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ノアールとユリウス
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それから海を渡り、隣国へと旅立つと放浪の日々を過ごした。
ノアール様が無事に建国を果たし、初代王として君臨されたと聞き知った時は心から安堵した。
その後体調を崩され静養されていたことを心配していたが、一年程が過ぎた頃ノアール様には待望の世継ぎが生まれた。
誰を娶られたのかは分からなかったが、これであの国もノアール様も安泰だと、ほっとすると同時に、心に空いた空洞には虚しさだけが募った。
一人で旅を続けていれば、いつどこで死んでもおかしくなかったかもしれない。
旅には、シロと言うわたしと同じ孤児の子が付き従ってきた。
他人とうまく渡り合えないシロは、なぜかわたしにだけよく懐いていた。
その好意を隠そうともせず、純粋にわたしを慕うシロの存在にある意味救われていたのかもしれない。
あの晩領主様を連れて来たのは、帰らないわたしを心配したシロだ。
激怒する領主様の影に隠れ、その後ろには小さなシロの姿が見えていた。
シロを咎めることは出来ない。
あの姿を見られたのが、領主様とシロだけだったことは、不幸中の幸いだ。
遠く離れた異国の地から、ノアール様の幸せだけを望んで過ごす日々の中、その訃報が届いた。
病など知らない健康そのものだったノアール様が、若くしてお亡くなりになった。
国としても、父としてもこれからと言う時に。
禁忌を犯したせいで、急逝されたのではないか?
やはりわたしのせいで、ノアール様は信仰する神から罰せられたのかもしれない。
なぜわたしではなかったのだろう。
罰を受けるべきは、何も持たないわたしで良かったはずだ。
ユリウスと呼ぶ声が、永遠に頭から離れない。
二度と会わないと誓ったはずなのに、もう永遠に会うことが叶わない事実を目の当たりにし、気がつけば一心不乱に祖国へと足を進めていた。
引き留めるシロを何度振り解いたか分からない。
ノアール様の死を現実のものとして受け入れたとき、この世でたった一人想いを寄せる相手に永遠に会えないことがわたしへの罰なのだと、漸くわたしは理解した。
「ユリウス、食事だ。なにか不便なことはないか?」
いつも食事を運んで下さるのはルドルフ様だ。
「特にございません。こうして食事を頂けるだけでもありがたいことですから。」
温かい食事に、ルドルフ様の気遣いが感じられ胸まで温かくなる。
「もう、何日が経つ?いい加減弁明の一つでもしたらいいではないか。ノア様と其方には…その、何もなかったのであろう?」
「もちろん、何もございません。わたしはノア様の護衛でしかありませんし、ノア様はお守りすべき方です。わたしが害することは決してございません。」
「ならどうして、あの時一言でもシュヴァイゼルに弁明しなかったのだ。其方が何も言わんものだから、手塩にかけてきた其方を牢に入れる羽目になった。わたしの気持ちが分かるか?」
記憶がないままで、ノアール様のことなど忘れていた頃であれば、必死に弁明したことだろう。
ノア様にはノアール様の記憶が宿っていた。
ノアール様を目前にし、弁明することなど何一つできなかったというのが本音だ。
ノア様は、あの晩のことまで記憶されているのだろうか。
いや、そうであれば、何も知らずに「赦す」など簡単に言える訳がない。
ノアール様にとって忌々しいであろうあの記憶が、成人を目前に控えまだどこかあどけなさが残るノア様に引き継がれていないことを祈るばかりだ。
ノア様がノアール様の生まれ変わりなのであれば、今度こそあの方の幸せだけを望み、遠くからでいい、見守り続けたい。
「…ノア様はあのような見た目ですが、王子ではありませんか。王女様ではありません。子を宿すなど、有り得ないでしょう。」
ルドルフ様が何か言おうとし、それを飲み込んだのでそのまま話しを続ける。
「記憶が混乱しているだけです。全てが落ち着けば、陛下とてわたしとノア様の間に何もないことなど、きっと理解して下さるはずです。」
「…そうか、其方はまだ知らんのか。」
「……?」
「…わたしの口からは言えん。ただ一つ言えるならば、王族だけに現れる特異な存在について、知らない者はいないはずだ。」
ルドルフ様の言葉の意味がわからず、眉を顰める。
特異な存在とは、そう問いかけようとした所で、逆にまたルドルフ様から問いかけられる。
「…記憶と、言ったな。其方はノア様のことをノアール様と、確かにそう呼んだ。ノアール様と言えば、この国の建国の始祖だ。これは一体どういうことだ?」
正直に話すべきか、濁しておくべきか、返答に迷う所へ、ルドルフ様を呼び戻す声が響く。
何事か確認しに行ったルドルフ様は、うんざりした様子で戻られ頭を抱えた。
「ノア様とマホが対峙しているようだ。其方のせいだ、ユリウス。なぜマホと婚約した?ノア様は……」
これもわたしの口から言うべきことじゃあないからなと呟くと、ルドルフ様は食べ終えた食器を抱えて牢を出て行かれた。
ノアール様が無事に建国を果たし、初代王として君臨されたと聞き知った時は心から安堵した。
その後体調を崩され静養されていたことを心配していたが、一年程が過ぎた頃ノアール様には待望の世継ぎが生まれた。
誰を娶られたのかは分からなかったが、これであの国もノアール様も安泰だと、ほっとすると同時に、心に空いた空洞には虚しさだけが募った。
一人で旅を続けていれば、いつどこで死んでもおかしくなかったかもしれない。
旅には、シロと言うわたしと同じ孤児の子が付き従ってきた。
他人とうまく渡り合えないシロは、なぜかわたしにだけよく懐いていた。
その好意を隠そうともせず、純粋にわたしを慕うシロの存在にある意味救われていたのかもしれない。
あの晩領主様を連れて来たのは、帰らないわたしを心配したシロだ。
激怒する領主様の影に隠れ、その後ろには小さなシロの姿が見えていた。
シロを咎めることは出来ない。
あの姿を見られたのが、領主様とシロだけだったことは、不幸中の幸いだ。
遠く離れた異国の地から、ノアール様の幸せだけを望んで過ごす日々の中、その訃報が届いた。
病など知らない健康そのものだったノアール様が、若くしてお亡くなりになった。
国としても、父としてもこれからと言う時に。
禁忌を犯したせいで、急逝されたのではないか?
やはりわたしのせいで、ノアール様は信仰する神から罰せられたのかもしれない。
なぜわたしではなかったのだろう。
罰を受けるべきは、何も持たないわたしで良かったはずだ。
ユリウスと呼ぶ声が、永遠に頭から離れない。
二度と会わないと誓ったはずなのに、もう永遠に会うことが叶わない事実を目の当たりにし、気がつけば一心不乱に祖国へと足を進めていた。
引き留めるシロを何度振り解いたか分からない。
ノアール様の死を現実のものとして受け入れたとき、この世でたった一人想いを寄せる相手に永遠に会えないことがわたしへの罰なのだと、漸くわたしは理解した。
「ユリウス、食事だ。なにか不便なことはないか?」
いつも食事を運んで下さるのはルドルフ様だ。
「特にございません。こうして食事を頂けるだけでもありがたいことですから。」
温かい食事に、ルドルフ様の気遣いが感じられ胸まで温かくなる。
「もう、何日が経つ?いい加減弁明の一つでもしたらいいではないか。ノア様と其方には…その、何もなかったのであろう?」
「もちろん、何もございません。わたしはノア様の護衛でしかありませんし、ノア様はお守りすべき方です。わたしが害することは決してございません。」
「ならどうして、あの時一言でもシュヴァイゼルに弁明しなかったのだ。其方が何も言わんものだから、手塩にかけてきた其方を牢に入れる羽目になった。わたしの気持ちが分かるか?」
記憶がないままで、ノアール様のことなど忘れていた頃であれば、必死に弁明したことだろう。
ノア様にはノアール様の記憶が宿っていた。
ノアール様を目前にし、弁明することなど何一つできなかったというのが本音だ。
ノア様は、あの晩のことまで記憶されているのだろうか。
いや、そうであれば、何も知らずに「赦す」など簡単に言える訳がない。
ノアール様にとって忌々しいであろうあの記憶が、成人を目前に控えまだどこかあどけなさが残るノア様に引き継がれていないことを祈るばかりだ。
ノア様がノアール様の生まれ変わりなのであれば、今度こそあの方の幸せだけを望み、遠くからでいい、見守り続けたい。
「…ノア様はあのような見た目ですが、王子ではありませんか。王女様ではありません。子を宿すなど、有り得ないでしょう。」
ルドルフ様が何か言おうとし、それを飲み込んだのでそのまま話しを続ける。
「記憶が混乱しているだけです。全てが落ち着けば、陛下とてわたしとノア様の間に何もないことなど、きっと理解して下さるはずです。」
「…そうか、其方はまだ知らんのか。」
「……?」
「…わたしの口からは言えん。ただ一つ言えるならば、王族だけに現れる特異な存在について、知らない者はいないはずだ。」
ルドルフ様の言葉の意味がわからず、眉を顰める。
特異な存在とは、そう問いかけようとした所で、逆にまたルドルフ様から問いかけられる。
「…記憶と、言ったな。其方はノア様のことをノアール様と、確かにそう呼んだ。ノアール様と言えば、この国の建国の始祖だ。これは一体どういうことだ?」
正直に話すべきか、濁しておくべきか、返答に迷う所へ、ルドルフ様を呼び戻す声が響く。
何事か確認しに行ったルドルフ様は、うんざりした様子で戻られ頭を抱えた。
「ノア様とマホが対峙しているようだ。其方のせいだ、ユリウス。なぜマホと婚約した?ノア様は……」
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