31 / 102
母さんと母様
30
しおりを挟む
「母さんっ!」
「ノア、その後体調はどうだい?」
母さんと会うのは、剣術大会の夜以来だ。
やっぱり、今日も無造作に編み込んだ赤茶の髪で、黒髪なんかじゃない。
「ちょっと、抱きつかないでよ!もう子どもじゃないんだから!」
母さんがぎゅうぎゅうと抱きついてくる。
「はは!ノアはまだまだ子どもだよ。わたしの、愛しい子だ。」
ルドルフや他の妃たちに見られているので、恥ずかしい。
「…まさか、あなた様がニイナ様…」
ルドルフが驚愕の表情で目を見開いている。
「ああ、ルドルフと言ったね。ノアの護衛だった。ノアの護衛は大変だっただろう?悪かったね。ありがとう。」
「…い、いえ、とんでもございません。まさか、あなた様が、ニイナ様とは知らず…」
「ははは。誰も知らないだろうね。いつもこんな格好だし。」
母さんからは、いつも薬品の匂いがする。薬草を求めてあちこちに出かけて行って、帰ってきたと思えば、たいてい研究所に入り浸りだ。
母様たちと違って、華やかな格好をしている姿は見たことがない。
…地味だ。うん。とっても。
なんなら、母様たちの侍女より地味かもしれない。
今日だって、ベージュ色の何の飾りもないただのワンピースに、変なベストを羽織っている。なんとも言えない微妙な出立ちだ。
「門番に怪しまれてさ。ナターシャ様がいなかったら、こうしてここまで来ることすらできなかったよ。」
「…ニイナ、ナターシャ様がお戻りになってるの?」
急に七妃が立ち上がった。
「ええ、部屋にいるから、何かあれば声を掛けていいと、そう仰っていました。とてもお疲れのようでしたけど、何かあったのですか?」
「…そう。分かったわ。みんな、行くわよ。ニイナも後からいらっしゃい。ルドルフ、後はよろしく頼むわ。」
がたがたと他の母さまたちも立ち上がると、その場を去って行ってしまった。
みんな一妃の元へ向かったようだ。
「城内もどことなく落ち着かない雰囲気だったし、何かあったんだろうか?」
母さんは何も知らないのか?
「…マホってやつのせいだよ。」
「…マホ?」
「そう。マホのせいで、ユリウスが。マホは、渡り人で、俺と同じ黒髪で、んで、あ母さんも黒髪なの?ユリウスは黒髪に好かれるらしくて…」
「ええと、ノア?何言ってるのか、全然わかんないんだけど?」
「とにかく、由々しき問題なんだよ。」
「ナターシャ様もだいぶ疲弊している様子だったし、何かあったんだね。部屋でゆっくり聞かせてくれる?」
母さんにも聞きたいことは山ほどある。
「うん。じゃあ俺、先に戻って待ってるから。」
「いや、わたしもノアの後をついてくよ。こういうの、好きなんだ。」
え、母さんも梯子を登るの?
ルドルフが慌てて駆け寄ってくるが、母さんは聞く耳をもたず、ひょいひょいと俺の後を追ってくる。
「…ニイナ様!」
「大丈夫だよ、ルドルフ。先に行ってるから、お茶を持ってきてくれるかい?喉が渇いちゃってさ。」
こういう所は、ほんとうに母さんらしい。
「母さん、気をつけてね。」
「ノアは普段こうしてるんだろう?ノアにできるんだから、わたしにだって余裕だよ。」
母様たちなら、絶対にしないだろうな。
母さんは飾られたからくりを興味深そうに一通り見回すと、どさっとソファに腰を下ろした。
「…ノアももう、13になるんだね。13年間もここで…。すまないね、ノア。」
「え、ああ。でも、この間はじめて出られたよ。」
「剣術大会か…」
「誰か、心惹かれた人はいたかい?」
心惹かれる???
「ユリウスしか見てなかったから。惹かれるって?」
「…ユリウス。新しい護衛か。不思議な雰囲気の青年だね。」
「ユリウスを知ってるの?」
「ノアが熱を出したときに、少しね。」
不思議?ユリウスが?
どこが?と尋ねようとしたとき、ルドルフがお茶を持って戻ってきた。
母さんは、ごくりごくりとあっと言う間に一杯を飲み干し、ふうと一息ついて、天を仰いだ。
「ノア、一つ一つ、解決していこう。まずは、わたしのことだ。」
「?」
ぐいっと、無造作に編み込んである三つ編みを引っ張ると、赤茶の髪がずり落ちる。
は???
…かつら、だったのか???
その下で、これまた無造作に纏められていた髪をほどくと、そこには艶やかな黒髪が現れ出た。
「…黒髪…」
ルドルフの呟く声がきこえる。
「母さん、黒髪だった、の?」
「それだけじゃないよ。」
度の強そうな眼鏡を外すと、二、三回瞬きをして、母さんが俺を見つめる。
俺とは違う。黒い瞳だ。
「…ノア、わたしも渡り人なんだ。」
「ノア、その後体調はどうだい?」
母さんと会うのは、剣術大会の夜以来だ。
やっぱり、今日も無造作に編み込んだ赤茶の髪で、黒髪なんかじゃない。
「ちょっと、抱きつかないでよ!もう子どもじゃないんだから!」
母さんがぎゅうぎゅうと抱きついてくる。
「はは!ノアはまだまだ子どもだよ。わたしの、愛しい子だ。」
ルドルフや他の妃たちに見られているので、恥ずかしい。
「…まさか、あなた様がニイナ様…」
ルドルフが驚愕の表情で目を見開いている。
「ああ、ルドルフと言ったね。ノアの護衛だった。ノアの護衛は大変だっただろう?悪かったね。ありがとう。」
「…い、いえ、とんでもございません。まさか、あなた様が、ニイナ様とは知らず…」
「ははは。誰も知らないだろうね。いつもこんな格好だし。」
母さんからは、いつも薬品の匂いがする。薬草を求めてあちこちに出かけて行って、帰ってきたと思えば、たいてい研究所に入り浸りだ。
母様たちと違って、華やかな格好をしている姿は見たことがない。
…地味だ。うん。とっても。
なんなら、母様たちの侍女より地味かもしれない。
今日だって、ベージュ色の何の飾りもないただのワンピースに、変なベストを羽織っている。なんとも言えない微妙な出立ちだ。
「門番に怪しまれてさ。ナターシャ様がいなかったら、こうしてここまで来ることすらできなかったよ。」
「…ニイナ、ナターシャ様がお戻りになってるの?」
急に七妃が立ち上がった。
「ええ、部屋にいるから、何かあれば声を掛けていいと、そう仰っていました。とてもお疲れのようでしたけど、何かあったのですか?」
「…そう。分かったわ。みんな、行くわよ。ニイナも後からいらっしゃい。ルドルフ、後はよろしく頼むわ。」
がたがたと他の母さまたちも立ち上がると、その場を去って行ってしまった。
みんな一妃の元へ向かったようだ。
「城内もどことなく落ち着かない雰囲気だったし、何かあったんだろうか?」
母さんは何も知らないのか?
「…マホってやつのせいだよ。」
「…マホ?」
「そう。マホのせいで、ユリウスが。マホは、渡り人で、俺と同じ黒髪で、んで、あ母さんも黒髪なの?ユリウスは黒髪に好かれるらしくて…」
「ええと、ノア?何言ってるのか、全然わかんないんだけど?」
「とにかく、由々しき問題なんだよ。」
「ナターシャ様もだいぶ疲弊している様子だったし、何かあったんだね。部屋でゆっくり聞かせてくれる?」
母さんにも聞きたいことは山ほどある。
「うん。じゃあ俺、先に戻って待ってるから。」
「いや、わたしもノアの後をついてくよ。こういうの、好きなんだ。」
え、母さんも梯子を登るの?
ルドルフが慌てて駆け寄ってくるが、母さんは聞く耳をもたず、ひょいひょいと俺の後を追ってくる。
「…ニイナ様!」
「大丈夫だよ、ルドルフ。先に行ってるから、お茶を持ってきてくれるかい?喉が渇いちゃってさ。」
こういう所は、ほんとうに母さんらしい。
「母さん、気をつけてね。」
「ノアは普段こうしてるんだろう?ノアにできるんだから、わたしにだって余裕だよ。」
母様たちなら、絶対にしないだろうな。
母さんは飾られたからくりを興味深そうに一通り見回すと、どさっとソファに腰を下ろした。
「…ノアももう、13になるんだね。13年間もここで…。すまないね、ノア。」
「え、ああ。でも、この間はじめて出られたよ。」
「剣術大会か…」
「誰か、心惹かれた人はいたかい?」
心惹かれる???
「ユリウスしか見てなかったから。惹かれるって?」
「…ユリウス。新しい護衛か。不思議な雰囲気の青年だね。」
「ユリウスを知ってるの?」
「ノアが熱を出したときに、少しね。」
不思議?ユリウスが?
どこが?と尋ねようとしたとき、ルドルフがお茶を持って戻ってきた。
母さんは、ごくりごくりとあっと言う間に一杯を飲み干し、ふうと一息ついて、天を仰いだ。
「ノア、一つ一つ、解決していこう。まずは、わたしのことだ。」
「?」
ぐいっと、無造作に編み込んである三つ編みを引っ張ると、赤茶の髪がずり落ちる。
は???
…かつら、だったのか???
その下で、これまた無造作に纏められていた髪をほどくと、そこには艶やかな黒髪が現れ出た。
「…黒髪…」
ルドルフの呟く声がきこえる。
「母さん、黒髪だった、の?」
「それだけじゃないよ。」
度の強そうな眼鏡を外すと、二、三回瞬きをして、母さんが俺を見つめる。
俺とは違う。黒い瞳だ。
「…ノア、わたしも渡り人なんだ。」
312
あなたにおすすめの小説
不幸体質っすけど、大好きなボス達とずっと一緒にいられるよう頑張るっす!
タッター
BL
ボスは悲しく一人閉じ込められていた俺を助け、たくさんの仲間達に出会わせてくれた俺の大切な人だ。
自分だけでなく、他者にまでその不幸を撒き散らすような体質を持つ厄病神な俺を、みんな側に置いてくれて仲間だと笑顔を向けてくれる。とても毎日が楽しい。ずっとずっとみんなと一緒にいたい。
――だから俺はそれ以上を求めない。不幸は幸せが好きだから。この幸せが崩れてしまわないためにも。
そうやって俺は今日も仲間達――家族達の、そして大好きなボスの役に立てるように――
「頑張るっす!! ……から置いてかないで下さいっす!! 寂しいっすよ!!」
「無理。邪魔」
「ガーン!」
とした日常の中で俺達は美少年君を助けた。
「……その子、生きてるっすか?」
「……ああ」
◆◆◆
溺愛攻め
×
明るいが不幸体質を持つが故に想いを受け入れることが怖く、役に立てなければ捨てられるかもと内心怯えている受け
【完結】双子の兄が主人公で、困る
* ゆるゆ
BL
『きらきら男は僕のモノ』公言する、ぴんくの髪の主人公な兄のせいで、見た目はそっくりだが質実剛健、ちいさなことからコツコツとな双子の弟が、兄のとばっちりで断罪されかけたり、 悪役令息からいじわるされたり 、逆ハーレムになりかけたりとか、ほんとに困る──! 伴侶(予定)いるので。……って思ってたのに……!
本編、両親にごあいさつ編、完結しました!
おまけのお話を、時々更新しています。
本編以外はぜんぶ、アルファポリスさまだけですー!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
災厄の魔導士と呼ばれた男は、転生後静かに暮らしたいので失業勇者を紐にしている場合ではない!
椿谷あずる
BL
かつて“災厄の魔導士”と呼ばれ恐れられたゼルファス・クロードは、転生後、平穏に暮らすことだけを望んでいた。
ある日、夜の森で倒れている銀髪の勇者、リアン・アルディナを見つける。かつて自分にとどめを刺した相手だが、今は仲間から見限られ孤独だった。
平穏を乱されたくないゼルファスだったが、森に現れた魔物の襲撃により、仕方なく勇者を連れ帰ることに。
天然でのんびりした勇者と、達観し皮肉屋の魔導士。
「……いや、回復したら帰れよ」「えーっ」
平穏には程遠い、なんかゆるっとした日常のおはなし。
無能の騎士~退職させられたいので典型的な無能で最低最悪な騎士を演じます~
紫鶴
BL
早く退職させられたい!!
俺は労働が嫌いだ。玉の輿で稼ぎの良い婚約者をゲットできたのに、家族に俺には勿体なさ過ぎる!というので騎士団に入団させられて働いている。くそう、ヴィがいるから楽できると思ったのになんでだよ!!でも家族の圧力が怖いから自主退職できない!
はっ!そうだ!退職させた方が良いと思わせればいいんだ!!
なので俺は無能で最悪最低な悪徳貴族(騎士)を演じることにした。
「ベルちゃん、大好き」
「まっ!準備してないから!!ちょっとヴィ!服脱がせないでよ!!」
でろでろに主人公を溺愛している婚約者と早く退職させられたい主人公のらぶあまな話。
ーーー
ムーンライトノベルズでも連載中。
転生したけどやり直す前に終わった【加筆版】
リトルグラス
BL
人生を無気力に無意味に生きた、負け組男がナーロッパ的世界観に転生した。
転生モノ小説を読みながら「俺だってやり直せるなら、今度こそ頑張るのにな」と、思いながら最期を迎えた前世を思い出し「今度は人生を成功させる」と転生した男、アイザックは子供時代から努力を重ねた。
しかし、アイザックは成人の直前で家族を処刑され、平民落ちにされ、すべてを失った状態で追放された。
ろくなチートもなく、あるのは子供時代の努力の結果だけ。ともに追放された子ども達を抱えてアイザックは南の港町を目指す──
***
第11回BL小説大賞にエントリーするために修正と加筆を加え、作者のつぶやきは削除しました。(23'10'20)
**
最弱白魔導士(♂)ですが最強魔王の奥様になりました。
はやしかわともえ
BL
のんびり書いていきます。
2023.04.03
閲覧、お気に入り、栞、ありがとうございます。m(_ _)m
お待たせしています。
お待ちくださると幸いです。
2023.04.15
閲覧、栞、お気に入りありがとうございます。
m(_ _)m
更新頻度が遅く、申し訳ないです。
今月中には完結できたらと思っています。
2023.04.17
完結しました。
閲覧、栞、お気に入りありがとうございます!
すずり様にてこの物語の短編を0円配信しています。よろしければご覧下さい。
学園の俺様と、辺境地の僕
そらうみ
BL
この国の三大貴族の一つであるルーン・ホワイトが、何故か僕に構ってくる。学園生活を平穏に過ごしたいだけなのに、ルーンのせいで僕は皆の注目の的となってしまった。卒業すれば関わることもなくなるのに、ルーンは一体…何を考えているんだ?
【全12話になります。よろしくお願いします。】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる