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「ただのお散歩ですわぁ、宰相閣下。それと……こんにちは? エレナ」
ほわわんとした笑みを浮かべて首をかしげるリリアは、金髪に緑の瞳。年齢的には二十一歳のはずだが、小柄で小動物めいた童顔のせいで『少女』というほうがしっくりくる。けれどその瞳はすでにどこか暗く濁っていて、私を見るとぎらりと光った。
「相変わらず仲良しさんですわねぇ。仕事中にあーんなことやこーんなことを?」
「…………」
明らかにヴィンセントの気配が不機嫌そうになったのを感じ、私は慌てた。
私の計画としては、ここでリリアと喧嘩をするわけにはいかないのだ。
私は精一杯愛想よく笑って言う。
「ご冗談を! 閣下は紳士ですので、そんなことはされません」
「では、これからお部屋に帰ってエレナを寝台に縛り付けて、そのまま背徳的なあんなことやこんなことをするところでしたのねぇ」
これは確実に、さっきのを聞かれている。ヴィンセントは私の体を心配してくれていただけなのだけれど、そう説明して聞いてくれるリリアでもないだろう。
ヴィンセントの視線はどこかへさまよいだし、私は曖昧な笑みを浮かべた。
「いえ、それもないです、はい」
「だったらどうして、ずーっと抱っこされていますの?」
不思議そうに首をかしげられてみれば、それもそうだ。私とヴィンセントはお互いはっとして、ヴィンセントが大急ぎで私を床に下ろした。
私は軍服を整え直し、リリアに向かって一歩前に出る。
「実は今、閣下に休憩するよう言われたところだったんです。抵抗したら、抱きかかえてでも休憩させる、と言われてしまって……。リリア様はなぜこちらに?」
おそらくリリアは私が気になって来たのだろうけれど、ここはピュアなふりで親交を深めたい。嫉妬タイプの女性は同性の友達が少ないかもしれないし、ここは押していこう。
リリアはゆっくりと瞬き、首をかしげる。
「なぜ、と言っても、偶然通りかかっただけなのですけれど」
「でしたら、せっかくですから一緒にお茶でもいかがですか? 私、女だということを隠していたので、女性の味方がいなくて……リリア様がよければ、お話とか……」
目を伏せて切り出してみた。これで相手がどう出るか。
「味方……お話……わたくしと?」
リリアは驚いた様子で繰り返した。
ここだ、と私は顔を上げ、リリアの目を真っ直ぐに見る。
「はい。本当はずっと、リリア様とお近づきになりたかったんです!」
……ちょっとあざとすぎたかな。言ってからヒヤッとする。
私は私で、前世から友達づきあいなんかする時間はなかったのだ。正解がわからない。
リリアは私をじっと見つめ、不意に、ぼろっ、と大粒の涙をこぼした。
「どうした、リリア殿」
焦って声をかけたのは、ヴィンセントが先だった。鉄面皮に見えて、いちいち翻弄されてくれるタイプなのが愛しい。が、このタイプは事態は収拾できない。
私は急いで前に出ると、リリアの手を握りしめた。
「お気持ちをしっかり、リリア様。何かあったんですか?」
「エレナ……エレナ、エレナぁ……!! へ、へへへ、陛下がぁ……皇帝陛下が、また、別の女に手を出してぇ!!」
ああ……はい。はい。はいはいはい。
そうでしょうとも。
私は心の中でうなずき、実際にはリリアの体をぎゅっと抱きしめた。
柔らかくて温かなリリアの体からは、花と、湿布のつんとした匂いがする。
「大変でしたね、リリア様。陛下はおモテになりますものね」
「そうなんですぅ!! 陛下には暗い魅力がおありだから、宮廷中の女が放っておかないんですよぉ!」
「ええ、わかります。こう、目とかね、なんとなく暗いですよね」
「そう、そう、そうなの! あの物憂げな目には、全人類が弱いのぉ!」
リリアはぶんぶんと首を振ってうなずく。
私の相づちはあまり上手いとは言えないだろうけれど、それでもリリアは嬉しいのだろう。必死に抱きついてくる彼女の背を、私はそっとなでさすった。
なんだろう、実際のリリアは『危険な女』というよりは『初恋に翻弄される恋愛経験の少ない少女』という感じだ。恋愛経験が限りなくゼロに近い私に言われたくはないと思うが、なんというか、かわいくて、かわいそうだ。初恋が、あんな外道皇帝だなんて。
こんなゲーム内に生まれなければ、もっと別の恋と、別の人生があったはず。
こんな彼女を利用するのか……と思うと、気が引ける。
気が引けるけれど、私たちにも、他に方法がない。
私はリリアの背をさすって体を離し、視線をあわせて笑う。
「気晴らしにお茶をしましょう。温かいものを呑むと、少しは気持ちが落ち着きます」
「でも……でも、お邪魔じゃない?」
リリアは鼻をすすりながら言い、じっとヴィンセントを見上げる。
ヴィンセントはいかにも苦手そうに視線を逃し、淡々と言った。
「エレナ、リリア殿と一緒にお茶をしに行ってくるといい。わたしは仕事がある」
「いいんですの? 宰相閣下。確かにわたくしは想う方と上手くいっておりませんけれど、ヴィンセント様とエレナが目の前でイチャイチャイチャイチャされていましても、ぜんっぜん、ぜんっぜん気にしませんのよ……?」
どう考えても、めちゃくちゃに気にするやつだ、これ。
私は曖昧な笑みを浮かべ、そっとリリアの腕を取った。
「ではヴィンセント様、行って参ります。……構いませんか?」
改めて問いを投げると、彼は浅くうなずいた。
「聖女殿に手を出すような輩はいないだろうが、エレナ。お前はけして一人にならないように気をつけろ。今のこの宮廷で、わたしの力はさして強くはない」
「はい。お言いつけ、胸に刻みます」
私はしっかりうなずき、ヴィンセントに一礼する。
私はこれから、もっともっとリリアと仲良くならなければならない。
それもこれも、フラグ操作のためだ。
上手いことリリアと皇帝の親密度を操作して――リリアに、皇帝を刺してもらう。
リリアルートのバッドエンドを使って、ヴィンセントを生き残らせるために。
ほわわんとした笑みを浮かべて首をかしげるリリアは、金髪に緑の瞳。年齢的には二十一歳のはずだが、小柄で小動物めいた童顔のせいで『少女』というほうがしっくりくる。けれどその瞳はすでにどこか暗く濁っていて、私を見るとぎらりと光った。
「相変わらず仲良しさんですわねぇ。仕事中にあーんなことやこーんなことを?」
「…………」
明らかにヴィンセントの気配が不機嫌そうになったのを感じ、私は慌てた。
私の計画としては、ここでリリアと喧嘩をするわけにはいかないのだ。
私は精一杯愛想よく笑って言う。
「ご冗談を! 閣下は紳士ですので、そんなことはされません」
「では、これからお部屋に帰ってエレナを寝台に縛り付けて、そのまま背徳的なあんなことやこんなことをするところでしたのねぇ」
これは確実に、さっきのを聞かれている。ヴィンセントは私の体を心配してくれていただけなのだけれど、そう説明して聞いてくれるリリアでもないだろう。
ヴィンセントの視線はどこかへさまよいだし、私は曖昧な笑みを浮かべた。
「いえ、それもないです、はい」
「だったらどうして、ずーっと抱っこされていますの?」
不思議そうに首をかしげられてみれば、それもそうだ。私とヴィンセントはお互いはっとして、ヴィンセントが大急ぎで私を床に下ろした。
私は軍服を整え直し、リリアに向かって一歩前に出る。
「実は今、閣下に休憩するよう言われたところだったんです。抵抗したら、抱きかかえてでも休憩させる、と言われてしまって……。リリア様はなぜこちらに?」
おそらくリリアは私が気になって来たのだろうけれど、ここはピュアなふりで親交を深めたい。嫉妬タイプの女性は同性の友達が少ないかもしれないし、ここは押していこう。
リリアはゆっくりと瞬き、首をかしげる。
「なぜ、と言っても、偶然通りかかっただけなのですけれど」
