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忘れられた悪魔
覚める
しおりを挟む「……ん………あれ……?」
重たい瞼をゆっくりと持ち上げると、目の前には見慣れない景色。
ぼんやりとした頭ではここがどこか理解するのに少し時間がかかったけど、心配そうな顔をして駆け寄ってきたカイを見てようやくここがケンさんの小屋だということを思い出した。
「ルカくん、大丈夫?」
「…あ……うん、だいじょぶ……」
(…そうだよね。そんなにすぐ、元に戻るわけ、ないよね…。)
今俺がいるのは古びた小屋。
そして目の前にいるのは、カイ、リアム、それに仕事を終えて戻ってきていたケンさんとクオン。
あの真っ白であたたかくて気持ちのいい空間も、いつも通りのリヒトも、気を失っている間に見たただの幻だった。
「りひと……」
…元に戻ったと思ったのに。
また今まで通りの日々を送れると思ったのに。
一度は喜びと安心感に包まれて浮上した気持ちが、再びどん底に叩き落とされ、涙で視界が歪む。
そんなおれを見たケンさんが、またおれの頭を雑にわしわしと撫でながら、状況を整理するように話し始めた。
リヒトはカリーナの家に悪魔祓いに行った際、悪魔が二体いたことに気づかず攻撃を受けて負傷し、気を失ってしまった。
リヒトが対峙した二体の悪魔は、その雰囲気と姿形からまるで双子のようだったそうだ。
今のリヒトは完全におれのことを忘れ、カリーナが恋人だと思い込んでいる。
そしてケンさん達がおれの話をしたり、契約印について指摘したりすると異常なほどに頭を痛がるから、それ以上話せなくなってしまうらしい。
やっぱりリヒトを元に戻すためには、その双子の悪魔を祓う必要がある。
向こうの悪魔も二体いるから、こっちはリアムがリヒトの家、カイがカリーナの家をそれぞれ今夜から毎晩見張りに行って、悪魔が現れたら問答無用で倒せ、そう指示を出すケンさんからも、それに対して無言で頷くリアムもカイからも。
並々ならぬ決意に満ちたオーラが漂っていて、仲間であるおれですら怯んでしまうぐらいだ。
倒してもらわないと困るのに、彼らに倒される悪魔が気の毒に思えてしまうほどの圧倒的な覇気。
いつもの和やかなオーラとは一変した、最早戦士とも言える程のそれに実際少し圧倒されて縮こまっていると、それに気付いたケンさんがふっと表情を緩め、いつも通りのケンさんに戻って、ニカッと笑い掛けてきた。
「ぜってぇ大丈夫だから安心して任せときな。ルカくんはリヒトが元に戻るまでここにいていいから」
オンボロ小屋だけどな…、と、少し困ったように鼻の下を擦りながら笑うケンさんに、思わずつられて笑ってしまう。
すると、固く重苦しい空気が漂っていた室内が、一気にいつものような和やかな空気に包まれた。
「…やっと笑った。やっぱりルカは笑ってる顔が一番可愛いね」
そう言って微笑んだクオンの指が、おれのほっぺたをすりすりと撫でてくる。
「おい、どさくさに紛れて口説いてんじゃねぇよ。リヒトに刺されんぞ」
「別に口説いてないよ?事実を述べたまで。それに、いくら悪魔にやられたとはいえ他の女なんかにうつつを抜かしてるリヒトが悪い」
話しながらおれのほっぺたを触り続けているクオンも、それをムスッとした表情でやめさせようとするリアムも、そんなふたりのやり取りを呆れたように見ているケンさんとカイも、もうすっかりいつも通りだ。
覇気を纏った彼らはとてつもなく強そうで、誰よりも頼りになるけれど、おれたち二人の為にみんながピリピリした雰囲気になってしまうのは少し悲しくて。
やっぱりみんなには、笑っていて欲しい。
リヒトに対する好きとはちょっと種類が違うけど、この四人もおれにとってすごく大切で、大好きな人達だから。
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