24 / 57
彩人の災難
縁切りと縁結び
しおりを挟むそこは、小洒落た雰囲気の温泉旅館。
この社員旅行を取り仕切っている幹事がフロントで手続きをしている間、他の社員達は思い思いに、ロビーに置かれたパンフレットを手に取ったり、売店を覗いたり、ソファに腰掛けて談笑したり…。
神崎は相変わらず、女性社員達に代わる代わる声を掛けられているし。
そんな神崎を見ているとやっぱり何故だかモヤモヤして、俺は1人隅の方の壁に凭れ、一刻も早く部屋に行かせてくれと願っていた。
役職つきの社員達はそれぞれ1人部屋、それ以外の社員達には2人部屋か3人部屋が割り当てられている。
俺は部長だから1人部屋だ。
これで神崎と同室にでもされたらたまったもんじゃないから、それだけは不幸中の幸いと言うべきか。
頑張って部長にまで上り詰めた俺グッジョブ。
(……もう俺、今日は飯の時以外部屋から一歩も出ないんだ。)
本当は、飯の時だって部屋から出たくない。
だって絶対神崎のやつ女の子達にお酌されまくるし。
あいつひらなのに。
だけど、飯食わないとさすがにお腹空くし。
ここの飯、美味いって聞いてるから、それだけはちょっと楽しみにしてたし。
なまくら野郎のせいで食いっぱぐれるのは御免だから、極力神崎の方は見ないようにして飯に集中しよう。
そう心に決めた時だった。
「すぐ近くの森を抜けたところにね、左手を添えながら祈ると縁結び、右手を添えながら祈ると縁切りのご利益があるとされている大木があるんですよ」
「え~!後で行ってみようかな~!」
「なに?縁結び?」
「違うよぉ~。元彼と縁切りたくて~」
盗み聞きするつもりなんて無かったけど、たまたま近くにいたからたまたま聞こえてしまった、宿の仲居さんと女性社員達の会話。
本当にたまたま聞こえただけだから、当然その会話に参加する気なんて無かったけど、ほんの少しだけ気になってしまって。
(……縁結び…それって、仲直りのご利益もあるのかな…。)
密かにそう思った。
密かに……のつもりだった。俺的には。
「え、……部長?」
「仲直りねぇ~、あると思いますよ。喧嘩中のカップルなんかが、仲直りしたくてお祈りしに行くなんて話もよく聞きますし」
驚いたような女性社員の声と、仲居さんのまるで俺の心を読んだかのような台詞で我に返る。
そして、心を読まれた訳ではなくただ単に俺が口に出して言ってしまっていたんだと気付くのに、時間はかからなかった。
「…っあ、ご、ごめん、盗み聞きするつもりは無かったんだけど、聞こえちゃって……その、知り合いが、恋人と仲直りしたいって言ってたから、教えてやろうかと……」
(……俺のばかああああああ!)
(……何女子達の会話にしれっと参加してんだああああああ!)
(……言い訳、言い訳を考えろ!)
と、脳をフル稼働させた時間凡そ1秒。
その結果、少々口篭りはしたものの、咄嗟に考えたにしてはそれっぽい言い訳が出来たんじゃないかと思う。
女性社員達も納得したのか、怪訝そうにしていた表情を緩めてくれて、ほっと息をつく。
(……だけど俺、なんで仲直りとか、考えたんだろう。)
仲直り?誰と?
……もしかして、神崎と?
いやいや、それはおかしいだろう。
そもそも俺達は別に喧嘩をしている訳じゃない。
俺が一方的に避け続けた結果気まずくなったんだから、仲直りも何もないじゃないか。
それに、じゃあもし仮に仲直りしたとして、それからどうする?
神崎と仲直りしてどうしたいんだろう?
あいつ、挿れてくれないよ?
セックスまではいかないけどいかがわしいことはする微妙な関係を復活させちゃったら、満足できない上に恋人すら作れないよ?
いや、もし好きな人が出来たらその時に神崎にもうこの関係おしまいにしようって言えばいいのか?
それは無理だなぁ…だって俺、あいつの筋肉大好きだし。
やっぱり、またあの関係に戻りたいのかな、俺。
……駄目だ、考え過ぎて、段々頭が痛くなってきた。
本当はちょっと、さっき話を聞いた木のところに行ってみたいような気もしてたけど。
さっきの女性社員達に遭遇する可能性もあるし、行ったところでそもそも何を祈りたいのかもハッキリしてないしで、夕食までの空き時間にこっそり外出しようかと考えていたのを早々に諦めた俺は、案内された部屋で痛む頭を休ませる為一眠りすることにした。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
388
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる