアンを指差す。
指が指し示す先は、ユアンのお腹の辺りだ。
『だから、そんな顔しなくていいのよ。』
じゃあね、ありがとうと、
二人はそれだけを言うと、消えてしまった。
翌朝、体調の悪そうなユアンを心配し、カイゼルは医者を呼び出した。
まだ何か後遺症のようなものがあるのかと、カイゼルは落ち着かない。
険しい表情で診察を見守るカイゼルに、医者は少しやりにくそうだ。
「それで、ユアンは、どうなんだ。どこか、まだ……。」
急かすように問い詰めるカイゼルに、医者は首を振って答えた。
「いいえ。こんなことは、本当にあることではございません。わたくしにも、全くわかりません。」
「そんなに……。」
カイゼルは最悪の事態も想定して、顔を強張らせる。
「ユアン様は、お子を宿しておられます。奇跡ですよ。カイゼル様。おめでとうございます。」
医者の言葉に、カイゼルは耳を疑う。
「……子だと?」
ユアンは驚きの余り言葉が出ない。
「ええ、カイゼル様とユアン様のお子でございます。」
「………子、わたしの子だ、と。」
カイゼルはまだ実感が湧かない。
もうこの先ないものだと、子のことは考えたこともなかった。
ユアンは、仕方がないと、諦めていた。
「カイゼル様、ぼくとカイゼル様のお子が、ここに、いるんですね……。」
ユアンはすでに母親のような顔で、優しく腹を撫でている。
ふふふと、少し涙を滲ませて、嬉しそうに笑っている。
「カイゼル様、父親というものはなかなかすぐに実感できないものでございます。ですが、ユアン様は大事な時期にございますから、くれぐれも無理をさせないよう、穏やかに過ごせるよう、よろしくお願いします。」
「ああ、そういうものか。そうか、父親?」
「カイゼル様は、父親になるんですよ。ねえ。」
動揺を隠しきれないカイゼルへ、ユアンはお腹の子に話すように、微笑みかける。
「そうか、父親か。それで、わたしは一体何をすればいいんだ?」
「ですから……」
医者はもう一度先程と同じことをカイゼルに伝えた。
ユアンはそんなカイゼルを見て、可笑しくてたまらない。
その日から、カイゼルの過保護ぶりは加速した。
周囲が呆れるほどに、ユアンの一挙一動に気を遣う。
ユアンは、やり過ぎですよと嗜めるが、そんな二人を周囲は微笑ましく見守った。
ユアンのお腹は、ここまで大きくなるのかと驚くくらいに大きくなった。
こんな華奢な身体に、一体どれほど大きな子を宿しているのか、産み出すことができるのかと、心配するぐらいに。
予定した日を過ぎても、なかなか子は出てこない。
余程ユアンの胎内が心地良いいのかもしれない。
これ以上大きくなれば危険な状態になると医者が判断しようとした頃、ユアンは産気づいた。
難産になるだろうと、時間がかかることを覚悟していた周囲の懸念を他所に、ユアンはあっと言う間に、子を産んだ。
とても、とても、大きな子だ。
黒々とした髪に、翡翠色の瞳をした、ふくふくとした男の赤子が、ユアンとカイゼルの元へ舞い降りてきた。
なぜか、この部屋はとても落ち着くのだ。
窓を開け放ったまま、ゆっくりと本を読んで過ごす。
外は少し汗ばむほどの暑さで、髪を結い上げたユアンのうなじには、くっきりとカイゼルの噛み跡が残る。
窓から入る風の心地よさに、少しうとうととし始めたとき、ことり、と小さな物音がした。
物音がした辺りに、何か小さなものが転がっている。
どこからか、落ちたのだろうか?
何も落ちるようなものなど、なかったはずだ。
ユアンはそっと拾いあげ、埃を払うように手に取った。
それは、辺境で婚姻した者たちに贈られる、お守りのようなものだった。
子ができますように、元気に育ちますようにと願いが込められたものを、辺境の人々は贈り合う。
ユアンは誰からも贈られていない。
きっと、みんな気を遣ってくれているのだ。
初めて手に触れるそれは、フィーネが嫁いできた時に贈られたものかもしれない。
もう一度丁寧に埃を払う。
「ユアン!」
カイゼルの声がする。
外出していたカイゼルが帰ってきたのだ。
そのお守りをそっと飾り棚に並べると、ユアンはフィーネの部屋を後にした。
その夜、ユアンは夢をみた。
ラグアルとリオが、子を挟んで幸せそうにしている。
赤ん坊は、あんなに小さかったのに、一人でお座りできるまで大きくなっている。
『どうして、そんな顔をしているの?』
振り返ると、フィーネともう一人、見知らぬ女の人が二人でこちらを見ている。
声を掛けてきたのは、フィーネだ。
『そんな顔……』
ユアンはどんな顔をして三人を見ていたのだろう。
『そんな顔をしなくても、あなたにもいるでしょう。』
ユアンは何を言われているのか、分からない。
『ほら、そこに…』
もう一人の見知らぬ女の人が、ユアンを指差す。
指が指し示す先は、ユアンのお腹の辺りだ。
『だから、そんな顔しなくていいのよ。』
じゃあね、ありがとうと、
二人はそれだけを言うと、消えてしまった。
翌朝、体調の悪そうなユアンを心配し、カイゼルは医者を呼び出した。
まだ何か後遺症のようなものがあるのかと、カイゼルは落ち着かない。
険しい表情で診察を見守るカイゼルに、医者は少しやりにくそうだ。
「それで、ユアンは、どうなんだ。どこか、まだ……。」
急かすように問い詰めるカイゼルに、医者は首を振って答えた。
「いいえ。こんなことは、本当にあることではございません。わたくしにも、全くわかりません。」
「そんなに……。」
カイゼルは最悪の事態も想定して、顔を強張らせる。
「ユアン様は、お子を宿しておられます。奇跡ですよ。カイゼル様。おめでとうございます。」
医者の言葉に、カイゼルは耳を疑う。
「……子だと?」
ユアンは驚きの余り言葉が出ない。
「ええ、カイゼル様とユアン様のお子でございます。」
「………子、わたしの子だ、と。」
カイゼルはまだ実感が湧かない。
もうこの先ないものだと、子のことは考えたこともなかった。
ユアンは、仕方がないと、諦めていた。
「カイゼル様、ぼくとカイゼル様のお子が、ここに、いるんですね……。」
ユアンはすでに母親のような顔で、優しく腹を撫でている。
ふふふと、少し涙を滲ませて、嬉しそうに笑っている。
「カイゼル様、父親というものはなかなかすぐに実感できないものでございます。ですが、ユアン様は大事な時期にございますから、くれぐれも無理をさせないよう、穏やかに過ごせるよう、よろしくお願いします。」
「ああ、そういうものか。そうか、父親?」
「カイゼル様は、父親になるんですよ。ねえ。」
動揺を隠しきれないカイゼルへ、ユアンはお腹の子に話すように、微笑みかける。
「そうか、父親か。それで、わたしは一体何をすればいいんだ?」
「ですから……」
医者はもう一度先程と同じことをカイゼルに伝えた。
ユアンはそんなカイゼルを見て、可笑しくてたまらない。
その日から、カイゼルの過保護ぶりは加速した。
周囲が呆れるほどに、ユアンの一挙一動に気を遣う。
ユアンは、やり過ぎですよと嗜めるが、そんな二人を周囲は微笑ましく見守った。
ユアンのお腹は、ここまで大きくなるのかと驚くくらいに大きくなった。
こんな華奢な身体に、一体どれほど大きな子を宿しているのか、産み出すことができるのかと、心配するぐらいに。
予定した日を過ぎても、なかなか子は出てこない。
余程ユアンの胎内が心地良いいのかもしれない。
これ以上大きくなれば危険な状態になると医者が判断しようとした頃、ユアンは産気づいた。
難産になるだろうと、時間がかかることを覚悟していた周囲の懸念を他所に、ユアンはあっと言う間に、子を産んだ。
とても、とても、大きな子だ。
黒々とした髪に、翡翠色の瞳をした、ふくふくとした男の赤子が、ユアンとカイゼルの元へ舞い降りてきた。
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