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第8章:在りし日の感傷

第11話:タケルの罪

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「そこのところ、もう少し詳しく聞きたいわね。幸せオーラが2人からプンプンと匂ってきてるものっ!!」

「だ、だめですニャンっ! いくらアヤメちゃんの雇い主と言えども、2人の機密情報に関しては、エーリカさまでも別料金を支払ってもらいますニャン!」

 アヤメはエーリカに機密情報の値段を提示する。だが、エーリカは財布を取り出し、アヤメの提示した3倍の情報量をアヤメの手の中に握らせるのであった。アヤメはあわわわ……と震えあがる。このひとは敵に回してはいけないひとだと。

 なにやってんだ、こいつら……とばかりに先に調理室の中に入っていく面々であった。当然、ロビンは深くフードを被り、調理室の隅っこに隠れるようにうずくまっている。そして、廊下ではただいま絶賛、アヤメから事情聴取をおこなっているエーリカだった。

 しかし、アヤメの開示した情報をエーリカは処理しきれない。エーリカは平静を装っているが、心の中では激しく動揺していた。とりあえず、アヤメからは皆に言わないでくださいニャンと念押しされる。だが、頭の中で処理しきれてない情報の量と質だ。それを言語化できるわけがないエーリカであった。

「ん? 皆、そろいもそろってどうしたんだ? あと、エーリカ。平静を装っているけど、お前、見た目とは違って、わかりやすいんだからな。俺と寝室に行くか??」

 タケルはもちろん、エーリカの体調をおもんばかってのこの台詞である。そして、タケルの言い方も悪いのだが、あくまでタケルが念のため、寝室まで一緒についていってやろうかと意味で言ったのだ。

 だが、ロビンとアヤメが先ほどまでおこなっていた愛し合う宿アイラブユー・ホテルでの秘密の特訓の内容が再びエーリカの脳内に再生されてしまう。エーリカはタケルの胸元をあらん限りの力で掴み、タケルを強引に廊下へと引っ張り出す。

 エーリカに強制連行されていくタケルは、アレ? 俺また何かやりました?? という表情になっていた……。エーリカは屋敷にあるとある一室にタケルを引きずりながら連れて行く。ここまで来たら、誰もあたしたちの会話を聞こえないだろうと予想した。

「タケルお兄ちゃん……、念のために聞くけど……。温泉慰労会の後、あたしのこと、へ、へ、へんな意味の目で見てないわよね!?」

「ん?? さっぱり意味がわからん。俺が今、どんな状況におかれているのかさえ、わからん。俺はただエーリカの様子が変だなって思って、寝室で寝かせようと思ってだな」

「寝かせるって何? あたしを押し倒すって意味?」

「押し倒しやしねえよ。ただ、優しくお姫様を寝かせるようにベッドの上へとだな。おい、大丈夫か!? 唇が真っ青だぞ??」

「タケルお兄ちゃん……。あたし怖いよ……。アヤメがロビンと愛し合う宿アイラブユー・ホテルでラブラブ以上のいかがわしいことをしているって聞いたの……」

「ああん? そりゃいったいどいうことだ??」

 タケルは今にでも倒れそうなほどにガクガクブルブルと震えているエーリカを両腕で支える。しかし、エーリカはますます泣きそうな顔になっている。そして、ぽつりぽつりとロビンとアヤメのプレイ内容を口から漏れだすのであった。タケルはうんうんと頷きながら、床で丸くなっているエーリカをあやす。

「なるほどな。そりゃ、そんなことをするなんて、普通は思わないんもんな」

 タケルはエーリカにとって、聞き出したプレイ内容が激しすぎたのだろう、それで精神的にショックを受けたのだと。だが、タケルは本質を見誤っていた。エーリカはプレイ内容に関してショックを受けたのではない。

「違うのっ! あたしの頭の中を流れたイメージはもうイメージじゃないのっ! アヤメとロビンの話じゃないの。あたしとタケルお兄ちゃんが確かに同じベッドの上にいたのっ!」

「それってどういう……ことだ?」

「あたしのほうが聞きたいっ! タケルお兄ちゃんの匂い、体温、鼓動、荒々し鼻息。強引にあたしの唇を塞ぐ唇・あたしの育ってないおっぱいの先端を愛おしそうに噛む歯。そそり立つおちんこさんを眼にして、それをうっとり見つめるあたし。全てがあたしにとっての現実だったかのようにっ!!

