ニアの頬袋

なこ

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ニアside

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ニアは王都から遠く離れた田舎の、末端も末端の下級貴族の端くれだ。

三人兄弟の末っ子で、一番小さいのに一番よく食べた。

家族はみんな優しかったし、たくさん食べるのを咎められることはなかった。

初めて家族で外食したとき、ニアの食べっぷりに周りの客は驚いて、ニアを囃し立てた。

その時に、ニアは自分の食欲が異常だということを初めて知った。

家族まで白い目で見られてしまったような気がして、それからニアは人前で思うままに食べることをやめた。

「今日の夕飯は何にしようかなあ…。ハムの切れ端が残っているから、お野菜の切れ端とスープとか?ふっふっふ。あ、じゃがいもも悪くなりそうだから、潰して…」

「ふうん。美味そうだな。」

「あ、団長…。お疲れ様です。」

ぶつぶつ呟きながら歩いていたせいか、気配を殺す術を知っている団長のせいか、いつの間にか団長が隣りを歩いている。

「たまには店に食べに行かないか?」

「………。ばれちゃうじゃないですか。」

「あれだけの食べっぷりは、見ていて気持ちいいがなあ。」

「………。そう思うのは団長だけです。」

「ニアの作る夕飯も食べてみたいもんだな。」

「残り物の有り合わせですから。団長はお家で美味しいものを、たくさん食べて下さい。」

「…明日の昼は何だ?」

「え、明日も来るんですか?」

「その予定だ。」

「本当に、裏庭がお好きなんですね。では、ここで。お先に失礼します。」

ニアはぺこりと頭を下げ、事務官用の寮へと走り出した。

事務官と言ってもまだまだ下っ端で、特に大きな後ろ盾もないニアが団長に話し掛けて貰えるなんて、きっと凄いことだ。

偶然とは言え、一人昼食を見られたのが団長で良かった。

言いふらされることも、奇異の目で見てくることもない。

ただニアは疑問だ。

なんでぼくのお昼ご飯を食べたがるんだろう?

粗末な食事が珍しいとか…?

裏庭が好きって言ってたけど、本当はやっぱりぼくが邪魔だったりして…?!

「え、それだったらどうしよう。違う場所なんてないし…。」

寮に戻り、茹でたじゃがいもを潰しながら、ニアはまた一人ぶつぶつと呟いていた。

団長は大きな騎士達の中でもさらに一際大きく、初めて目にしたとき、ニアはとても驚いた。

あれだけ大きかったら、どれだけ食べてもきっと誰からも何も言われないんだろうなあ。

羨ましい。

第一印象はそんな感じだ。

ここに配属になり、団長と接する機会など全くなかった。

大きくて見栄えがよく上級貴族でもある団長は、末端事務官のニアからしたら雲の上の存在だ。

一人昼食と食いしん坊がばれたのは、配属されて一月ほどが経った頃だった。




その日、ニアはいつものように裏庭の四阿でテーブルの上に持ち込んだ昼食を並べ、食べ始めようとしていた。

給料日前なので、ゆで卵3個、茹でたじゃがいも3個、バターを塗って薄いハムを挟んだだけの大きなパン3個、それだけだ。

「誰かと待ち合わせか?」

「…へ?」

後ろを振り返ると、そこにいたのが団長だった。

「どの騎士だ?いつも作ってやっているのか?」

「…へ???」

ニアは団長が何を言っているのか、全く意味がわからなかった。

「騎士ではなく、同じ事務官か?」

「あの、何のことですか?誰とも待ち合わせなんてしていません。」

団長はテーブルの上に並べられた昼食を厳しい目で見ていた。

「その量を一人で?」

「…う、それは。」

「言えないような相手か?」

「は?そんな相手いません!全部ぼくのですからっ!」

「わかりやすい嘘だな。」

「本当です。」

もうヤケクソだと、ニアは団長の前で黙々と昼食を食べ始めた。

疑わしい目で見ていた団長は、いつしか驚きの表情に変わっていた。

あああ、ばれてしまった。

でも、待ち合わせしてるなんて嘘ついたら、相手が誰か問い詰められそうだし。

っていうか、なんで団長がここに?

「よく食べるな……」

どうせまた奇異の目で見られるんだ。

「よければ、どうぞ。」

ヤケクソで団長にゆで卵を差し出す。

「いや、いい。本当にぜんぶ一人で食べるんだな。」

「そふでふよ。」

差し戻されたゆで卵を口に入れ、ニアはヤケクソの投げやりだ。

「一人か。」

「そふでふ。」

「ふうん。」

ごくりと飲み込むと、ニアは尋ねた。

「それで、団長はなぜここに?団長こそ誰かと待ち合わせですか?」

「いや。…裏庭が、好きなだけだ。」

「ここがですか?もし団長のお邪魔になるようでしたら、お昼にここを使うのはやめましょうか?」

「いや、構わない。ここは誰のものでもないし、好きに使ってくれ。」

他の場所を探すのも大変なので、ニアはそう言ってもらえて、ほっとした。

「団長は、変な目で見ないんですね。ぼくのこと。こんなに小さいのに、こんなに食べるなんて変でしょう。」

「いや、いい食べっぷりだった。」

「…誰にも言わないでくれますか?」

「隠すようなことでは…」

「秘密にしていて下さい!」

団長はその日からずっと、誰にも言わないでいてくれる。




「明日も来るって言っていたけど。明日のお昼は何にしよう……。」

潰し過ぎたじゃがいもに味を付けて、パンに挟もうかな。

特別にとっておいたベーコンを切って、炙ってから挟もうか。

「口止め料みたいな?」

ふんふんと鼻歌を歌いながら、ニアは手慣れた様子で料理していく。

「そういえば、誰かと待ち合わせしていたら叱られたんだろうか?恋愛禁止なんて言われなかったけど?」

まあ、ぼくには関係ないけど。

「恋愛…。ううん。できる気がしない…。」

ニアはそう言ったことに無頓着で、このまま一人、自由に暮らしていければいいと思っている。







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