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恋
役に立ちたくて...
しおりを挟むリヒトの使い魔になった次の日から、おれは少しでも彼の役に立てるようにとまずは家事を覚えた。
仕事で忙しくしている男性の一人暮らしだから、家の中はあまり綺麗とは言えない状態だったし、洗濯物も溜まっていたから。
だけど人間界で生活したことの無いおれは当然掃除の仕方も洗濯の仕方も分からなくて、頭を働かせた結果、困ってる人を助けてそれと引き換えに家事のやり方を教えてもらおうという考えに至った。
街に出て、重そうな荷物を持って大変そうにしていたおばあちゃんに声を掛け、一緒に家まで運んであげながら、洗濯物の干し方を教わった。
荷車の車輪が溝にハマって動けなくなっていたおばちゃんを助けてあげたら、掃除道具の使い方を教えてくれた。
裏のおばあちゃんの畑仕事を手伝ったら、お野菜を沢山わけてくれて、お茶をご馳走してくれて、料理の仕方も教えてくれた。
我ながら、とても悪魔とは思えないほど平和な時間を過ごす毎日。
だけど冷たい言葉ばかり投げかけられる魔界よりも優しい街の人達と過ごす時間のほうがずっとずっと楽しくて、家事の仕方を教わるために始めたはずの人助けがいつの間にか趣味のようになっていた。
そうやって少しずつ、街の人たちと触れ合いながら教えてもらった家事にも挑戦していくうちに段々慣れてきて、溜まったゴミを捨て、ホウキで掃き、水拭きをしてピカピカになった家の中を見たリヒトは目を真ん丸に見開いていたし、取り込んだ洗濯物にアイロンを掛け、綺麗に畳んでしまっておいたら「すごいね」って頭を撫でて褒めてくれた。
それから、裏のおばあちゃんが教えてくれた、人参とカブと玉ねぎと焼いたキャベツと牛の肉を煮込んだポトフ、という料理をはじめて振舞った時には、子供みたいに目をキラキラと輝かせて「美味い…」と呟いたリヒトが沢山おかわりしてくれて、嬉しそうな彼を見るのがおれも嬉しかったから、もっともっと頑張ってリヒトの役に立ちたい、そう思った。
そして、昨日。
裏のおばあちゃんの畑仕事を手伝ったあと、またお茶をご馳走になりながら料理を教えてもらっていた時のこと。
この前教わったポトフ、という料理を作ったら、すごく美味しいって褒められたよ、と報告したら、「良かったねぇ、おばあちゃんも嬉しい」と喜んでくれたあとで、「その顔…さては振舞った相手は恋人だろう?」とニヤニヤしながら聞かれた。
恋人?
恋人って…なに?
おれは人間界のことには詳しくないから、おばあちゃんが楽しそうに口にした恋人、というものがなんなのか分からなくて首を傾げていると、恐らく人間にとっては知っていて当たり前のそれを知らないおれに何も言わず、おばあちゃんは恋人とはなんなのかを分かりやすく教えてくれた。
「恋人って言うのはね、恋をしている…家族じゃないけど一緒にいると楽しくて、暖かい気持ちになったり時にはドキドキしたり、その人の為に色々してあげたくなるような、大好きで、愛しくて、ずっと傍にいたいと想い合っている人同士のことだよ」
私にもそんな頃があったのよぉ~、と楽しそうに笑うおばあちゃん。
…あったかい気持ちになって、でもドキドキして、色々してあげたくなって、ずっとそばにいたい人…。
おれはおばあちゃんに教えてもらってやっと、リヒトといる時に感じていたあの初めての感覚が、恋、というものなのだと知った。
悪魔が人間に恋をするということがどういう事なのかは分からないし、それが果たして許されることなのかどうかも分からないけど。
おれは間違いなく、リヒトに恋をしている。
多分、初めて会ったあの夜に命を助けてもらった時から。
だけど、おばあちゃんは言っていた。
「想い合っている人同士」と。
おれはリヒトに恋をしているけど、リヒトはおれに恋をしていない。
つまり、おれはリヒトと恋人、にはなれない。
でも、この気持ちをリヒトに伝えてしまったら、そんな面倒な感情を抱く悪魔などいらないと契約を解除されるかもしれないし、最悪、気味悪がって祓われてしまうかもしれない。
だからこの気持ちは、絶対に内緒にしておかなければいけないんだ。
別に恋人になんてなれなくたって、リヒトのそばにおいてもらえるだけで充分だから。
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