 エーリカはタケルの腕の中から離れ、両手で頭を抱え、さらに小さくなっていく。タケルはもはや、どうしたら良いかわからなかった。そんなタケルに対して、エーリカは懇願するよな顔をタケルに向けてくる。

「タケルお兄ちゃん、本当のことを聞かせて……? あたしはタケルお兄ちゃんにとって、ただの妹なの? それともただのひとりの女なの?」

 タケルには答えようがなかった。エーリカが何に苦しんでいるのかがわからなかったからだ。ただひとつ、わかるとすれば、エーリカを苦しめているのはタケル本人であった。今、エーリカに触れれば、エーリカは確実に壊れてしまう。そんな予感をひしひしと感じるタケルであった。

「あたしはタケルお兄ちゃんの望む姿になる。タケルお兄ちゃんがあたしで欲望を満たしたいなら、喜んでタケルお兄ちゃんにあたしの全てを捧げる……。だから、本当のことを聞かせて? あたしはタケルお兄ちゃんの何?」

 タケルはゴクリと生唾を押下する。エーリカに近づけていく右手はガクガクブルブルと震えっぱなしであった。エーリカはタケルの指先が頬をかすめただけで、ビクンビクンと激しく身体を痙攣させた。エーリカの身体の異常な反応を見て、タケルはどうしようもない身体の生理現象を起こしてしまう。

(俺ってやつは最低だ……。エーリカのお兄ちゃんか、エーリカの大切なひとになるのかどうかの選択をする前だってのによ……)

 タケルはこのままいっそ、何も決めずにただの一匹の獣になってしまえば良いとさえ思ってしまう。それが1番楽な気がしてならなかった。だが、段々と意識が遠のいていく。強制的に意識と感覚がシャットダウンされいていく。

 タケルは何か忘れてはいけないものがあった。だが、それを思い出せば、エーリカを壊してしまう。だから何も決めずにエーリカの身体を貪ろうとした。エーリカもそんな自分を許してくれる気がしてならなかった。

「ふんっ。甘ったれるなでッチュウ。お前のエーリカに重ねているのはただの『感傷』なのでッチュウ。それでボクの大切なエーリカちゃんをけがそうとするなでッチュウ」

「コッシロー? その声はコッシローなのか?」

「さすがはタケルでッチュウ。ボクの麗しの眠り姫スリーピング・ビューティをモロに喰らっておきながら、ギリギリのところで意識を保っているでッチュウ。でも、エーリカちゃん共々、ありもしない『感傷』は全て忘れろでッチュウ。お前たちが見ている『感傷』に登場する人物たちとお前たちは別人なのでッチュウ」

「コッシロー、俺は意味がわからねぇ……」

「そりゃそうだッチュウ。だから、お前たちの中にある『存在しない感傷』をお前たちが忘れれるようにボクが手伝ってやるのでッチュウ。安心しろ、2人が目覚めた時にはいつもの仲の良い兄妹に戻っているでッチュウ。おやすみ、タケル。そしてエーリカちゃん」

 コッシローはエーリカちゃんとタケルが深い眠りに落ちたことを確認すると、ふぅぅぅと深いため息をつく。まるでこうなることが必然かというように、エーリカちゃんがまず追い込まれた。そして、感傷に溺れて沈んでいくエーリカちゃんがその手に掴んだのはタケルの手であった。

(タケルは優しすぎでッチュウ。感傷に溺れる者を助けるのではなく、一緒に沈もうとしやがったのでッチュウ。でも、誰が何の目的で、こんな紛い物の感傷をエーリカちゃんとタケルに植え込んだのでッチュウ? クロウリーの壊れた感傷もそうでッチュウけど、明らかに作為めいたものを感じるのでッチュウ)
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