「でしたら、せっかくですから一緒にお茶でもいかがですか? 私、女だということを隠していたので、女性の味方がいなくて……リリア様がよければ、お話とか……」
目を伏せて切り出してみた。これで相手がどう出るか。
「味方……お話……わたくしと?」
リリアは驚いた様子で繰り返した。
ここだ、と私は顔を上げ、リリアの目を真っ直ぐに見る。
「はい。本当はずっと、リリア様とお近づきになりたかったんです!」
……ちょっとあざとすぎたかな。言ってからヒヤッとする。
私は私で、前世から友達づきあいなんかする時間はなかったのだ。正解がわからない。
リリアは私をじっと見つめ、不意に、ぼろっ、と大粒の涙をこぼした。
「どうした、リリア殿」
焦って声をかけたのは、ヴィンセントが先だった。鉄面皮に見えて、いちいち翻弄されてくれるタイプなのが愛しい。が、このタイプは事態は収拾できない。
私は急いで前に出ると、リリアの手を握りしめた。
「お気持ちをしっかり、リリア様。何かあったんですか?」
「エレナ……エレナ、エレナぁ……!! へ、へへへ、陛下がぁ……皇帝陛下が、また、別の女に手を出してぇ!!」
ああ……はい。はい。はいはいはい。
そうでしょうとも。
私は心の中でうなずき、実際にはリリアの体をぎゅっと抱きしめた。
柔らかくて温かなリリアの体からは、花と、湿布のつんとした匂いがする。
「大変でしたね、リリア様。陛下はおモテになりますものね」
「そうなんですぅ!! 陛下には暗い魅力がおありだから、宮廷中の女が放っておかないんですよぉ!」
「ええ、わかります。こう、目とかね、なんとなく暗いですよね」
「そう、そう、そうなの! あの物憂げな目には、全人類が弱いのぉ!」
リリアはぶんぶんと首を振ってうなずく。
私の相づちはあまり上手いとは言えないだろうけれど、それでもリリアは嬉しいのだろう。必死に抱きついてくる彼女の背を、私はそっとなでさすった。
なんだろう、実際のリリアは『危険な女』というよりは『初恋に翻弄される恋愛経験の少ない少女』という感じだ。恋愛経験が限りなくゼロに近い私に言われたくはないと思うが、なんというか、かわいくて、かわいそうだ。初恋が、あんな外道皇帝だなんて。
こんなゲーム内に生まれなければ、もっと別の恋と、別の人生があったはず。
こんな彼女を利用するのか……と思うと、気が引ける。
気が引けるけれど、私たちにも、他に方法がない。
私はリリアの背をさすって体を離し、視線をあわせて笑う。
「気晴らしにお茶をしましょう。温かいものを呑むと、少しは気持ちが落ち着きます」
「でも……でも、お邪魔じゃない?」
リリアは鼻をすすりながら言い、じっとヴィンセントを見上げる。
ヴィンセントはいかにも苦手そうに視線を逃し、淡々と言った。
「エレナ、リリア殿と一緒にお茶をしに行ってくるといい。わたしは仕事がある」
「いいんですの? 宰相閣下。確かにわたくしは想う方と上手くいっておりませんけれど、ヴィンセント様とエレナが目の前でイチャイチャイチャイチャされていましても、ぜんっぜん、ぜんっぜん気にしませんのよ……?」
どう考えても、めちゃくちゃに気にするやつだ、これ。
私は曖昧な笑みを浮かべ、そっとリリアの腕を取った。
「ではヴィンセント様、行って参ります。……構いませんか?」
改めて問いを投げると、彼は浅くうなずいた。
「聖女殿に手を出すような輩はいないだろうが、エレナ。お前はけして一人にならないように気をつけろ。今のこの宮廷で、わたしの力はさして強くはない」
「はい。お言いつけ、胸に刻みます」
私はしっかりうなずき、ヴィンセントに一礼する。
私はこれから、もっともっとリリアと仲良くならなければならない。
それもこれも、フラグ操作のためだ。
上手いことリリアと皇帝の親密度を操作して――リリアに、皇帝を刺してもらう。
リリアルートのバッドエンドを使って、ヴィンセントを生き残らせるために。
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