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重い扉の外へ
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ずっと待ち望んでいたはずのその日が来た。
母様たちは自分の身支度もそっちのけで、俺を着飾っては、ああでもない、こうでもないと朝から慌ただしい。
まだ朝だぞ。
晩餐まではまだまだ時間がある。
やれ口調を正せとか、礼儀やしきたりに抜かりはないかとか、食事の作法は忘れていないかとか、何度も同じことを繰り返している。
母さんは暢気にお茶を飲みながら、傍目で楽しそうに笑うだけ。
今日は鬘も眼鏡も外している。こんなに化けるのかと驚くぐらい、ちゃんと正装していると妃って感じだ。
一息つくか、と一妃が腰を下ろしたので、一度休憩だ。
何度も着替えさせられるもんだから、俺はもうすでに辟易してる。
母様と母さんで部屋の中は賑やかだから、一旦寝室に戻ってごろんと横たわると、脇の引き出しにしまってある封書を取り出す。
______愛しいノアへ
その一文から始まる便箋一枚には、ずらーっと訳のわからない文書が続くので、とりあえず飛ばす。
わたしの瞳を受け継ぐ、愛おしい我が子よ、お前が初めて生まれたとき…云々カンヌン………
とにかく、俺が好きでたまらないとか、そんなことが延々と書かれているだけなので、ぽいっとして、2枚目に目をうつす。
______待ち望んでいたであろう、その時が来た。十日後に晩餐の席を設ける。妃らと共に王宮へ来い。愉しみにしておるぞ。
…王宮、か。
兄さんたちや、ちょっと忘れかけていたけどマホもいるんだろうか。
他にもきっと、大勢の人がいるんだろうな…。
うつ伏せの体勢から、ゴロンと仰向けに天を仰ぐ。
ずっと見慣れていたはずの天井が、やけに恋しい。
…お腹、空いたな。
失礼しますと、ユリウスが寝室の入り口に顔を出す。
「…ノア様、何か口にするものをお持ちしましょうか?」
「…うん。お腹空いた。」
さすが、ユリウスだ。
剣の勝負をした日、部屋に戻ってから王宮へ呼び出されたことを話した。
ユリウスは顔色一つ変えずに小さく頷くと、それから少しだけ口角をあげて微笑んでくれた。
『…その時が、やっと来たのですね。ノア様がずっと待ち望んでいたことです。これまでよく耐えられました。』
ユリウスの言う通り、ずっと待ち望んでいたことだ。
『…ああ、そうだな。』
微笑むユリウスに、それしか返すことが出来なかった。
ユリウスの背中を目で追う。
見慣れた背中だ。
その時まで、とはこの時までなんだろうか。
ここから出られたら、またユリウスはいなくなってしまうんだろうか。
また?
なぜか心がさわさわと落ち着かない。
「…ノア様?いかがなさいました?だいぶお疲れのようですが、」
封書を入れていた引き出しの上に、軽食がおかれる。
心配そうに覗き込んでくるユリウスの手を引く。
「…ノア様?」
「…約束。忘れてないよな。勝負は俺が勝ったんだ。母様たちも見ていたし、ユリウスもあの時、了承したよな?な?」
剣の勝負は俺が勝った。勝ち目はないかと思っていたのに、あの日なぜか一瞬だけユリウスは躊躇したんだ。その隙を見逃さなかった。
「…ええ。そうですね。わたしが負けました。約束は、覚えてますよ。」
「絶対、絶対だからな?」
「ええ、騎士に二言はございません。」
きっと、大丈夫だ。
ユリウスは約束を反故にするような奴じゃない。
ここから出られたら、父さんにはこの先もユリウスを護衛に付けてくれるよう頼んで、そして、二人で、行くんだ。
ずっと側にいてもらおう。
「ユリウス、どこにも行くなよ。俺をまた一人にするんじゃないぞ。」
この手を離したら、俺はまた……
何も言わずに立ち尽くすユリウスの手をまた強く引くと、ユリウスははっと俺を見下ろした。
「……大丈夫です。わたしがいなくとも、ノア様の周りにはこれからもこの先もたくさんの人がお集まりになりますから。」
「違う!俺は、ずっと!いや、ずっと?よくわかんないけど、俺がいいって言うまで、お前は俺といなきゃならないんだ!」
大声に驚いた母様たちと母さんが、バタバタと立ち上がる音が聞こえる。
「どうしたんじゃ、ノア?この年になって癇癪を起こしておるのか?」
寝室の様子を確認しに来た一妃と母さんが驚いた顔をしている。
よほど力を込めていたんだろうか。
ぎゅっと掴んで離さない俺の手を、ユリウスが静かに振り解く。
「…約束は、かならずいつか叶えます。ですから、ご安心下さい。今日はこれから迎える晩餐会のことだけ、それだけをお考え下さい。」
ユリウスはいつもの、すんとしたユリウスに戻ってしまった。
母様たちは自分の身支度もそっちのけで、俺を着飾っては、ああでもない、こうでもないと朝から慌ただしい。
まだ朝だぞ。
晩餐まではまだまだ時間がある。
やれ口調を正せとか、礼儀やしきたりに抜かりはないかとか、食事の作法は忘れていないかとか、何度も同じことを繰り返している。
母さんは暢気にお茶を飲みながら、傍目で楽しそうに笑うだけ。
今日は鬘も眼鏡も外している。こんなに化けるのかと驚くぐらい、ちゃんと正装していると妃って感じだ。
一息つくか、と一妃が腰を下ろしたので、一度休憩だ。
何度も着替えさせられるもんだから、俺はもうすでに辟易してる。
母様と母さんで部屋の中は賑やかだから、一旦寝室に戻ってごろんと横たわると、脇の引き出しにしまってある封書を取り出す。
______愛しいノアへ
その一文から始まる便箋一枚には、ずらーっと訳のわからない文書が続くので、とりあえず飛ばす。
わたしの瞳を受け継ぐ、愛おしい我が子よ、お前が初めて生まれたとき…云々カンヌン………
とにかく、俺が好きでたまらないとか、そんなことが延々と書かれているだけなので、ぽいっとして、2枚目に目をうつす。
______待ち望んでいたであろう、その時が来た。十日後に晩餐の席を設ける。妃らと共に王宮へ来い。愉しみにしておるぞ。
…王宮、か。
兄さんたちや、ちょっと忘れかけていたけどマホもいるんだろうか。
他にもきっと、大勢の人がいるんだろうな…。
うつ伏せの体勢から、ゴロンと仰向けに天を仰ぐ。
ずっと見慣れていたはずの天井が、やけに恋しい。
…お腹、空いたな。
失礼しますと、ユリウスが寝室の入り口に顔を出す。
「…ノア様、何か口にするものをお持ちしましょうか?」
「…うん。お腹空いた。」
さすが、ユリウスだ。
剣の勝負をした日、部屋に戻ってから王宮へ呼び出されたことを話した。
ユリウスは顔色一つ変えずに小さく頷くと、それから少しだけ口角をあげて微笑んでくれた。
『…その時が、やっと来たのですね。ノア様がずっと待ち望んでいたことです。これまでよく耐えられました。』
ユリウスの言う通り、ずっと待ち望んでいたことだ。
『…ああ、そうだな。』
微笑むユリウスに、それしか返すことが出来なかった。
ユリウスの背中を目で追う。
見慣れた背中だ。
その時まで、とはこの時までなんだろうか。
ここから出られたら、またユリウスはいなくなってしまうんだろうか。
また?
なぜか心がさわさわと落ち着かない。
「…ノア様?いかがなさいました?だいぶお疲れのようですが、」
封書を入れていた引き出しの上に、軽食がおかれる。
心配そうに覗き込んでくるユリウスの手を引く。
「…ノア様?」
「…約束。忘れてないよな。勝負は俺が勝ったんだ。母様たちも見ていたし、ユリウスもあの時、了承したよな?な?」
剣の勝負は俺が勝った。勝ち目はないかと思っていたのに、あの日なぜか一瞬だけユリウスは躊躇したんだ。その隙を見逃さなかった。
「…ええ。そうですね。わたしが負けました。約束は、覚えてますよ。」
「絶対、絶対だからな?」
「ええ、騎士に二言はございません。」
きっと、大丈夫だ。
ユリウスは約束を反故にするような奴じゃない。
ここから出られたら、父さんにはこの先もユリウスを護衛に付けてくれるよう頼んで、そして、二人で、行くんだ。
ずっと側にいてもらおう。
「ユリウス、どこにも行くなよ。俺をまた一人にするんじゃないぞ。」
この手を離したら、俺はまた……
何も言わずに立ち尽くすユリウスの手をまた強く引くと、ユリウスははっと俺を見下ろした。
「……大丈夫です。わたしがいなくとも、ノア様の周りにはこれからもこの先もたくさんの人がお集まりになりますから。」
「違う!俺は、ずっと!いや、ずっと?よくわかんないけど、俺がいいって言うまで、お前は俺といなきゃならないんだ!」
大声に驚いた母様たちと母さんが、バタバタと立ち上がる音が聞こえる。
「どうしたんじゃ、ノア?この年になって癇癪を起こしておるのか?」
寝室の様子を確認しに来た一妃と母さんが驚いた顔をしている。
よほど力を込めていたんだろうか。
ぎゅっと掴んで離さない俺の手を、ユリウスが静かに振り解く。
「…約束は、かならずいつか叶えます。ですから、ご安心下さい。今日はこれから迎える晩餐会のことだけ、それだけをお考え下さい。」
ユリウスはいつもの、すんとしたユリウスに戻ってしまった。
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